逆巻く怒涛 7/抗う者たち(2)

 オレンジ色の髪を激しく揺らしながら女性は、凄まじい勢いで俺の前まで来ると、腕を取りそのままの勢いで走り続ける。

 途中で五十鈴の腕を掴んで、俺たち2人を前方へ走らせると、敵兵の方へ踵を返し対峙する。

 

「り……、そ、そこの男子! 振り返らずそのまま走りなさい! ほら、あんたたちも!」

「はっ、はい⁈」

「倫道、早く!」


 暫く呆気に取られた俺と五十鈴は、彼女の勢いに圧されて、指示通りに目の前の建物へ向かって走り出した。

 俺たちに続き、久重と清十郎、龍士も後を追う様に走り出す。

 後ろ髪を引かれ彼女の方を振り返ると、追走する敵兵たちが銃をこちらに向けている。

 だが、不味いと感じる間もなく、オレンジ色をしたショートカットの髪を揺らしながら女性が右手を挙げ、魔法を唱えていた。


「地、水、火、風、雷の5つの元素、世界の理よ、我が身を護りたまえ。【エレメンタル・シールド】!」


 彼女の声と同時に後方から多くの銃声が響き、また多くの魔法が放たれた。

 しかし、それらは俺たちに届かず、彼女の展開した防御魔法がガラスの様に輝き、俺たちと敵兵たちの間に分厚い壁を作ったのだ。


「すげぇ……」

「ええ、あれだけの大きさの防御壁を展開できるなんて並の魔法士じゃないわね」


 走りながら久重と五十鈴が感心していた。

 俺も思わずその魔法の美しさに見惚れていると、清十郎から激しい声がかかる。


「ぼさっとしてるな! 俺たちは足手纏あしてまといにならない様に、とにかく走って建物の中に逃げ込むぞ!」

「わっ、わかった!」


 先に見える建物は射撃訓練場だった。

 天井の高い大きな射撃場は、ここからまだ約100メートルの位置にある。

 立ち止まれば、襲撃者たちに制圧されてしまうだろう。

 オレンジ色の髪の女性が敵の注意を引いてくれている間に、何としてもそこへたどり着かなければ。

 俺たち5人は射撃訓練場を目指して全速力で駆け出した。


「っ⁈ グァ――」

 

 しかし、同期の悲痛な叫び声が響いた。

 30メートルほど走った先で俺たちの足は止まる事となる。

 久重が足を撃ち抜かれ、つんのめりながら頭から転がり地面へ倒れ込んだのだ。


「久重――!」


 五十鈴の悲鳴にも似た叫び声が戦場と化した平原に響いた。


「止まるな! 俺に構わず走れ‼︎」

 

 這いつくばりながらも久重は声を上げたが、俺たちは彼の言葉に従いはせず足を止めてしまった。

 瞬時に、足の止まった俺たちに向かって銃弾が飛来する。


「あっ――」

「クァ⁈」

「うぁ!」


 五十鈴、清十郎、龍士の短い叫び声。

 そして、脇腹に感じる火傷の様な痛み。

 俺たちは撃たれてしまった。


「くっ…… 絶対零度の冷気よ、強固な壁を作り出せ。【氷壁生成】!」


 龍士が上半身を起こし、俺たちの前に氷壁を形成した。

 俺は傷口を抑えながら、倒れている五十鈴の元へ駆け寄った。


「助かった、龍士! 五十鈴! 無事か⁈」

「私は大丈夫、服をかすめただけよ。それより倫道も撃たれてるじゃない⁈」

「俺も少し抉られただけだ。ほら、大した事ない」

「……そう、良かった」


 傷口を見せると五十鈴は茶色い瞳を細めて、ほっとした様に安堵の表情を作る。

 俺も五十鈴の体を確かめ、心から安堵すると、気持ちを切り替えた。


「五十鈴! 大丈夫なんだな」

「ええ、もちろんよ!」

「皆を――」


 このメンバーで回復魔法が使えるのは彼女だけだ。

 彼女に皆の傷を治してもらう様に頼むが、その声を待たずに彼女はすでに行動を開始していた。


「久重、清十郎くん、龍士くん、傷を見せて。ああ、一番酷いのは清十郎くんね……」

「ぐっ…… すまない」

「大丈夫だから動かないで。――命の源泉よ、我らの傷を癒やす光を放て。【癒しの光】」


 五十鈴が清十郎に回復魔法を唱えるのを横目で見ながら、回り込もうとしていた敵兵へ向かい【黒焔針】を放つ。

 見事に回避されてしまったが、さらに足元へ打ち込み派手に炎を立ち昇らせた。

 少しの時間稼ぎにはなるだろう。


「ごめん! りっ……、あんたたち! 敵の数が多くて一部抜けられてしまったわ。直ぐに私も行くから、なんとか持ち堪えて!」

「了解です!」


 オレンジ髪の女性の叫びに反射的に答えると、俺の視線は五十鈴に固定される。

 額に汗をいっぱいかいて、今は久重の傷を治している。

 清十郎は…… 傷は塞がったようだが全てのダメージが無かったことになる訳ではない。

 今の五十鈴の魔法力では傷口を塞ぐ程度が精一杯の力だ。

 

 この状況をどうにかしなければ…… 皆、命を失ってしまう……


 ズキンと頭を突き刺す痛みが走る。

 心臓が躍る様に激しく脈打つ。

 魔力が腹の底から湧き上がる。


 来た……、またこの感覚が……


 やがて頭痛が治ると、カオスナイトメアと戦った時にも感じた高揚感が沸き立つ。

 あの時の情景を思い出す。A級の魔物と戦えた時の自分を。

 

 いける! そう思った矢先――


 体の奥底から湧き出てきていた魔力が急に萎んだ。

 

「なっ……⁈」

「お、おい…… 倫道…… どうかしたのか?」


 自分への驚きで声を出し、唖然としている俺を久重が怪訝な顔で覗き込む。

 同じく清十郎と龍士も何かあったのかと顔を見合わせる。


「いっ、いや、なんでもない……」

 

 そんな彼らの視線を浴びながら両掌を見下ろすと、小刻みに情けないほど震えていた。


(震えている…… 冗談じゃない、あの時だって恐怖はしていた、怖かった! 何が違うっていうんだ!)

 

 仲間と自分の命の危機的状況は同じのはず。

 いや、今の方が守る者は多く、以前と比べてもより切迫した状況だ。

 

(ちくしょう…… 結局はまぐれだったのか……)


 正直に言えば、俺は自分の力に期待をしていたのだ。

 危機的な状況になれば、俺本来の力が出るのだと……

 自分の中に、おごりがあったのかもしれない。


(それとも、あの少女が……)

 

 ふと、ありもしない事がよぎりかぶりを振る。今はそんな事を考える時間はない。

 

 もし、仮にあの時の力が俺の中に眠っている力だとしても……

 冷静に考えれば、今の状況の説明はつく。答えは簡単だ。

 自分の意志であの時の力を引き出せない。それだけであった。


 力があっても使えない。これでは無いと同じ。

 ピンチになれば力が解放される! そんな都合よく考えていた自分が恥ずかしいし、悔しい。


「くそ! こうなったら……」

 

 氷壁の影から敵を伺う。

 俺の力では、統制の取れた敵部隊との戦いは厳しいだろう。しかし、命を懸ければ、オレンジ色の髪の女性が助けに来る時間を稼げるかもしれない。

 いや、作るんだ!

 

「おい! 神室! 何をする気だ⁈」

 

 清十郎が俺の行動に気がつき、止めようと大声を上げる。しかし、俺は腹を括って氷壁の前へ飛び出した。

 驚きの表情を浮かべる五十鈴は声にもならない叫びをあげた。


 それを待っていたかの様に1人の黒い兵士が、視覚外から俺へ向けて銃口を向けていた。

 気がつき目の前の景色が緩やかになる。まるで水中を歩くみたいに遅く。

 月光に反射した銃口が俺をまっすぐ捉えている。今からの回避は間に合わない。


「しまっ――」


 銃口から微細な火花が飛び散り、スローモーションの様に弾丸が俺の体へ迫る――


「――る盾となれ! 【岩盾】!」


 耳に届く男性の声、呪文の詠唱。

 地響きをあげ一瞬のうちに土壁が目の前に迫り出した。

 分厚く俺を覆い尽くすほど立ち上った壁は、届くはずだった銃弾をその壁面に受け止めた。


「お前たち! 生きてるか⁈」


 驚きに固まる俺の目の前に、一台のジープ型軍用車が海岸線に伸びる坂の下から飛び出してきた。

 ジープから飛び降りたのは、刈り上げられた頭髪と体格から放たれる無骨さが特徴的な山崎剛大尉だ。御堂司令と訪問された後、八神教官より教えていただいた人物。

 龍士の作った氷壁の中と俺の姿を確認した彼らは迅速に行動を取った。

 

「ひよこども――! 無事かー?」


 運転席から降りた柳田颯太少尉が小銃で牽制し、素早く氷壁の中へ体を滑りこませた。

 それを確認した山崎大尉は、一息つきながら大地の魔法を発動させる。

 

「大地よ、我が意志に従い、敵を砕き貫く岩柱を創り出せ。【地裂衝じれつしょう】!」


 地面に手を置き詠唱を終えると、彼の数メートル先から大地に割れ目が走り、そこから数本の巨大な岩柱が突き上げられる。

 岩柱は俺たちに迫る敵へ向かって急速に伸び、何人もの兵士たちを吹き飛ばした。


「皆、こっちへ来い!」


 山崎大尉が大声で叫びぶ。

 柳田少尉が清十郎を肩に担ぎ、ジープの後席に乱暴に放り込んだ後、「早く乗れ!」と立ち尽くす俺に荒っぽい口調で命令した。

 慌てて久重の肩を担いでた五十鈴ごと抱え込むと、勢いよくジープへ乗り込んだ。

 山崎大尉がアクセルを踏み込み急加速をしたジープは何発かの銃弾を受けつつも、射撃場へからくも辿り着いたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る