変遷 9/雛鳥たち

 緑陽台地、フィールドトラックの脇に立つ魔法射撃訓練場。

 その3階、観覧室の窓際に立つ彼らの眼下には、フラフラになりながら訓練に勤しむ若者たちの姿があった。

 

 汗を流し限界まで体を鍛えている彼らを鋭い眼差しで見守るのが、訓練生の教官長である八神晴人中佐。

 彼の隣には魔道大隊指揮官である御堂少将、そして部下であり魔道大隊所属の山崎剛やまざきつよし大尉と柳田颯太やなぎだそうた少尉が同席している。

 八神の鋭い視線は、一人一人の訓練生に焦点を合わせ、その動きを評価していた。


「今年の訓練兵は粒揃いでしてな。特に例の5名が抜きに出ています。そもそも――」


 横にいる御堂が八神の話しをさえぎる。


「八神、ここには俺たちしかいない。改まった話し方はやめてくれ。どうにもむず痒い」


 御堂は青みがかった紺色の瞳をうっすらと開き、白い歯を見せて笑う。


「同期だと言っても階級が違いますからな。それに若い者も見ています」


 八神は遠慮する言葉をあげるが、彼と同程度の背丈をした男が話しかけた。


「自分たちは気にしないでください。それに…… 我々も八神隊長の部下でしたので」


 かつての部下、山崎であった。

 身長は175センチとあまり高くはないが、鍛え抜かれた体から歴戦の兵士としての圧を持つ山崎が少しだけ緊張した面持ちで八神を見やる。

 それを一瞥して、双眸を御堂へ向けると軽く笑った。


「……上官の命令では致し方がないな。では、山崎、柳田。お前たちも楽にしろ」

「「はっ!」」


 4人は軽く笑い合うと、窓の外へそれぞれの視線を戻した。


「それで八神。お前から見ても彼らは特別か?」

「まあ現時点では断言はできないがな。ただ魔法士としての能力は高い。それに身体能力と精神力も訓練兵とは思えないほどではあるな」

「まあ、そうでなければ、あの化け物相手に自ら死地へ飛び込もうとは思うまい」


 御堂の言葉に、柳田が恐る恐る尋ねる。


「あの〜、本当にA級の妖魔、カオスナイトメアと訓練兵が戦ったんですか?」

「そうだ、そしてカオスナイトメアの上半身を吹き飛ばしてほふってみせた」


 柳田は山崎と顔を見合わせると首を傾げる。

 どうやら納得がいっていないようだ。

 その懐疑的な空気を破る声、八神が右手の人差し指を窓の外へ向けた。


「ほれ、あいつらだ。当日、須賀湾警備へ行かせた5人は」


 八神の指先に導かれて、前のめりになりながら窓の外を覗く柳田と山崎。それに御堂も加わる。

 そこには最初に訓練を終えて肩で息をしている十条五十鈴と氷川龍士がいた。


「十条五十鈴。魔法の扱いと反射神経は、彼らの中でも群を抜いて高い。それに、彼女は十条流の令嬢であり師範代、一流の剣士でもある」


 八神は腕を組み、近い記憶を呼び起こす。


「彼女は本当に特別だよ。鋭敏で、あらゆる魔法をそつなく操る。まあ、初歩のだがな。しかし、回復魔法ではかつてない才能の持ち主で、それが彼女の最大の武器だ。事件当日は多くの負傷者をその魔法にて治癒させていた。それに、一流の剣士でもある彼女は、軍刀へ魔力をまとわせ近接戦闘も行える。総合的な実力は、この教練隊で3本の指に入るな」


 ほぉ〜、と感嘆の声が静かに響く。


「十条流の剣士、それも師範代ですか…… どうだナギ? 相性が悪そうだが勝てるか?」


 山崎が『ナギ』と柳田をあだ名ニックネームで呼ぶと、少し長めの茶色い髪を横へ大きく振る。


「ちょっと待ってください、ヤマさん。俺が訓練兵に負けるってんですか? よしてくださいよ…… まあ、俺の風魔法とは、ちょ――――っとだけ食い合わせ悪そうですがね」


 久しぶりに会った八神への緊張は解けたようで、柳田も山崎を普段通り『ヤマ』とあだ名ニックネームで呼ぶ。

 そんな2人のやり取りを懐かしそうに目を細めて見ていた八神は説明を続けた。


「十条の横にいる柳田みたいな明るい髪の男、あれが氷川龍士だ」

「……俺の髪は、あんな色してませんよ」


 柳田の文句を無視して八神は続ける。


「氷川は性格も大人しくまだまだ発展途上だが、その熱意と向上心は他の誰にも負けない。言葉も少なく、気弱な面もあるが、決して心が弱いわけではない」

「ふ〜ん、ひょろっと小さいですが大丈夫なんですか?」

 

 いちいち突っ込む柳田ではあるが、御堂と山崎は、同じく感じた印象を代弁してくれるので好きにさせていた。

 

「氷川は、まだ未熟だが、情熱と野心に満ちている。訓練の後、自主的に訓練をする姿を何度も見てる。そう、強い意志を感じるよ。それに、格闘術は独特でな。氷属性の魔法と合わせて近距離から遠距離まで全てをこなせる万能ジェネラリストだ」


 御堂が手にしている書類へ目を落とし八神へ質問した。

 

「なるほど…… 大陸の出と聞いているが」

「両親共に大日帝国人ではあるが、生まれは華陽人民共和国だな。幼少期を華陽ですごし5歳の時に両親とも帰ってきたようだ。独特の体術も父親に叩き込まれたらしい」


 いきなり氷川と十条が慌てて走り出した。

 すぐそばで1人の訓練兵がフラフラとなり、ついには倒れたのだ。


「……あれが安倍清十郎だ」

「おお…… あれが『安倍』か」

「あれっすか…… ん? おいおい、なんだか頼りねぇーな」


 思わず山崎と柳田が唸る。

 この苗字は魔法士にとっては特別であった。

 古くから続く呪術の名家、『安倍家』。その昔は畏怖の対象であり今でもその威光は大きい。

 しかし、近代化が進む昨今では影響力は落ち、口さがない者たちから陰口を囁かれている。

 そんな『安倍家』の御曹司が魔道大隊の訓練兵として入隊したので、ほとんどの隊員が知っていたのだ。


「それで、どうなんですか? 安倍家の力って?」

 

 柳田が素直にその実力を知りたがる。

 それは全ての魔法士が知りたい事実だった。


「安倍清十郎。頼りになる存在で、彼の理論的な知識と戦術的な洞察力は、隊へに新たな視点を与えてくれるだろう。流石に名門の出って感じだ。幼い頃から尋常ではない学習と修行を受けてきたのだろう。魔法士としての完成度は随一だ。純粋な精霊使いであり、多くの式神を操る」

 

「へ〜え、流石ってなところですか?」

「……まあな」


 少し言い淀んだ八神に山崎が首を傾げる。


「何かあるのでしょうか?」

「……清十郎は頭脳明晰、策士などの言葉が彼にふさわしい。冷静沈着で、どんな状況でも理論的に判断できる。ただし、その考え過ぎるきらいが課題だ。そして、名家の重圧プレッシャーが彼自身にもあるのだろう。他の人間との関係性を築くのは苦手のようだ。プライドも高い。それに、ほら、見た通り体力的には5人の中で一番レベルが低いな」


 ガラスに顔をへばり付けて眺めている柳田は、へ〜、ふ〜んなどと独りごちる。


「そして…… 最後にやってきたのが堂上久重と神室倫道だ」


 八神が名前を言った途端、部屋の空気がピリッと締まった。

 山崎と柳田の瞳が、まるで敵を観察するかの如く用心深く鋭く光る。


「堂上は、赤褐色の栗皮色をした髪の背の高い方だ。明るく物怖じものおしない性格であり、戦闘能力が高い。彼の持つ明るく一直線な強さは、少なからず皆を惹きつける。彼の明るさと優しさは、戦闘ではなく、人々の心を癒す力になっている。しかし、それが逆に彼自身の心を疲弊させていることも事実だ。ああ見えて周囲への気配りはできる男だよ」


 御堂が頷き、先に進ませる。


「堂上も神室も十条の幼馴染であり、十条流の門下生でもある。ただし、堂上は剣の才能があまりなかったため近接格闘術を徹底的に叩き込まれたらしい。彼の得意とする重力系と土系の形態変化系魔法。今のレベルでカオスナイトメアの足止めに少しでも成功したのは驚きだ。秘めたる能力ポテンシャルは一番高いかもしれん」


「ほー、父親は陸軍の堂上大尉ですよね。まさに叩き上げの軍人って人だと聞いています」

「その通り。父の堂上大尉は素晴らしい軍人だ。それに引けを取らない逸材なのだが……」

「何か?」

「あまり計算などが出来ない。教練部隊全員の中でも学術は下の方だ。とにかく猪突猛進で余り深く物事を考えず、感覚で捉えるところがある」


 ため息が聞こえそうな雰囲気の中、1人の笑い声が鳴った。


「ふふっ――、おっと申し訳ありません」

「なんだ? 知り合いか?」


 御堂の問いに山崎は懐かしそうに頬を緩めて頷く。


「私がまだ新兵だった頃、合同訓練で堂上さんに格闘術を教わりました。それこそ猪突猛進を絵に描いたような一本気な男でした。それを思い出して笑ってしまいました」

「……血、ってやつですかね」


 柳田の言葉に何か納得のいった八神は、最後の訓練兵を紹介する。


「最後に、あの男が神室倫道だ。知っての通りカオスナイトメアとの一戦で名を上げた。まだ未熟だが、潜在能力は非常に高い。彼の魔法の扱い方は、戦術的に見ても特筆すべきだろう」


「えっ⁈ そりゃ一体……」

「まあ、見ていろ」


 眼下では倫道が射撃訓練場で黒姫を呼び出し、魔法を放っていた。


「……なるほど、あれが黒姫か」

「ふむ、発動間隔が短いな」

「――っていうか、あいつほとんど無詠唱じゃないっすか⁈」


 3人は八神を見つめ、その口からの説明をまった。


「驚くのも無理はない。私も初めて見た時は仰天したもんだ」

「それで、あれは何ですか?」

「分からん」

「分からんって⁈」


 八神は山崎と柳田の驚く態度に笑ってしまった。

 御堂は…… 以前から知っていたようでそこまで驚いてはいなかった。


「入隊前から彼の魔法は一部のところで話題になっていた。精霊を召喚し魔法を発動させる。だがそれは普通でなかった。彼の呼び出した『黒姫』は、術者の呼びかけによってその姿と術を変化させる。まるで意思を持っている様にな」

 

「呼び出した後に術を⁈」

「そんな馬鹿な⁈ 精霊魔法にしろ俺たちの元素魔法にしろ、詠唱をし『使用する魔法』を限定しなければ発動はしないっすよね。先に呼び出しておいてなんて……」


 八神が全てを肯定する様に大きく頷き、倫道へ視線を向けた。

 

「神室倫道は、研究者でも解明できない能力を持つ。しかし、俺が思う神室の大きな武器は魔法なんかではない。何かを強く信じる力、誰かのために全力を尽くす力、それが彼の大きな武器だ。そして、それが彼を突き動かす。どんな強大な敵にも立ち向かう心。戦闘のセンスもあり、これからの成長が楽しみな存在であるのだが……」


 目を伏せる八神に御堂が尋ねる。


「何か心配事か?」

「……いや、少しだけな。神室の自己犠牲の精神は天晴であるが、度を越している気がする。何がそこまで彼を動かすのか……」

「そうか……」


 御堂は倫道たちを一瞥した後、山崎と柳田へ向き直る。


「ヤマ、ナギ。神室、安倍、十条、堂上、氷川の経歴から能力を頭に入れておけ。近い将来、お前らが彼らの未来を預かることになる」

「「はっ!」」

 

 山崎と柳田は御堂に敬礼したのち、未来の後輩たちを見つめ、頷いた。

 彼らの中には未来の魔道大隊に芽ぶく姿が確実に見えているのだ。


 窓ガラス越しに倫道たちを父親の様な目で眺める八神は、彼らがこれからどの様に成長していくのか、その期待感に胸が膨らむ。

 しかし、訓練生たちは、まだそれに気づいていない。

 彼らはただ強くなる、それだけを目指し、次の訓練に挑むだけだ。その様子を見つめながら、八神は深く息を吸い込んだ。


「しかし、これからどんな困難が立ちはだかるのか、それを想像すると……」


 八神の言葉はそこで途切れた。未来への期待とともに、不安もまた深まる。

 一方で、その視線の先には新たな世界も見ようとしていた。

 彼らが未来の希望だと。

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