逆巻く怒涛 4/襲撃

 深夜2時過ぎ。

 駆け抜けた台風の爪痕を残す様に、海岸線には多くの流木が流れ着く。

 大きく白波が打ち付ける砂浜には、漁船に偽装した上陸用の小型船舶が乗り上げられていた。


「……そろそろか」


 夜空には満天の星、丸い月が煌々と輝いていた。

 台風が移動と共に雲を引き連れて行ったが、残した強風が砂を巻き上げる。

 ジェイコブは左腕の時計を確認した。

 

「――隊長、来ました。3台です」


 ジッっと雑音を混じらせながら携帯無線電話機ハンディトーキーが響く。

 数百メートルほど離れた高台から草むらの中へ潜むジェイコブに連絡が入った。

 遠方で点の様に灯るライトの光を確認して無線へ返す。


「確認した。後方を確認後、こちらへ合流せよ」

 

 やがて低いエンジン音を響かせ、海岸線沿いの道を2台の軍用トラックとそれに続く乗用車が向かってきていた。

 トラックのヘッドライトが次第に大きくなり、指定の場所に到着して停車、エンジンを切る。

 それぞれの運転席から小柄な男と太った男が飛び降りると、後続の乗用車のドアを開け徐に乗り込む。

 運転手2人を後部座席に積み込むと、その乗用車はUターンをして来た道を引き返していった。

 やがてテールライトが小さくなり、その灯りが闇に沈むのを見計らい、彼らは茂みの中から海岸線の道路へ顔を出した。

 

「ここまでは予定通りですね」

「よし、各自装備を持ってトラックへ乗り込め。運転はエドワードとチャーリー、エヴリンは道案内を頼むぞ」

了解イエッサー!」

 

 ユナイタス合衆国が誇る魔法特殊部隊ノヴス・オルド・セクロールムの精鋭部隊アルカナ・シャドウズの16名。

 大日帝国内部にいる協力者エージェントの手配により、須賀湾の30キロメートルほど沖合で偽装した漁船へ乗り込み海岸へ到着。

 別の協力者エージェントが移動と任務達成後の逃走用の足として軍用トラックを用意していた。


「ちゃんと顔を見て挨拶したいもんだね」


 同僚へデビットが軽口を言いながら装備をトラックの荷台に乗せていると、後ろから別の荷物を手渡された。


「しょうがないでしょ。これだけ締め付けが強くなれば用心に越した事はないわ。彼らが何も聞かず何も見なければのだから」


 自分の装備を手渡すエヴリン。

 彼女は車内に置いてあった書類を手にして数ページほど捲るとデビットへエメラルドの様に美しい瞳を細めた。

 

 直接顔を合わせないのは少しでもリスクを回避するためである。

 開戦された現在、各国のスパイ活動は非常に活発化していた。

 そして日々、どこかの国のスパイが公安に拘束されている。

 その状況を考慮して、協力者エージェントには目的も使用者も解らない様にする必要があったのだ。

 拘束されても知らなければ、何も話す事はできない。

 よってアルカナ・シャドウズの存在も敵国には知るよしもない。


「隊長、乗車完了しました」

「よし、出発」


 荷台に布製のホロが被った2台の軍用トラックは、ユナイタス合衆国最強の一角と言われている部隊を腹に飲み込み、緑陽台地訓練所を目指しスピードを上げた。

 

    ◇


 数十分後、トラックは訓練所敷地の正門前まで到着すると、警衛所から出てきた兵士の指示に従い停車した。

 ビームライトに照らされ眩しそうにする警衛の2人は、小銃を肩にかけながらトラックへ近づく。

 そんな彼らに運転席の窓から軽く腕を出し、日帝系の顔を持つエドワードが軽く手を挙げ笑いかける。


「こんな遅くに――」


 まるでサイダーの栓を抜いた様な音が闇夜へ響く。

 プシュっと空気の弾ける音と共に警衛は眉間を撃ち抜かれ崩れ落ちた。


「――なっ⁈」


 もう1人の兵士も小銃を構える暇なく地面へ倒れ込む。

 更に同じ音が5回6回と響くと、警衛所に嵌め込まれているガラスに銃痕が花の様に刻まれると、中にいた2人の兵士は軽いうめき声を残して絶命する。

 トラックが着いて10秒も経たないうちに正門前の詰所には動く者は居なくなっていた。


「クリア――」


 ガサガサと草をかき分け警衛所の対面に茂る藪の中から4名のアルカナ・シャドウズが姿を現すと、一人が詰所に入り門を開ける。

 到着する直前に荷台から降りて制圧のために別行動をしていた彼らは、警備システムを無効化すると、外のエドワードへ向けて合図をする。

 トラックはゆっくりと動き出し、堂々と門をくぐり敷地内へ潜入を果たした。


 5分も走ると倫道たちが眠る宿舎前へと到着。

 3名の見張りを残し、迅速に行動へ移す。

 アルカナ・シャドウズは扉の鍵を容易く開けると宿舎へ潜入。一糸乱れぬ動き、ハンドサインのみで音も無く進んでいく。

 その先頭を行くエヴリンの手には名簿とこの宿舎の間取り図があった。


「私は2名を連れて少女の確保へ向かいます」


 1階の踊り場、エヴリンが2名を引き連れて別階段を目指し暗闇の中に消えていく。

 ジェイコブはそれを見届けはせず、残りの隊員を引き連れて倫道たちの拉致へ向かう。


 音も無く階段を駆け上がり3階の倫道たちの部屋の前、ジェイコブは一人の隊員へ指示を出す。

 

「……揺蕩う空気よ、我が足音を掩い給え。静寂の宴、今ここに。【サイレント・フィースト】」


 青白い魔法陣が展開されると空気中を高質な金属音がピーンと広がった。

 魔法の効果を確かめてから用心深くドアを開けると、4人部屋の二段ベッドに倫道と久重、龍士、清十郎が眠っていた。


(まだ少年ではないか…… こんな子供がA級の魔物モンスターと戦い勝ったというのか……)

 

 彼らの無防備な姿を見つめながら、ジェイコブはアンソニーとデビットに頷きを返した。

 その瞬間、彼らは拘束具を手に取り、一人一人のベッドに近づいた。

 

「――!」


 一斉に倫道たち4人の口に手を当て眉間に銃口を突きつける。

 訓練の疲れから深い眠りに落ちていた4人は混乱のまま固まる。

 そんな彼らをデビットたちは強引にうつ伏せにさせると、後ろ手に手錠をはめて拘束した。

 突然の襲撃に全くもって抵抗できない4人は、せめてもの抵抗で大声を出そうとするがサイレント魔法がかかっているため、それすらできなかった。


「大声を出そうとも無駄だ。この部屋はサイレントの魔法をかけている。大人しくしておけ」


 乱暴に猿轡さるぐつわをかまされ、声を出せなくされた倫道たちは背中に銃口を感じながらベッドから起こされた。

 暗闇の中、狭い部屋が屈強な男たちで埋まっている。


「ん〜〜〜〜!」

 

 久重が目の前の侵入者に体当たりをして抵抗してみせるが、敢えなく簡単に対応されてしまう。

 床に転がされる久重の背中に膝を落とし、髪の毛を掴み顔を上げさせるとジェイコブが静かに言う。


「次におかしな事をすれば命はない。 ……そうだな、抵抗した者とは別の人間を撃つとしよう。分かるか? 自分の行動が仲間の命を奪う事になる。 ……我々は君たちに危害を加える気はないのだ。大人しくしていてくれ」


 静かだが腹の底から震えがくるほどの殺気を纏った低い声で告げるジェイコブは、倫道、清十郎、龍士の双眸を覗き込む。

 彼らは黙って頷くしかなかった。


 そのまま両脇を二人の兵士に抱き抱えながら階段を降りていくと、1階の踊り場には同じく拘束された五十鈴が3人の兵士に囲まれていた。

 彼らは頷き合うと、そのまま外の様子を伺う。

 見張りに残していた兵士からの合図を確認し、倫道たちの首根っこを抑え込み低い姿勢にしてトラックまで走らせた。


「仲間の命が惜しければ、黙って走れ!」


 次々に首根っこを捕まえながら走らせると、トラックの荷台へ乱暴に乗り込ませる。

 最後の一人、龍士を荷台に押し込むと、アルカナ・シャドウズの隊員も倫道たちの監視に3名を残し、後続のトラックへ乗車。

 全てを見届けてジェイコブが助手席に乗り込むと、静かに命令する。


「よし、標的5名の確保を完了。直ちに離脱する。出発」

「了解!」


 エドワードが静かにアクセルを踏み込み、倫道たちを乗せたトラックは静かに動き出した。


「上手くいきましたね、隊長」

「……ん? ああ、そうだな」


 エドワードがジェイコブへ話しかけるが、歯切れの悪い返事が返ってきた。

 隣に座るエヴリンが横目でチラリと顔を見てから、彼の心中を理解して慰める。


「まだ学生の彼らに私たちの力を使わず確保できたのは最良です。彼らは本国で丁重に扱われるはずです」


 自分の心を見透かす彼女の言葉に、思わず苦笑いが出てしまう。

 やはりエヴリンには敵わないと。


「そうだな、きっと―― っ⁈ 止まれ‼︎」

 

 ジェイコブは大声でエドワードへ命令する。

 慌てて急ブレーキを踏み込むと、トラックは抜かるんだ道を滑りながら蛇行してその動きを止めた。

 後続のトラックが間に合わず勢いよく追突し車体を揺さぶった。

 激しい衝突音を響かせ追突した2台のトラックのライトの先には暗闇が広がっている。


「どっ、どうしたんですか? 隊長?」


 衝撃でハンドルに頭を打って動揺するエドワード。

 しかし、そんな彼を他所に、ジェイコブとエヴリンはごくりと生唾を飲んだ。


「感じるか?」

「……はい、ビリビリと突き刺す程の殺気が飛んできます」


 彼らの額にはドッと汗が吹き出していた。

 そんな二人の様子を見てエドワードは彼らの視線の先、暗闇へ目を細め神経を集中する。

 やがてライトが届く先端の地面に足元から人影がゆっくりと現れた。


 それは数歩近寄ると煌々と明るく照らすライトの中、その歩みを止めてトラックの前に浮かび上がる。

 美しい金髪をなびかせた一人の少女の姿であった。

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