第2章

逆巻く怒涛 1/暗躍の影(1)

 強風と烈しい雨が打ち付け、飛沫しぶきを上げて大きくうねる白波。

 大日帝国の近海、その海面深く、静かに潜水艦が進んでいた。

 密閉された鉄の塊の内部は、微弱な照明が僅かに照らすだけの重苦しい空間が広がっている。

 船内の気温はじんわりと汗をかくほど高く、ただでさえ緊張感に満ちた空気は、一層温度を上げる。

 潜水艦の船体から漂う海水の匂いと深海の静寂。

 ユナイタス合衆国(USAS)から派遣された精鋭部隊アルカナ・シャドウズの隊員たちは、慣れない環境に少しだけ戸惑っていた。


「やはり最新型とはいうが多少の音はするのだな……」

「ははは、そうですね。まだ無音航行ではありませんので。皆さんの様に聴力にも鋭い人にはうるさいかも知れませんね。しかし、旧型から駆動音も改善され、耐圧殻も耐性だけではなく消音機能も向上しているのですよ」

「いや、すまない。決して貴艦を軽んじたわけではない」


 ユナイタス合衆国の魔法特殊部隊ノヴス・オルド・セクロールム、その中でも優秀な力を持つ者たちが選抜された精鋭部隊アルカナ・シャドウズ。

 一般的な特殊部隊と同等の戦闘技術を持ち合わせ、魔法士としても比類ない実力を持つ精鋭たち。

 その隊長を務めるジェイコブ・ストームは、自分達を運ぶ潜水艦の艦長キャプテンへ頭を下げた。


「はは、分かっています。頭を上げてください。ほんの冗談ですよ」

艦長キャプテンも人が悪い」


 ジェイコブの独り言に艦長キャプテンが過剰に反応したため、彼の気分を害したかと心配したがそれは杞憂だった。

 目元を緩めて笑い合うとジェイコブは左腕の内側につけている時計の文字盤へチラリと視線を落とす。

 14時53分。そろそろ時間だと考えていると艦長キャプテンが気を使い、話をつなげてくれた。


「それよりも皆さん、体が大きいから船内は不便でしょう」


 艦長キャプテンからの問いかけにジェイコブは自身の体を一瞥したのち部下へ視線を移す。

 そこには副長であり、唯一の女性エヴリン・スカーレットが「私は別に」と涼しげに翡翠色の瞳で見つめ返してくる。

 その横にいるジェイコブと同様に背が高く筋骨隆々の逞しい二人の隊員は同調を示した。

 アンソニー・ブラウンとデビット・ミラーがそれぞれ口を開く。


「少し窮屈な気はしますが…… もちろん問題ありません。こちらこそ持ち込んだ機材も多かったのでご迷惑をおかけします」

「いゃ〜、訓練で慣れてはいますけど正直言うと好きじゃないですね〜」


 全く逆の感想を言う部下二人に苦笑いを残し、艦長キャプテンへ視線を戻した。


「我々の作戦のために協力ありがとうございます。それで現在地は――」


 ジェイコブ・ストームを隊長としたアルカナ・シャドウズ、総勢16名。

 指令を受けて南洋諸島の基地より貨物輸送機に乗り込み飛び立った。

 数時間後、大日帝国から200かいりほど西に離れた洋上にて、潜水艦『ノースデン』へ乗艦を果たすと大日帝国まで慎重に進んでいた。

 

 発令室には艦長キャプテンを含め潜水艦『ノースデン』の乗組員、それとジェイコブ、エヴリン、アンソニー、デビットの4人。

 交信時間に近づいたためジェイコブは分隊長を引き連れ、発令室にて指令が入電されるのを待機していた。

 そこで彼らは微妙な笑顔で世間話を交わしていたのであった。

 

 船内はエリート部隊アルカナ・シャドウズの存在で、通常とは違う緊迫した雰囲気が漂っていた。

 それでも、話題は様々に及んでおり、ホッとする瞬間がある一方で、彼らの実際の任務の重大さを忘れさせない一面も見え隠れしていた。


 そんな彼らの会話を終わらせる一人の通信兵の言葉が静かに響いた。


「入電あり。入電あり。司令部からです」


 皆の視線が耳が通信兵へ集まる。

 先ほどまで緩んだ笑顔を見せていたデビットでさえ、人が変わった様に瞳に力を込めた鋭い光を走らせる。


「長文です。暗号文にて届いているため出力します」


 不規則に穴の開いた細長いテープが、カタカタと機械より吐き出されてくる。

 まるで一貫性のない穴列を刻むテープは途切れずに、遂には床にまで到達した。

 やがて全ての情報を出し切ると通信機は沈黙をした。


「こちらです」

 

 通信兵がテープを千切り椅子を半回転させてエヴリンへ渡すと、彼女は手の中身を一瞥もせずに隊長であるジェイコブへ手渡す。

 赤い照明が灯るだけの船内は暗く空気を重くする。

 長いテープを手の中で引き出しながら読み進める彼の顔は、一度驚きの表情を見せたあと徐々に光を失っていった。

 やがて最後まで読み終わると、大きなため息を吐いてエヴリンたち3名へ読ませるために渡した。


「……これは」

「おいおい、マジかよ⁈」

「信じられん……」


 3名が同じ様に瞠目した顔をジェイコブへ向けると、彼はゆっくりと頷く。

 彼らはもう一度暗号文の書かれたテープへ視線を戻し、各々が呟いた。


「A級の魔物モンスター、カオスナイトメアを大日帝国の奴らが倒したってのは分かるが……」

「ああ、信じられん事に兵士にもなっていない魔法士訓練兵が討伐しただって……」

「これ…… 隊長は信じられます?」

 

 テープの前半部分には大日帝国においてA級の魔物カオスナイトメアが訓練兵たちによって撃退されたという情報だった。

 彼らはその内容に驚き、同時に多くの違和感を覚えた。

 それは彼ら自身も過去にA級魔物との接触経験があり、その恐ろしさを肌で感じていたからだ。

 

にわかには信じられんな…… しかし、司令部がこんな場所までわざわざ知らせてきた情報だ。信じない訳にはいかないだろう……」


 ジェイコブ自身、訓練兵たちがどの様にしてA級の魔物を撃退したのか、理解しきれない部分があった。

 A級の魔物とは、高位の魔法士でも撃退するのが難しい存在である。

 彼らアルカナ・シャドウズがその魔物と対峙すれば制圧するのは難しくはないだろう。だが、兵士にも満たない訓練兵が屠ったとはどう考えても信じられなかった。


 しかし、ジェイコブは思考を瞬時に切り替える。

 真偽がわからない情報に振り回されては時間だけが悪戯に過ぎていき、何の打開策も生まれない事を知っていた。

 そこで、司令文の後半部分を思い出す。


 そこには、さらに彼の心を揺さぶる命令が記されていた。

 それは当該の訓練兵たちの誘拐、または殺害を指示された内容だったからである。

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