蠢動 4/疑念
神々が住まう天上界、アースガルズ。
永遠の広がりを見せる世界、そこには豪壮な建物が上下左右に点在する。
その中の1つ、黄金宮グリトニルでは、
時間という概念が気薄なこの世界では、各管理者チームがそれぞれの活動時間を設定している。
ただし、それは情報を共有するための集合時間を定めるだけで、大半の者たちは個々に行動を続けているのが普通であった。
そんなグリトニルの1室、調和の間にて。
壁面や中空には数百の世界を映した画像が浮かんでおり、その全てがデータを洪水の如く流し続けていた。
この調和の間を常時使う管理者は3人。
フォルセティ、ザイオン、アフロディアである。
そのうちの1人が部屋の明かりも点けずに自分のデスクに座り、画面の一つ一つを注意深く監視していた。
その焦点は、特に1つのデータに集まっていた。
デルグレーネ、その名前だけでこの管理者の心は揺さぶられる。
視線が再び彼女の資料へ戻ると、その思考はデルグレーネの記録をたどり始めた。
彼女が観測された最初の場所、逃げ惑いながらもしぶとく生き残ってきた生存を賭けた戦い。
そして倒した相手の魔素を取り込み成長していく記録。
すべてが極めて整然と、綺麗に整理されている。
「デルグレーネ……」
その名前を囁き、データの数々を眺める。
彼女のデータは異様に整っていた。能力、性格、戦闘経験、そして行動理由……。
一見するとバラバラのようであるが、
全てがバランスを保っており、まるで理想的な調律者を創り出すために組み立てられたパーフェクトな道筋を。
それは、彼女が意図的に『造られた存在』ではないかという疑念を生む。
「まさか…… そんな……」
自分の思考に驚きの声を漏らす。
なぜ彼女だけがそこまで特別なのか…… その答えが見つからないまま深まるばかりだった。
この問いに対する答えを探し求める管理者の視線は、再びデルグレーネのデータを追い始める。
その眼差しの中には、彼女の存在が秘める可能性への深い興味と共に、深い疑念の色が込められていた。
「デルグレーネ、お前は一体……」
目を閉じ、深く息を吸い込む。
その問いは、世界を映し出す『調和の間』にただ響き渡るだけだった。
◇
大日帝国の本丸、金剛石に覆われた巨大な壁がこの場所の重要性を物語る。
参謀本部の一室、戦略会議室では、厳かな空気が立ち込めていた。
壮麗な装飾と重厚な歴史が息づくその部屋は、国家最重要事項を決議する場所として相応しく、いつもは
同盟国であるゲルヴァニア国が隣国へ宣戦布告をし、欧州で戦争の火蓋が切って落とされた。
それと共に大日帝国もまた、華陽人民共和国の占領を宣言、そして大国ユナイタス合衆国へ宣戦布告を行った。
宣戦布告と同時に奇襲に成功した大日帝国の指揮は高まり、国を挙げて『戦争という名の地獄』へ突き進んでいく。
そして開戦から数週間経過した今、今後の行方を占う重要な会議が行われていた。
広間の中央、輝く琥珀色の円形卓の周りには、帝国軍の重鎮たちが揃って座っている。
彼らの表情は厳しく、その視線は前方の巨大な地図に釘付けとなっていた。
それぞれが己の責務を全うすべく、頭を悩ませ、時には激しい議論を交わしていた。
そして本日の最重要である議題が上がった。
場の空気が一層引き締まる。
「我が大日帝国にて最も強力な戦力となりうる魔道兵器を一般戦場へ投入すべきである」
この議案の提案者であり、魔法研究所の所長であり魔道機関全体の総責任者である緋村中将が腹の底を揺さぶる様な威圧ある声で口火を切る。
緋村の発言を皮切りに会議は紛糾した。
「そうだ! 国内で最強の威力を誇る兵器を戦地へ投入しない手はない!」
「何を言っている。まだ実験段階と聞いた。それを実戦に投入するなど時期尚早だ」
「実際はこうして稼働実験のデータも出ている!」
「それは訓練で、実戦とは違う。そもそも、このデータでは不具合や爆発などの事故もある」
「何を悠長な事を言っている。諸外国では様々な魔道兵器を実戦へ投入していると聞くぞ」
「そうだ! 明らかに我が国は遅れをとっていると見ていい」
「その情報の裏は取れているのか?」
「……各国が最重要機密としているため詳細は……」
「この重要な会議で不確定な発言は控えてもらいたい!」
「――なんだと!」
議題の一つとして、魔道兵器の戦略的投入、すなわち一般の戦場での運用案は以前から上がっていた。
戦況を一変させる力を持つと考えられ、帝国を含め各国は魔道兵器の開発に躍起となっている。
しかし、それは動力源や環境など整えなければ運用に耐えられない『実験機』の域をまだ出てはいなかった。
「魔道大隊指揮官である御堂くん、君の意見はどうかね?」
この場の最上位者、元帥である赤松の厳格な声が響くと、混乱していた会議室に静寂が支配する。
先ほどまで腕を組み双眸を閉じていた御堂が姿勢を正し、テーブルに手をつき立ち上がる。
「我々魔道大隊は戦場の最先端。そして最も重要な場所に派遣されます。そこへ信頼に足らぬ兵器運用を任されても困りますな。下手をすると一気に前線の崩壊も考えられる」
明確な意志を込めた彼の深い紺色の瞳に一瞥されると、多くの者が気圧され生唾を飲む。
しかし、その言葉に反論する男がいた。緋村である。
「なるほど、信頼に足らぬとは、可動実験のデータが少ないから。また大型の兵器ゆえ事故などが起きた場合を懸念してですかな」
「その通りです」
「なるほど、なるほど。私もよく理解しているよ。しかし、先の話でも出たように諸外国がその危険を冒しても戦場へ新たな魔道兵器を導入している現状だ。我が国だけ安全な運用が確実となる日まで待つと?」
「……危険がある物を部下に使えとは言えませんな」
「ハッ、話にならん」
緋村と御堂の会話に入れる者などいなかった。
鋭い殺気が飛び空気が固定する。誰もが動けずにいる中、大きな決定権の一つを持つ男が口を開いた。
「両名、その辺でやめておけ。なあ緋村くん、御堂くん」
赤松が二人を嗜めると、軽く頭を下げて御堂は静かに席に着いた。
「御堂くん、汝の主張は理解した。だが、戦局は厳しいと言わざるをえない。我々は全ての手段を考え尽くさねばならないのだ。これは大日帝国という国の未来を左右する問題なのだよ」
赤松の言葉に御堂は深く頷いたが、その目は疑念の色を隠していなかった。
それは、魔道兵器の力を戦場で利用する危険性と、その決定が帝国の運命を左右する可能性があるという危惧だった。
彼自身、魔道兵器の力を知っていたからこそ、その力が誤って扱われればどれほどの混乱を招く可能性があるのかを理解していたのだ。
そうして、この議案は一時持ち越しとなった。
しかし、それは同時に御堂が軍内部で危険分子として認識される切っ掛けともなった。
彼の意見は一部の者からは反逆者のそれと見なされ、その行動は今後厳しく監視される事になる。
会議室を後にした御堂は、廊下の窓から見える夕日に思いを馳せた。
その夕日は赤々と燃え、まるで戦火を思わせる。
しかし、同時にそれは新たな一日の始まりを告げる前の残り火でもあった。
彼はその夕日を見つめながら、自分が直面する試練を乗り越えていく決意を新たにする。
その後の日々、御堂は軍内部での立場が微妙に変わるのを感じた。
議論を巻き起こした彼に対する風当たりは、一部では強くなり、別の一部では理解を示す者もいた。
今後に起こる事を考え、彼はできる限り奔走する。
戦略会議での彼の主張に対する反対意見への対応、魔道大隊の運営、そして自身が目の上のたんこぶと見なされる可能性をふまえた軍内部の動向のチェックなど……
そして御堂は来るべく時に備えて、誰にも悟られぬよう慎重に事を進めていた。
◇
「何やら御堂が動いているようだが……」
「はっ! ですが詳しい内容は全く掴めません」
「さすが
「どのように致しますか?」
「奴が本気で動けば尻尾など掴めるはずがない。放っておけ」
「ですが……」
「なに、今から動いても大した事はできまい。それより……」
美味そうに葉巻を吸う緋村中将は、ある資料を手にして満足げに頷く。
「思った以上の成果だ。これほど多くの賛同者がいるとはな……」
「はっ! 以前に流した各国の情報が効いたようです」
「ふふふ、ようやく尻に火が付いたようだな。これで計画の進行を止める者はいない」
手にしていた資料を机の上に投げ捨てると、2本目の葉巻を手にして火をつけた。
その計画とは、魔物を用いた兵器の開発と、その兵器を実戦で使用するために調教した魔物を戦場に送り込む悪夢のような発想のもと作られた。
その計画はあまりにも大胆過ぎ、倫理的に考える上層部の中には反対する者もいた。
しかし、一部の者たちは彼の提案に興味を持ち、秘密裏に計画を進行させる決定をした。
「では計画を進めよう」
緋村は立派なカイゼル髭を持ち上げて笑うと、大きく紫煙をくゆらす。
吐き出した葉巻の煙は勢いよく舞い上がり、白くたなびくそれは渦を巻いて混沌とした未来を表すようであった。
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