蠢動 1/監視者
大日帝国の空に燃え盛る朝日が昇り、今日も新たな一日が始まる。
須賀湾で起きた『カオスナイトメア事件』から早1ヶ月。
帝都東光の地は変わらず平穏を守っていたが、欧州各地で小さな火の手が上がり大戦の炎は一気に燃え上がってもおかしくない世界情勢となっていた。
遠く離れている極東の地においても大戦への機運は高まり、俺たち訓練生たちは、いつ戦線へ立つのか不安の中で訓練に励んでいた。
「はあ、はあ…… また、最初からやり直しだ……」
容赦なく照りつける真夏の陽射しを浴びながら、訓練場に立つ俺を含めた5人の訓練生。堂上久重、十条五十鈴、安倍清十郎、氷川龍士の落胆とも悲鳴とも似た声が上がる。
頭を垂れる俺たちの目の前には、腕を組んで見下ろす八神教官の姿があった。
「優れた魔道兵となるためには、継続的に同出力の魔法を放てなければならん。分かっているはずだな、神室倫道」
「は、はい、八神教官!」
「……ではもう1度だ。各自行け!」
「「はい!」」
俺たち5名は特別班として、八神教官長が専任となり厳しい指導を受けていた。
今も魔法の連続発動訓練で厳しい
指定された魔法の高レベルでの連続出力を10回成功させ、それを5人続けなければならない。
俺が4番目であったが、ミスをしてしまい、また最初からやり直しだ。もう7回目。
10キログラムの砂袋を両手で掲げながら1キロメートルの全力疾走を順番に行う。
「皆んな…… すまない」
「なーに、お互い様だ。俺もミスったし」
「そ、そうだよ。僕も…… ごめん」
「ほら、皆んな頑張ろう! 次はできるよ!」
「……俺はミスをしてないのだがな」
1人のミスは全体のミス、まさに一蓮托生。
それぞれ励ましてくれたが、1人は不満のようだ。
八神教官の訓練は、日に日に苛烈を増していた。
思い起こせば、御堂少将の来訪翌日より新たな班分けをされ、俺たちは特別班となり八神教官が専任となった。
あの日、何かあったのだろうか?
ぼんやり考えていると、俺の走る順番となる。
何も考えるなと自分へ言い聞かせ、砂袋を持ち上げグラウンドを全速で駆けるのだが……
俺の心を乱し、どうしても頭の脳裏に思い出してしまう姿がある。
須賀湾で現れた少女の姿。
あれ以降、以前から見ていた夢も頻繁に見る様になっていた。
以前は夢の内容自体は目が覚めると忘れていたが、今ではぼんやりとではあるが覚えている。
しかも夢の内容が妙にリアルで生々しい。
最近では訓練に支障が出るほど俺の頭に夢の断片が現れる。
先ほどのミスも突然何かを思い出しそうになり、魔力の調整を誤っていたのだ。
このままでは班の皆んなに迷惑がかかってしまう。
一度、医者に聞いてみようか……
いや、今は目の前の訓練に集中しよう。
俺は激しく暴れる鼓動を抑え込み、息を切らせながら魔力を練り上げた。
◇
緑陽台地訓練場の敷地外、標高200メートルほどの低山へ続く森林地帯。
澄み切った空気と青々とした草の香りが広がる訓練所の敷地を見下ろす一際背の高い
その頂点に腰掛ける黒いフードを被った少女、デルグレーネは今日も朝からヴィートの生まれ変わりである神室倫道の姿を眺めていた。
「また走らされてる……」
炎天下の中、高さ30メートルを超える場所から、彼の一挙手一投足へ釘付けになっていた。
この一ヶ月間、彼の生き生きとした姿、そして成長を見守っている。彼女にとって大きな喜びであり、見飽きることは決してなかった。
ヴィートの面影が倫道の中に日に日に色濃く現れている。 彼の行動、仕草、その全てがヴィートと重なり、当時の記憶が蘇ってくる。
「まだ魔法の使い方は上手くできないのかな……」
そもそも生前のヴィートは魔法を使えなかったはずだ。
いや、アンダーサージの攻撃を受けた時にカウンター魔法が発動していた記憶も……
う〜んと頭を悩ましていると、倫道が黒姫を顕現させて魔法を放つ。
「あっ⁈ 【
何だか凄く嬉しい。
心が温かくなり、始めた会ったあの夜を思い出す。
カオスナイトメアへ向かって倫道が【
信じられなかった。
まさか自分と同じ魔法を放つとは。
この魔法は自分のオリジナルだと思っていた。今までも他人が使用しているところを見た試しはない。
しかし、倫道が放った魔法は、完全に私の魔法と一致していた。
「へへへ…… やっぱり私の魔力がヴィートの魂と…… ま、混じり合ってるから……」
自分で言ってみて恥ずかしくなった。
私の魔力が彼の魂に混ざり合ったのは、瀕死のヴィートを治癒しようと口づけをして魔力を流し込んだからだ。
結果は人間であるヴィートの体は、魔物である私の魔力では治らなかったけど。
最後にヴィートへキスをした時を思い出すと、今でも頬が赤くなってしまう。
「なあに? 気持ち悪い笑い方して」
モジモジと唇を触っていると、背後からいきなり声が掛かる。
振り返るとそこには居らず、鳥の羽が舞い落ちるようにフワリと1人の女性が私の座る木の枝に乗った。
オレンジ色をしたショートカットの髪をふわっと浮かせ、懐かしげな笑顔を向けている。
「カタリーナ……」
「久しぶりね、ラウラ…… 元気だった?」
透明で綺麗な水色の瞳を弓なりにして輝く笑顔で私へ抱きつくと、その一回りほど大きい体に包まれる。
彼女の芳香が鼻をくすぐると体が弛緩する。安心する匂いだ。
腕に力を入れて抱きしめ返した。
しかし、胸に当たる弾力が2人の距離をそれ以上近づかせない様に阻む。
相変わらずのスタイル……
「あら? そんなに驚かないのね?」
しばらく抱きしめ合うと、顔を覗き込むカタリーナが口を尖らした。
「だいぶ前からリーナの魔力を感知していた…… わざとでしょ?」
「んふふ〜、流石ね」
カタリーナ・ディクスゴード。
ベテランの
そんな彼女が自分の気配を簡単に気取らせる真似をするはずがない。
有るとすれば、あえて
「フォルセティから直接指示が来てね。欧州の仕事を早々に片付けて来たってわけよ」
嬉しげに話す彼女は、人懐っこそうな笑顔で私の背中をさする。
いい加減離して欲しいので腕を突っ張ると、リーナは名残惜しそうな悲しげな目を向けた。
「まあ…… 誰かしら監視が来るかとは思ってたよ」
「そう。じゃぁ、私で嬉しい?」
「……まあね」
「〜〜〜〜〜〜可愛い――」
また抱きつかれそうになったので、するりと腕の間から逃げる。
「それでエヴァンにはもう会った?」
「ええ、さっき会ってきた。それと現状の情報も共有したわ」
だからなのか、彼女の瞳に何とも言えない心情が映し出されていた。
「……やっと見つかったのね」
「……うん」
「……よかったね、ラウラ」
「……うん」
「それで…… ううん、いいや……」
カタリーナの慈愛に満ちた声は柔らかく、しかし、最後は言い淀む。
その先に続く言葉を飲み込んだのだ。
それは私も分かっていた。
でも、今はヴィートの生まれ変わりに出会えた幸運に浸るだけでいい。許してほしい。
先の事など今はまだ……
「……そうだ。私をラウラと呼ばないで」
「え〜 なんで?」
「前から言っているでしょ。
「それは知ってるけど…… 今までは――」
「お願い…… ラウラ、この名はヴィートがつけてくれた大切な名前。ヴィートと本当の意味で会えた時にラウラって名乗りたい。こうして目の前にいるから感じるの。まだ彼にラウラとは言えない。だからお願い……」
リーナはまじまじと私の顔を見つめると軽いため息を吐いて頷いた。
「……了解。じゃあ、デルグレーネは長いからレーネって呼ぶね。私もリーナだし」
「……うん、別にいいけど……」
「オッケー! よろしくねレーネ!」
笑顔と共に、もう一度キツく抱きしめられる。
私たちは真夏の暑さを感じながら、久々の再会に話は尽きなかった。
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