逆巻く怒涛 8/激昂

 時は少し遡り、倫道たちがトラックの中で戦う決意を固めた頃、そのトラック、ジェイコブたちの前へ金髪の少女が立ち塞がっていた。

 暗い黄緑色モスグリーンの軍服に身を包んだデルグレーネである。


「なんだ…… ……」

 

 トラックのエンジン音がまるでジェイコブの脈打つ心臓音と同化した様に闇夜に響く。

 光の向こう側で眩しそうに双眸を細める少女。

 華奢な体からは想像もつかないほどの重苦しい重圧プレッシャーを放っている。

 

 こんな深夜に突如として現れた奇異な存在は、ただならぬ殺気を撒き散らし彼らの前に立ち塞がる。

 ユナイタス合衆国の精鋭部隊アルカナ・シャドウズ隊長であるジェイコブ・ストームでさえ硬直させた。

 

「――【ウインド・バースト】」


 目の前の少女に気をよせた瞬間、後方左手から女性の声と共に突風がトラックを襲う。

 破裂音を残し幌は上空へ吹き飛び、トラックの車体はふわりと持ち上がる。

 しかし、目の前が大きく揺れる最中もジェイコブは少女から一時も目を離すことはできなかった。


「くっ⁈ エヴリン! エドワード! 今すぐ車から飛び降りろ!」


 少女の金色に輝く長い髪がふわりと広がる。

 彼女が右手をかざし、その前方に青白い魔法陣が浮かび上がる。ジェイコブは双眸を見開き、50センチほど浮かび上がったトラックの助手席のドアを蹴破った。

 明らかな魔法発動の兆候。

 エヴリンを抱きかかえ、飛び出す寸前、少女の小さな声が響いた。


「【フレイム・ニードル】」

「クッ⁈」


 ジェイコブは車体を蹴り外へ飛び出す。

 刹那、10本の炎の槍にも似た魔法がフロントガラスを突き破り、その鉄製の車体を歪め、穴を穿つ。

 耳をつんざく金属がひしゃげる不快音ノイズ。思わず顔をしかめる。

 エヴリンを抱きしめたまま地面に転がると同時にトラックは爆発し、轟々と炎を立ち昇らせて燃え盛った。


「くぅ…… 無事か? エヴリン?」

「はい…… 私は大丈夫ですが…… エドワードは……」


 彼女の視線の先、立ち昇る炎の中。

 穴だらけのフロントガラスの奥でエドワードの腕が何かを掴む様に持ち上がり……、そして力なく落ちた。

 目の前で部下が傷を負った。いや、彼は死んだかもしれない。だが、悲しむ時間はない。

 計画にイレギュラーが起こったが、そんな事は織り込み済みである。

 任務を遂行する上での障害は、排除するだけだ。


「私がアレを始末する。エヴリンは彼らの確保の指揮をとってくれ」

「ですが、隊長……」

「急げ!」

「――Yes sir!」


 エヴリンは炎の前で立つ少女を憎しみを込め睨みつけた後、奥歯を噛み締めて後方のトラックへ駆け出した。


「標的が逃げたわ! アンソニー! デビット! 貴方たちの隊は左右から回り込んで! 残りは私に付いて来て! 現時点よりエヴリン・スカーレットが指揮を執る!」


 動揺していた隊員たちも、エヴリンの指示を受け、再び優秀な兵士としての姿勢を取り戻した。

 彼らは一陣の風の如く、エヴリンの後を追った。


 

「さあ、お前の相手はこの俺だ」


 エヴリンたちの背中には目もくれず、視線は目の前の少女に固定されている。


「その軍服、ゲルヴァニア国の者か? なぜゲルヴァニア人が大日帝国の訓練所にいる? ……いや、それ以前に、なぜ彼らを助ける様な真似をする?」


 ジェイコブの問いかけにデルグレーネは冷たく答える。


「お前が知る必要はない……」

「……まあ、そうだろうな」


 彼女の答えにジェイコブは軽く笑い、同意すると頷いた。

 しかし、その頷きが続くうちに、彼の瞳孔が拡大し、憤怒を宿すと険しい表情に変化する。


「フゥ〜〜〜〜〜〜」

 

 大きく息を吐き出すジェイコブの体は、筋肉の膨張にて一回りほど肥大し、戦闘服がはち切れそうになる。

 そして……

 彼の周囲には小さな稲妻がバリバリと音を立てて放電し始める。

 その光を確かめる様に軽く腕を振うと紫電が糸を引く様に走った。


「さあ、やろうか―― 」

 

    ◇

 

 空気が裂けるほどの雷鳴と共に数本の稲妻が一点へ向けて飛来する。

 凄まじい閃光が弾け地面に焦げ跡が残るが、標的はいない。

 

「チッィイ――!」


 獲物に逃げられたジェイコブは、すぐさま回避行動をとる。

 既にその上空では、デルグレーネが攻撃の態勢に入っていた。


 刹那、激突する魔法。

 激しい爆発音と共に雷光と黒き炎が爆散して地面を燃やす。


 衝撃波が追いつかぬ間に、デルグレーネとジェイコブはすでに次の動きに移っていた。

 デルグレーネは空中で身体をひねり、体内の魔素を練り上げ集めると、地面へ着地をして狙いを定める。

 彼女の眼前には青白く輝く魔法陣が浮かび上がり、その内部からは炎が噴き出し始めた。

 通常では詠唱を省略できる彼女だが、調律者ハーモナイザーとして修行をして得た威力向上の手段。

 強大な威力を持つ魔法詠唱の始まりだった。


 一方、ジェイコブは地面を蹴って高く跳躍した。

 手には魔力を集め、それを変換して紫色に輝く雷の球体を生成していた。

 彼も詠唱を開始すると、球体は一瞬で雷光に包まれ、まるで一筋の光線の様に輝き始めた。


「太陽に舞う黒き炎よ、地獄よりの烈火となり、数多の敵を焼き尽くせ【地獄の烈火ゲヘナ・フレイム】‼︎」

「雷の精霊よ、神々の怒りをこの身に注ぎ、我が敵を粉砕せん!【雷神の怒りサンダーズ・ラス‼︎】」


 2つの攻撃魔法がぶつかる。

 爆発は暗闇を白く染め上げ、その衝撃波により地面に大きなクレーターが形成される。

 広範囲に強烈な爆風が広がった。

 一瞬の静寂の後、周囲には煙と埃が舞い、視界を完全に遮ってしまう。

 しかし、二人の闘いはその煙の中でも激しさを一層と増していた。

 デルグレーネは次の【フレイム・ニードル】を放ち、ジェイコブはそれを雷撃で弾き返した。その交錯する光の輝きが夜空を明るく照らしていた。


    ◇

 

 数度となく繰り返えされる激突。

 目の前の屈強な兵士は息を荒げていたが、まだ戦意は失われていなかった。

 私もまた、火傷を負い赤い痕を体に残しながらも、魔力を全身にまとい、力強く立ち続ける。

 二人の視線が交錯し、言葉無く互いの決意を確認した。

 それぞれが再び魔力を増幅させて、次の一手を準備し始める。

 これからが本当の戦いだという意志が、その視線から強く伝わってきた。この一騎打ちはまだ終わりそうにない。

 苛烈を極める魔法戦は次第にその場所を移していく。

 

(強い……)


 肩を上下に揺らし、犬の様にハアハアと激しい息づかいをしながら相手を見る。

 目の前の魔法兵士がこれほどまで強いとは誤算だった。

 早く倒してカタリーナの援護に行かないと倫道が……

 チラリと射撃場へ視線を投げると、どうやら倫道たちは建物内へ逃げ込めたようだった。

 

「よそ見をするとは余裕だな!」

「くっ――⁈」


 ほんの少しの隙さえ見逃さず、瞬時に雷撃が飛来する。

 障壁を張って回避するが、全てを跳ね返えせず、少なからずダメージを受けてしまう。

 雷系の魔法は非常に厄介だ。

 

 目の前に立ちはだかる敵、雷の魔法を操る兵士。

 全身にいかづちまとい、間断なく攻撃を仕掛けてくる。

 ここで、ある事に気がついた。


(射撃場から…… 離されている⁈)


 倫道たちの逃げ込んだ射撃場からどんどんと遠ざけられていた。

 目の前の男による巧みな攻撃により、知らず知らずに戦闘場所を移されていたのだ。


(こいつの目的は…… 私を足止めにすること。そして、その間に他の兵たちが…… ちっ⁈)


 位置を変え、回りこもうと牽制の魔法を放つ。


「おっと、どこへ行くつもりだ!」


 しかし、こちらの思考を読んだ彼は、眼前に立ち塞がると凄まじいスピードで接近、大ぶりのコンバットナイフで斬りつけてくる。


「邪魔――!」


 眼前に迫る刃。

 数本の髪を切られながら、体を捻りナイフを避ける。

 私もまた腰から取り出したナイフを振り上げる。

 刀身に炎をまとわせ、男の太い首を目掛けて一閃。

 甲高い金属同士の衝撃音が響いた。

 コンバットナイフの腹に手を当てて両手で防いだ彼の顔には怒りに染まった憤怒が浮かぶ。


 ギリギリと鍔迫つばせり合いをするがパワーでは叶わない。

 徐々にナイフが私の顔近くへ迫る。


「はっ‼︎」

 

 押し返される力を利用し、軽く浮かび上がりながら男の腹部へ蹴りを放つ。その反動にて後方へ距離を取った。

 

(明らかに対魔法士の訓練を積んでいる……)

 

 低い姿勢でコンバットナイフを構える屈強な兵士は、警戒しながらこちらを見つめている。

 やり辛い、素直にそう感じる。

 過去にも対人戦闘はしたが、多くはない。

 ほとんどが魔物モンスター相手であり、魔法と共に武器を駆使してくる相手はあまり経験がなかった。

 それに加え、相手は明らかに魔法士、それも格闘術をこなす魔法兵士への対策を完璧にしている。

 魔法と魔法の繋ぎで拳銃を使い、近接戦闘においてはナイフなどの武器と共に魔法を発動させる。

 その隙のない動きと、巨漢の男から立ち昇る重圧プレッシャーが歴戦の強者であると示していた。


「貴様たちのおかげで……」


 不意に目の前の男が苛立ちを隠さず口にする。


「貴様らのせいで、無駄に命が奪われる……」


 何を言っているのかと首をかしげる。先ほどトラックを撃ち抜いた時に一緒に燃えた隊員の事だろうか。

 だとしたら自業自得もいいところだ。

 

「何を――」

「貴様たちが邪魔したおかげで、彼ら、若い者の命を奪わなければなくなった!」


 何を言っているのか理解できずに固まると、男は苦々しい表情を崩さず続ける。


「我々の任務は、彼らの拉致であった。大人しくしていれば命の心配はなかった。戦時中でも捕虜兵として丁重に扱われただろう。しかし、それが叶わない場合、我々は彼らの命を奪うしかない。 ……いま、まさに私の部下が任務を全うしているところだ」

「なっ……⁈」

 

 大男の言葉に全身が熱くなり、腹の底から怒りが湧いてくる。

 全身が震え、血が沸騰するほど煮えたぎった。


「彼らを…… 殺す…… だって……⁈」


 辺り一面に風が舞い上がり、自分でも制御ができないほどの魔力が噴き上がる。

 全くもって理解しがたい言葉を紡ぎ出す男を凝視する。

 どんな理由にしても『彼』の命を奪うなど許されるわけがない。

 全身が刃物にでもなったかの如く、全ての感覚が研ぎ澄まされて行った。


「なっ⁈ 貴様は…… その姿、魔人か⁈」


 目の前の男が瞠目して驚いている。

 チラリと自分の手を一瞥すると、腕を覆う漆黒の鱗。

 ああ、また意図せず本来の姿に戻ってしまったようだ。

 風に吹かれる髪は金髪から元の白金色となり、その長さも腰まで伸びていた。

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