変遷 6/喚問

 多くの兵士とその見習兵は、広大な訓練場にて大小様々な班へ分かれ汗を流していた。

 俺たち魔法士は通常の兵士扱いではなく、訓練生の段階から魔導大隊の所属となる。

 そのため、一般兵とは隔離されて教練を行なっていた。

 

 皆がペナルティの腕立て伏せをしているなか、早々にその罰を終わらせた俺は、訓練場の脇に立つ隊庁舎へ向かう数名の男たちに気がついた。

 魔道教練部隊の最高責任者であり、俺たち訓練生の教官長である八神晴人中佐。

 その八神教官が3名の男性を引き連れていたのだ。

 

 魔導大隊でその名を馳せた八神教官は、作戦中の怪我によりこの教練部隊へ配属となる。

 現役さながらの迫力を持った指導は、まだヒヨコである魔法士を震え上がらせ、そして鍛え上げていく。

 やがて、訓練兵を一端の兵士として育て上げ送り出すその姿は『鬼の八神』として部隊を越えて畏怖されていた。


 現役から退いて十数年、まだ現役の兵士と変わらぬ屈強な体は、制服の上からでも見てとれる。

 しかし、短く刈り上げた黒髪に混じる白髪が、50歳らしい風格を滲み出していた。


 その八神教官の後ろを歩く一際と背の高い男性。

 教官より頭一つ抜き出ており、後ろを歩く比較的若い兵士より体格も大きかった。

 教官と同年代であろうか、頭には同じく白髪が混じっている。

 その大男は、親しげに教官と会話していた矢先、ふと俺の方へ視線を向けた。


「――っ⁈」


 遠く離れていても、その鋭い眼光に思わず背筋が伸びる。

 直立不動の姿勢で敬礼をすると、一瞥いちべつして軽く頷いた。

 彼は2人の部下を引き連れて、八神教官が開けた隊庁舎の扉をくぐっていった。


 彼こそは一昨日、公聴会に出席をした際に同席していた御堂雄一郎少将。

 魔導大隊の指揮官であった。


     ◇


 無機質な病室で午前中の検診を終えると、小太りの医者は呆れたような顔で俺を見た。


「……しかし、信じられんな。神室くん。君ね、普通ではありえないほど驚くべき回復速度だよ」

「そうですか? 回復魔法を何度もかけてもらえたので……」

「魔法士による回復魔法と言っても限度がある。君の場合、自己修復機能が飛び抜けて高いようだね。いやはや、20年は医師をやっているが君みたいな患者は初めてだ」


 驚きを隠せず乾いた笑いで中年の医師は苦笑すると、おもむろに聴診器を耳から外し首へかけ直す。


「まあ、いずれにせよ完治だ…… おめでとう。退院していいよ」

「ありがとうございます」


 病院着のボタンを止めながら礼を言うと、医師は笑って手を振る。


「私たちはあまり役に立たなかったよ。君が持つ魔法特性なのかもしれないね。一度、専門の機関で調べてもらうといい」


 医師は小さな丸椅子から立ち上がるとお大事にと言い残し、看護師を連れて病室を後にした。

 

 カオスナイトメアとの死闘の後、俺は11日間も寝ていたようだ。

 一時は危なかったようだが、懸命の治療と回復魔法のお陰で目が覚めた時には、体の傷はほとんど治っていた。


『君の場合、自己修復機能が飛び抜けて高いようだね』


 医師に言われたが、そこまで思い当たる節はなかった。

 今まで怪我することは何度もあったが、人より治る速度が多少早いと思うだけだ。

 思い当たるとすれば、カオスナイトメアと戦いの最中。

 胸の奥底で、何かの扉が開かれた気がしたのを覚えている。


「魔力の解放……」


 自分の右手を見る。

 手の甲に刻まれた魔法印が色濃くなり、紋様が少し変わっていた。

 いや、変わったとのではなく、より複雑な紋様へと変化していたようだ。

 目が覚めた後、この変化には気づいていたが、先ほどの医師からの言葉で納得がいった。


「黒姫……」


 瞼を閉じて体内に意識を向け、自分の魔力を感じる。

 そこには暗闇に仄かな灯りを照らす一片の灯火。

 炎が揺らぐ―― 蝋燭のように火先を波立たせて。

 じんわりと温もりを感じる魔力が体全体を巡り、つま先や指先、髪の毛一本一本にまで行き渡る。

 

「今までの感じと少し違うな……」

 

 魔力が体全体を覆うと、まるで誰かに抱かれている感じがして、気恥ずかしさと共に心地良さを感じた。

 

 

 昼食を終え退院の準備中に司令部から呼び出しがかかった。

 病院の職員が封書を手渡してくれると、彼女の退出を待って封を開ける。


『本日、1700ヒトナナマルマルから行われる魔道兵器戦略会議へ神室倫道、安倍清十郎、堂上久重3名は出頭を命ずる』


 中に入っていた一枚の用紙にはそれだけしか書いておらず、理由など何もない。

 しかしながら俺は見当がついた。


(先日の事件…… カオスナイトメアの件だろうな)


 目が覚めてすぐに軍部の監査委員を名乗る人物が病室に訪ねてきていた。

 その際に全ての顛末を説明したのだが、それだけでは足りないようだ。

 重い気持ちで五十鈴が持ってきてくれていた教練生の制服に身を包み、帰り支度を再開していると、病室の扉を叩く音へ振り返る。


「よっ! 倫道、調子はどうだ?」


 深緑色の瞳を弓なりにして久重が笑いながら入ってくると、俺の肩を抱いて揺さぶった。

 そして、もう1人は開いた扉にもたれかかり腕組みをして、軽く顎で挨拶をした。

 清十郎であった。


「ああ、もう大丈夫だ。お前たちももういいのか?」

 

 久重の肩を抱き返し、清十郎へ視線を投げると彼も頷いた。


「俺たちは5日も前に退院したぜ。単純な骨折のみだったから治療と回復魔法であっちゅう間よ」

「……もう教練隊へも復帰した。今日ここへ来たのは――」

「呼び出しがあったからだろ?」

「……そうだ」


 清十郎の言葉を先回りして答えを言う。

 肩をすぼめて、いい迷惑だと言わんばかりの彼へ苦笑で返す。


「さっさと行くぞ。下に迎えの車が待っている」

「おう、そうだった。荷物これだけか? 持っていってやる」

「すまない…… 2人とも」

「ふん、すまないと思うなら、考えなしに行動するのを控えるんだな」


 病室を出て先を歩く清十郎は振り向くと、眼鏡の奥から鋭い視線で俺に釘を刺した。

 


 40分ほど車に揺られ陸軍大本営へ着くと、俺たちは別室にて待機を命じられた。

 初めて入る陸軍最高司令部に些かの興奮とかなりの緊張が襲う。

 通された部屋は会議室の3つほど隣の部屋であり、普段なら俺たち下っ端が入れる場所では無かった。

 部屋の中央には重厚なソファーセットが置かれ、一目で高級と分かるテーブルが鎮座している。

 壁には白い壁面を覆うほど大きい洋画が掛けられ俺たちを圧倒する。

 絵の良し悪しなんて分からないが、きっと目玉が飛び出るほどの値段なのだろう。

 窓には厚いカーテンがひかれ、外から室内を伺いはできなかった。


「……しかし、こんな雲上の場所…… 妙に緊張しちまうな」


 久重がソワソワと部屋を見渡す。


「少しは落ち着いたらどうだ。神室、お前もだ」


 俺も久重と同様に緊張していたのを清十郎はお見通しのようだ。

 しかし、部屋に緊張していた訳ではなく、これから質問される内容を考えていたからだ。

 自分が見た真実をそのまま報告するのであれば、ここまで緊張もしないだろう。

 気絶する前に見た光景……

 白金色の髪を持つ漆黒に包まれた少女の姿。

 彼女の存在を口に出さずになんとか乗り切れるだろうか、それだけが気が気でなかった。

 そんな不安な俺を見かねてか、気を紛らわすように清十郎が続けた。


「神室、陸軍中佐のお父上を持つお前の家も似たようなものだろ?」

「ん? いやいや全然違うぞ。うちはこんな洋風じゃない。至って質素な家屋だよ」

「そー、そー。倫道の家は昔ながらの武家って感じだよな。でも広いよな。俺ん家なんかウサギ小屋だぜ」

「ほう、そうなのか」

「そういう清十郎の家も名家なんだろ」

「……昔はな。今は歴史だけの名ばかり名家だ。家だって広いだけの古い家さ」

「じゃあ、お前もこんな西洋風な部屋は居心地悪いだろ?」

「……まあな」


 場違いな場所にいる3人は、お互いの顔を見て声を出して笑う。

 お陰で緊張がほぐれ、喉の渇きに気がついた。

 用意したあった水差しに手をつけ、喉を潤していると清十郎が今度は固い声で俺に尋ねた。


「神室…… あの日、お前に何があったんだ?」

「ん? どういう意味だ?」


 質問の内容が理解できず、思わず聞き返すと横にいる久重から答えが返ってきた。


「俺も気になってたんだ。俺たちが気絶する前…… お前1人でカオスナイトメアとやり合った時だよ」

「だから、何を――」

「神室。お前の動き、使った魔法がお前の力の範疇はんちゅうを超えていたんだ」


 思わず自分の右手へ視線を飛ばす。

 そこには幼い頃より刻まれている魔法印、いや変化した新しい印が浮かんでいる。

 しかし、なんと言えばいいのだろう。

 自分の中にある鍵のかかった扉が開かれ、力が増した。そんな説明で彼らは信じるのだろうか。

 言い淀んでいると、久重の言葉に耳を疑う。


「それに…… 倫道。お前の左目…… 今は戻ってるけど、戦っていた時は金色に光ってたんだぜ」

「なんだって⁈」


 思わず清十郎へ確認を取るが、彼も静かに頷き肯定を示した。


「俺の…… 目の色が変わった……?」


 2人の証言に愕然となる。

 確かに自分の中にある魔力の流れが変わったのは感じた。力も増幅した。

 しかし、目の色が変わっていたなんて……

 自分の体に起こったあまりの変化。

 自分自身でも知らなかった事実にショックを受けて呆然としていると、扉の叩く音で現実へ引き戻された。


「神室訓練兵、安倍訓練兵、堂上訓練兵。3名とも準備せよ」


 扉が開かれ、喚問の開始が言い渡されると、この部屋に入った当初の緊張感を思い出す。

 時計が目に入り部屋に入って1時間ほどしか経っていない。

 存外早かったなと思いながら、俺たちは最高幹部たちが待つ会議室へ向かった。

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