逆巻く怒涛 3/改編
大日帝国の軍上層部では、一部の者たちへ緊張が走っていた。
なぜなら、そこでは大胆な軍の再編が進行中だったからである。
その中心となるのは魔道大隊の細分化、そして専門部隊の創設。
それらの動きは既存の権力バランスを揺るがすほど大きな問題であった。
その騒動の一部であり最大の衝撃、魔道大隊の司令官、御堂雄一郎少将の異動である。
彼は特務魔道部隊、いわゆる新設された部隊の指揮官として拝命された。
しかし、表向きは昇進とも取れる役職だが、実質的には左遷に近い人事であった為である。
「思ったより事態は早く動いたな…… まあ、大体は予想通りか」
御堂は手にした名簿を眺めながら、新たな局面に己の立ち位置を確認する。
特務魔道部隊の人数は40名。
その中には御堂の腹心とも言える山崎と柳田の名前もあった 。
彼らは御堂が信頼を寄せる者たちであり、何よりも彼の考えを理解し、行動を共にする者たちだった。
「さてと…… こちらはこちらで動くとするか」
複雑な情勢の中、彼の目は鋭く、新たな
早々に自身の執務室へ戻ると、受話器を持ち上げ交換士へ命じた。
「御堂だ。魔道大隊第2中隊隊長、山崎剛大尉と柳田颯太少尉を私の自宅へ来るよう呼んでくれたまえ。ああ、今夜だ」
静かに受話器を置くと、深く椅子にもたれかかり特務魔道部隊の人員名簿をもう一度眺める。
他に誰も居ない執務室のガラスを叩く音がうるさいほど鳴り響く。
台風による強風が木々を弓なりに曲げ、横殴りの雨がこれから歩む道の厳しさを表している様だとぼんやりと彼の頭には浮かんだ。
◇
帝都東光、軍司令部のある中心地より少し外れた山ノ手。
閑静な住宅地の一角に御堂の自宅はあった。
緑豊かなこの土地は高級将校の家が多数存在する。
その中でも比較的慎ましやかな邸宅は、御堂の飾り気のない人柄を表している様であった。
台風が通過中の深夜、他の住人は寝静まった御堂邸の応接間で、御堂、山崎、柳田の三人は特務魔道部隊の今後を話し合っていた。
軍服の上には酒の匂いが漂っていたが、彼らの表情は厳かだった。
「……やはり俺は納得できません! なんですかこの人事⁈ これじゃぁ左遷ですよ! 左遷!」
琥珀色の液体が満たされたウイスキーグラスを机へ乱暴に置く柳田。
その態度を山崎が嗜める。
「ナギ、口のききかたに気をつけろ」
「しかし……」
「ナギ!」
「……失礼しました」
山崎の鋭い眼光に睨まれ柳田は頭を下げた。
「ふははは、別に謝らんでもいい。それに左遷は間違っていないぞ」
御堂は愉快そうにウイスキーグラスを回し、それをグイッと一息で呷る。
山崎が御堂の開いたグラスへウイスキーを継ぎ足すと、横に座る柳田が「あっ」と手を空中に彷徨わせる。
上官である山崎に注がせてしまった不手際を悔いる様に謝った。
「気がつかずすみません……」
「気にするな。それに無礼講だと司令も仰っている」
ニヤリと笑い、自分のグラスにも注ぎ足す。
せめてもの気遣いで、柳田は2人のグラスへ氷を継ぎ足した。
「ふふ、すまんな、ヤマ、ナギ。それとまだ聞きたい事があるだろう。どうだ?」
柳田がチラリと山崎へ視線を送ると、山崎が御堂の質問へ返答した。
「はい、部隊編成と人選ですが、思う所はあります」
「許す、言ってみろ」
山崎はグラスをテーブルに置くと姿勢を正し、上官へ申し出た。
「まずは人数、40名では小隊規模です。この数で我々に何をさせるつもりでしょう? 通常の作戦展開など出来るはずがありません。隠密部隊として暗殺でもさせるつもりでしょうか?」
御堂は頷き、山崎の次の言葉を待つ。
「それに…… 名簿の最下部にある名前が問題です。神室倫道、安倍清十郎、堂上久重、十条五十鈴、氷川龍士の5名。彼らはまだ訓練所を卒業していない学生です。いくら能力があると言っても早すぎます」
「なるほど、それが聞きたかった事か」
御堂は山崎と柳田の真剣な眼差しを確認すると、グラスをテーブルへ置き、前のめりの姿勢となり両の手を組んだ。
「特務魔道部隊の人数は、これが精一杯だったのだ。というのも我々の部隊がどこまで秘匿性を持たせられるかが問題であった。ヤマの言うとおり上層部は我々を都合の良い暗殺・諜報部隊と考えておる。しかし、
山崎と柳田が瞠目して目の前の御堂を見つめる。
「今回選んだ人間はそれなりに調査をした者たちだ。まあ、これから良からぬ輩が近づいてくるかも知れんがな。よくよく注意するとしよう。そう言う訳でこの人数となったのだよ」
未だ混乱をしている2人に向かい一層の力を込めた瞳で念を押す。
「いいか、ヤマ。ナギ。我々は今までの魔道大隊のいち兵士から違う段階に入ったと心に刻め。敵は目に見える者だけではないぞ」
ごくりと生唾を飲む山崎と柳田。
自分たちが思っていた状況とまるで違うことを認識し、ブルリと身震いをする。
「では、神室たち訓練兵を編入したのも……」
「もちろん私が裏で画策した」
「理由を聞いても」
「簡単な話だ。有望な若者だからな。そして今、
「……まさか、そんな――」
柳田は御堂の双眸を伺い、続く言葉を飲み込んだ。
「神室たちの編入にはかなり苦労をした。緋村中将の手の者と思われる人間から多くの横槍が入ってな」
「しかし、よく5人全員を編入できましたね」
「まあその辺はな…… お前らはまだ知らなくて良い。八神には色々と骨を折ってもらったがな」
「八神さんですか…… なるほど」
教官となった八神ではあるが、軍内部において現在もその影響力は大きい。
そんな八神と御堂のつながりを考えれば、一見無茶な問題もある程度解決してしまうのは想像が容易かった。
山崎と柳田は胸の奥に詰まっていた疑問を解消され、急な人事へのフラストレーションも少しは薄まった。
「あと…… これはただの勘なのだが、神室たちには何かあると感じた。これからの我々に戦いに必要な力だとな」
御堂は座椅子の背もたれへ体重を預け、手に持ったグラスを電灯の光に照らす様に掲げた。
「ただ……」
「ただ、なんです?」
柳田のへ御堂はチラリと視線を投げるが、その表情は少しだけ沈んでいた。
「ただ、それは彼らにとって最善の道か、
御堂の声は、この国の未来を憂い決死の覚悟を感じさせた。
「しかし、彼らは余りにも若い……」
山崎の言葉に御堂は、一瞬、苦渋の表情となり頷いたが、すぐに元の表情を取り戻した。
「それは理解している。しかし、今、我々に出来る選択肢はそれしかない。彼らの力を借り、この国を守るために全力を尽くす。それが、我々の道だ」
その言葉に山崎と柳田の2人は黙って頷いた。
そして理解する。
これから先の戦いは厳しいと。
だが、彼の信念に心を打たれ、2人は自分達も全力を尽くす覚悟を決めた。
「承知しました。この命に変えても彼らの身は守ります」
「まあ、雛鳥たちを一端の兵士に育てて見せますよ!」
御堂がグラスを掲げると、山崎と柳田もグラスを掲げた。
誓いを掲げ、3人揃ってグラスを空にすると柳田が口を開いた。
「しかし、こりゃ重要な任務っすね、ヤマさん」
「ああ、早速明日から動くぞ」
新部隊を立ち上げる。
それがどれほど困難で危険な任務であるか、2人は痛いほど理解していた。
「まずは名簿に載っている奴らとの面通し―― なんだ、やけに騒がしくないっすか?」
未だ台風の雨が家の至る所を打ちつけていた。
しかし、家の外から雨音以外の音、玄関の扉を叩く音が響いていたのだ。
3人は顔を見合わせると、慌てて起きた使用人が玄関で対応した後、息を切らせて応接間の前まで飛んできた。
「だ、旦那様。よろしいでしょうか?」
「入れ。こんな夜中にどうした」
使用人の初老の男性は、浴衣の前をはだけながら申し訳なさそうに入室してきた。
「申し訳ございません。この様な姿で――」
「気にするな。どうした?」
「はい、軍の者と名乗った黒尽くめの男が旦那様にこれを渡してくれと。緊急との事です」
御堂は使用人から手渡された手紙らしき物を開封する。
雨に濡らさない為、何重にかに油紙で包まれていた。
読み返す様に文字を追った後、手紙を握りつぶそうとしたが山崎と柳田の視線に気がつき、彼らに手紙をよこした。
「こっ、これは⁈ 司令――」
「これは予想していなかった…… まさか外部、ユナイタスがこれほど早く動くとは……」
そこに書かれていたのはユナイタス合衆国からの緑陽台地訓練施設への襲撃計画が記されていた。
腕時計で時間を確認した柳田が声を上げる。
「この情報…… 本当なんですか?」
「ああ、まず間違いはないとみていい」
「マジっすか⁈」
「それよりも…… 司令、この情報はどこから?」
驚く柳田を尻目に山崎が疑問を投げかけるが、御堂はひと睨みすることで答える。
今は答える時ではないと。
2人は御堂の無言の言葉を理解すると行動に移す。
「今から装備を積んで向かっても…… 間に合うか」
「2人とも行けるか?」
「勿論です。司令、申し訳ないですが、アルコールを抜いてもらえますか」
御堂は治癒魔法の1つ、解毒の魔法を唱えると自分も出かける準備をする。
「
「「了解!」」
2人は激しい雨の中、御堂邸を勢いよく飛び出した。
「ったく! あの雛鳥ども! 本隊へ合流する前に面倒かけさせやがってー」
「ふっ、責任重大だぞ、副隊長」
「分かってますよー 隊長殿‼︎」
滝の様に激しく降る雨の中、2人の背中は暗闇に溶けていった。
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