変遷 7/研究者

 豪奢な彫刻が施された両開きの扉が重々しく開かれ、俺たちは3人並んで会議室へ入る。

 まとわりつくほど重々しい空気の中、上官たちに視線を向けぬよう目線をやや斜め上へ向けて数歩進むと直立不動の姿勢。決して声は出さない。

 上官より命令を受けて初めて声が出せるのだ。


「所属と名前を述べよ」

「は! 魔導大隊教練部隊、神室倫道であります」

「同じく教練部隊、安倍清十郎であります」

「同じく教練部隊、堂上久重であります」


 広い室内に響くよう腹から声を出し自分の所属と名前を順番に口にする。

 葉巻の煙が充満している部屋の空気に咽せそうになるが、なんとか堪えた。


 会議室の中心部、大円卓の前に立つ俺たち3人。

 目の前には軍部の最高幹部、そして魔道研究所の緋村蒼樹、そして魔道大隊の指揮官である御堂雄一郎の存在があった。会議室は静寂に包まれ、すべての視線が俺たちへ集中していた。


     ◇

 

 魔道兵器戦略会議。

 言葉通り、魔法を軍事利用するための会議。

 通常の戦略会議には出席しない魔道研究の専門家や研究員も同席し、開発や実験の成果を報告する。

 特に緋村中将の監督下である魔道研究所からはいつも以上の者が出席をしていた。

 この会議の終盤、先日の須賀湾で起こった『カオスナイトメア事件』の当事者が直接参加するからである。


 その中の1人、魔法研究所の研究官主任である黒崎悠介は漫然まんぜんと続く会議に辟易へきえきとしていた。


「我が国とユナイタス合衆国との現在の戦力差はどうか?」

「敵の魔道兵器の開発速度と展開には警戒が必要です」

「それに対し我々の魔道兵器はどうなっている?」

「私たちの開発は順調に進んでいます。ただ、その運用と配備は、戦況によりますが、まだ十分とは言えません」

「では、これからの――」


 進む会議の中、最高級である紫檀製したんせいの大円卓へ苛立ちを表すように爪を小刻みにぶつける。

 

「ああ…… くだらない…… どうでもいい…… 早くカオスナイトメアをほふった者を出せ……」


 痩せこけた頬に青白い顔色は、彼の神経質な内面を表していた。

 長い黒髪を後ろで束ね、いつも着用している白衣での出席は流石に不謹慎だとスーツを身に纏っているが性格は変わらない。

 研究以外に興味はないと言い切れる黒崎は、何度も何度も眼鏡の位置を直し爪で円卓を叩いていた。


「ちょっと主任…… 駄目ですよ。聞こえちゃいます」


 そんな黒崎を小声で注意する女性。

 魔法研究所の研究官である沢渡涼子は口に手を当てて上官である黒崎の耳元で囁く。


「多分、もうすぐですから我慢してください」


 自分の顔のサイズに不釣り合いなほど大きめの眼鏡からのぞく焦茶色の瞳には疲労の色が見える。

 会議が始まって以来、黒崎への注意でいささかまいっていた。

 

 誰にも気づかせず、そっとため息を吐いて背もたれへ身を沈める。

 体格の良い軍人用にあつらえた椅子は、低身長の2人には大きいく、その姿を隠す。

 お陰で黒崎の異常な行動も出席者に気が付かれていないだろうと沢渡は考えていたのだが……

 しかし、事実は違った。

 その身長の低さからは不釣り合いなほど豊かな沢渡の胸が大円卓の上に時折り乗るため、こちらを向いた視線は全て自分の胸に集まっているなど思ってもみなかったのだ。


「――では、会議を終え、これより先日の事件について当事者の報告を開始します」


 会議の終わりを告げる言葉とともに、事件に関与した当事者3名が入室してきた。

 今まで苛立ちを隠さず退屈そうに背もたれに身を預けていた黒崎も前のめりになる。

 そして沢渡もまた目を輝かせ、少しの興奮を持って入室する若者を見た。

 なんだかんだ彼女も研究員であり、彼らへ興味を持っていたのである。


 様々な視線を浴び、神室倫道と名乗った訓練兵はゆっくりと深呼吸をし、口を開いた。


「私、神室倫道はカオスナイトメアとの戦闘を報告します――」


    ◇

 

 倫道は詳細にカオスナイトメアとの出会い、その恐怖、そして壮絶な戦闘を語った。

 今思い出しても言葉にならないほどの恐怖と緊張感が巡る。いや、口に出すことで当時の興奮から忘れていた恐怖が沸き起こる様であった。

 彼はなるべく平然とした口調でと気をつける。しかし、多くの者が絶望にも似た恐怖に立ち向かった様相を思い浮かべ、勇敢なる訓練兵へ心の中で多少の賞賛をしていた。

 

 話の途中、幹部たちからは命令違反に対して厳しい声も飛んだが、責め立てはしない。

 倫道の報告が終わると、続けて安倍清十郎と堂上久重の報告が続いた。


「そんな話を聞きたいのではない……」


 手にした資料に記載された報告内容と変わらない話に、黒崎は小声で悪態をつく。

 資料をぐしゃりと握りつぶし、鋭い眼光を倫道たちへ向けた。


「議長…… 発言を許可していただきたい」


 久重の報告があらかた終わった後、後ろで髪を束ねた神経質そうな男が挙手をして発言の許可を求めた。

 静まり返る空気の中、議長より許可を得ると、その人物は立ち上がり細身の血色の悪い顔で倫道たちのそばまで歩み寄る。

 まるで実験動物を観察するかの如く、つま先から頭の天辺まで無遠慮に視線を送る。

 1人づつじっくりと舐め回す凝視、やがて眼鏡の奥の瞳が怪しく光る。


「私は魔法研究所の黒崎だ。くっくっく、素晴らしいね。実に素晴らしい! さあ、教えてくれ。どうやってA級の妖魔カオスナイトメアを倒したんだ?」


 倫道の真正面まで近寄ると、下から鋭い眼光で見上げる。

 その瞳は熱に浮かれ潤み、少しの狂気を宿していた。

 

「……先ほどもお伝えした通り、自分は気絶を――」

「――それは聞いた! その後だ! 私も現場へ赴きこの目で確かめた。ありえないほどの熱量! 魔力の残滓も大量に残っていた! 君はどんな魔法を使ったのだね⁈ 私は知っているのだ。君は特殊な魔法を使うだろう!」


 話している途中で黒崎が割り込む。

 興奮した黒崎は、一方的に突っかかってきた。


「なぜ嘘をつく⁈ これは素晴らしい事実だ! まだ訓練兵の君がA級をほふった。これは英雄と言ってもいい! 現場には君の魔力の残滓がありありと残っていたのだよ。炎系の魔法、確か『黒姫』だったかな? 君の得意魔法の痕跡がね」


 彼の言葉に双眸を見開き、思わず絶句した。

 あの日を思い出す。白金色の髪をした少女を。

 

(あの時、確かに黒姫の黒焔針と似た魔法を彼女は放った…… でも、俺の魔力の残滓だって?)


 魔法を行使するには、自分の中の魔力を使う。

 その魔力には個人個人別々の波長があると聞く。それは同じ物が無いはずだ。

 いわば人間の指紋と同じで、どんな魔法を使っても魔力の残滓は残り、その発動者がある程度判別される。

 清十郎のような純粋な精霊使いでも同様であった。


(魔力の波長が似ていた? だが、似ているだけでここまで断言できるのか? やはり事実を話すべきだろうか? いや、それでは彼女が……)


「ほら、言葉に詰まるのは、何かを隠しているからだろ? ここで隠し事などしない方がいい。さあ、正直に――」


 言い淀む俺に、黒崎と名乗った小柄な研究員は体をぶつけながら迫り――

 その瞬間、会議室の扉が開け放たれ、1人の外人が入ってきた。

 知っている顔。

 よく見ずともすぐに誰だか分かった。

 事件当日、一緒に生き延びたゲルヴァニア国のバーリ・グランフェルトであった。


「ゲルヴァニア国、魔導部隊、魔導技師のバーリ・グランフェルト中尉です。本日は遅れてしまい申し訳ありません」


 彼は流暢な大日帝国の言葉で挨拶をすると、発言の許可を求め承認される。


「黒崎さん、彼の言葉は本当です。ですが全てではありません。あの日、あの場所にいた私から説明してもよろしいでしょうか?」

「……聴こう」


 苛立たしげな顔で黒崎は渋々頷くと、バーリさんは大円卓へ向かって軽く頭を下げた。


「先ずは我が国からの積荷が不測の事態を巻き起こしご迷惑をおかけしました。深く謝罪いたします。カオスナイトメアが息を吹き返した点につきましては、先日お話しした通り調査中でありますので、こちらでは割愛します。それでは、今一度、当日に何が起こったかをお話しします。船は――」


 バーリさんは当日の様子を掻い摘んで話をした。

 詳細は別の日に報告していたのだろう。今回は時間の経過とともに何が起こったかを簡単に説明している。

 その内情を知らなかった俺たち3人は、なぜA級の妖魔が船に乗っていたのかやっと理解できたのだった。


「――と言うわけで、彼ら3名が協力に駆けつけてくれていた時、復活まもないカオスナイトメアは魔力限界が近い状態でした」


 彼の言葉に内心で驚く。


(魔力限界だって⁈ そんな風には……)


 横目でチラリを久重と清十郎へ視線を飛ばすと、彼らもまた少しだけ眉毛を動かしていた。


「私が気絶する前、神室倫道くんは私の前に立ちはだかり、魔力を集中していました。その時、彼の魔力が爆発的に上昇した圧力プレッシャーを感じました。その証拠に、彼の左目が黄金に輝いていたのです」


 思わず左目に手をやりそうになったが、何とか堪える。

 彼にも目撃されていた事実に驚き、横目で彼の表情をうかがうが特に変化もなかった。


「よくあります。強大な敵を前にして魔法士が覚醒するところを私は何度も見てきました。リミッターが解除され、魔力の増大とともに身体的に変化が起こる事象も。彼はあの時、確かに今までの自分を超えていました。そして、それは無意識のうちに力が解放されたのです。なので彼が覚えていないと言うのは仕方がありません


 バーリさんの言葉に、何名かの幹部が唸った。


「……まあ、その様な事例がないとは言えないが……」


 いぶかしげな表情の黒崎が眼鏡に手を当て、先ほどまでの勢いが無くなる。

 しかし、何かブツブツと呟いたと思いきや、意想外な言葉を口にする。


「なるほど。彼には、まだ秘めたる力があると言うのだな! くっくっく、面白い。ならばその力を研究しなければなるまい。緋村中将、早速彼を私の研究室へ!」


 黒崎が大声で嘆願した人物、緋村中将は葉巻を大きく吸い込むと盛大に煙を吐いた。

 それは胸の奥に詰まった苛立ちを吐き出すようでもあった。


「……それは出来ん」

「何故です⁈ 彼は研究に値する力を持っている! それを研究しないなど――」

「出来ないと言っている。そうですよな? 御堂少将」


 葉巻を苛立ちと共に灰皿へ押し付ける緋村中将は、対面に座る御堂雄一郎少将へ鋭い視線を投げる。

 魔道大隊の指揮官である御堂雄一郎少将。

 教練部隊の入隊式で一度そのご尊顔は拝見していた。

 少将は青みがかった紺色の瞳を一切揺らがせず、腕を組みながら大きく頷いた。

 黒崎は何度も首を振り、緋村中将と御堂少将の顔を見ると、大袈裟な身振りで喚いた。


「何故だ⁈ 彼は貴重な実験体だ! その希少性が何故わからん⁈ 疲弊していたとはいえ、まだ未熟な訓練兵がA級を屠ったのだぞ! その力、研究しないでどうするのだ!」


 緋村中将が「沢渡」と名前を呼ぶと、すぐに黒崎が座っていた隣の女性は彼の元へ走った。


「黒崎主任。落ち着いてください。どうぞこちらへ……」

「うう五月蝿い! 私は――」

「はいはいはい、こっちですよ〜」


 手慣れた態度で黒崎を部屋から退出させた沢渡研究員。

 この部屋の全員が彼女の見事な働きっぷりに呆気に取られ、しばらく出ていった扉へ視線を投げていると徐に声がかかった。

 慌てて振り返る倫道の目の前には御堂少将が厳しい顔で彼を見下ろしている。

 眼前へ迫る威圧感に俺は瞠目し軽く仰反のけぞった。


「神室倫道、その戦闘で何を学んだか?」


 一瞬、言葉に詰まったが、当時を思い出し言葉を紡いだ。


「自分たちは…… 力だけではなく、絆と信頼が必要だと感じました。一緒に戦う仲間たちと信頼関係を築く、互いを守る意志が生き残るために必要だと知りました」


 会議室は再び静まり返り、俺の言葉が空間に響き渡った。

 その中で御堂少将がゆっくりと口を開いた。

 

「神室、そして安倍、堂上。その経験と教訓をこれからの訓練に活かせ。近い将来、君たちが新たな道を切り開く力となるだろう。期待しているぞ」


 そう語りかけた御堂少将の瞳は優しく、俺たち3人を包んでいた。

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