変遷 3/管理者

『私を…… この国にしばらく居させて…… ください』


 デルグレーネの言葉に驚く管理者たち。

 彼女はこれまで300年あまり、自ら何かを求め懇願を口にするなど皆無であった。

 その彼女が……


「……ふ〜ん、なるほど……」


 アフロディアが妖艶な仕草でぷっくりとした形の良い唇を舐めと、その瞳は蕩けるほど熱を帯びる。

 デルグレーネの言葉の裏にある真意に気がついたのだ。

 それはフォルセティとザイオンも同様であった。


「へぇ〜 そう…… うふふふふ」


 瞳を輝かせ恍惚とした表情のアフロディア。彼女は蒼みがかった黒い頭髪を何度も軽く上下させると、画面越しに頭を下げる少女へ確信をついた。


「ヴィートの魂、つまり生まれ変わりをとうとう見つけたのね?」


 モニター越しの少女は、ビクッと体を震わすと、頭を上げることなく素直に肯定する。

 全てを見通す管理者たちへ嘘をつくメリットもないと観念したのかもしれない。


『……はい。と言っても確証はありません。……ただ、今までで一番感じました。私とヴィートの魂を……』

「それね、貴女の魔力がリミッター越えた理由は。運命の再会を果たし、気持ちが暴走したんでしょ。そう、それはしょうがないわね」

『…………自分では分からない です』

「あははは、可愛いわ。 ……それで、その生まれ変わりはどんな人間?」

『あ…… はい、えっと…… 見た目はヴィートと同じで大日帝国の軍人? かな』

「あら、歳も若いのね。 それで――」

「ちょ、ちょっと待ってくださいアフロディア。少し落ち着いてください」


 興奮して暴走するアフロディアを止めるフォルセティ。

 ただでさえ娯楽の少ないアースガルズ、愉悦に飢えている彼女にとっては致し方がないか。

 個人的にも執着を見せているデルグレーネに新たな変化が生じたのだ。興奮しないはずがない。

 しかし、それはフォルセティも同じであった。

 

 エネルギーの塊が意思を持ち、他者の魔力を際限なく喰らう特殊な魔物デルグレーネ。

 〈魔世界/デーモニア〉で生まれ落ちた彼女は、ただ自分の生きる意味を探し他者を喰らい続けていた。

 やがて強大な力を手に入れた彼女は、世界のバランスを崩壊させるイレギュラーとして管理者自らが討伐に出向く緊急事態ピンチに陥る。

 絶体絶命のところで次元の狭間を通り抜け〈人間界/オートピア〉へ落ち、九死に一生を得た。

 そこは彼女が初めて経験する平穏で優しい世界。やがて出会った人間たちの影響で命を、愛を知り成長していく。

 ところが魔物としての自分を受け入れてくれた心優しい人間たちは、邪悪な魔人によって目の前で殺害された。

 愛していた青年もその毒牙にかかり瀕死の重傷を負う。

 彼の命を救おうと自分の魔力を吹き込んでみたが、回復はせずに結局その青年は死んでしまった。

 デルグレーネも邪悪な魔物により命を落とす…… その寸前に管理者たちが再び現れたのだ。

 

 管理者たちは、一度取り逃したデルグレーネを発見し討伐に動いたが、彼女の変わりように驚き興味を持つことになる。

 そこで管理者たちは討伐する代わりに従属を提案することとなる。


『ヴィートの魂は輪廻転生し生まれ変わる。もう一度、彼に会いたくはないか?』と。


 ヴィートへ魔力を流し込んだことが、奇跡的に青年とデルグレーネの魔力が混ざり合い魂の融合を果たした。

 それは転生しても元の人物を判別できるマーキングの役割を持つ。

 

 こうしてデルグレーネは、マーキングされた魂を、純粋な青年の魂を持つ人間を探すために調律者ハーモナイザーとなったのだ。


 フォルセティは彼女がどう変化していくのか非常に興味があった。

 それはこの永遠に続く世界の観測に新たな発見を見出してくれると期待して。


「そうですか、彼の魂を持つ者を発見したのですか…… それで貴女は彼のそばに居たいと」

『……はい、そうです』


 ふうむと腕を組み顎に手をやる。

 横を見ると、少し膨れっ面をしているアフロディア。しかし、彼女もフォルセティの感情を読み取り期待で瞳を輝かせている。


「デルグレーネよ、世界の調和を守るのが我々の役目だ。〈人間界/オートピア〉に影響を与える魔物はこの世界に存在してはならない。お前達の使命はそれを排除し、世界の均衡を保つこと。そこに私見など挟む余地はない」


 先ほどまで遠巻きに見ていたザイオンがいつの間にか横にきて割り込んできた。

 彼の意見は至極真っ当で、管理者としては当然の発言ではあるのだが……

 

「では、調和を守るために、こうしてはどうです? ちょうどこの地域で活動する調律者ハーモナイザーの手が足りていない。ゲルヴァニア国の件は同国の調律者ハーモナイザーへ引き継ぎ、デルグレーネにはこの極東地域、特に大日帝国の選任にするのは」

「あら、いいじゃない」

「む……」

「そもそも、本当にカオスナイトメアは死体だったのか? それを輸入した大日帝国の軍部は本当に知らなかったのか? 何となくキナ臭いですしね。彼女には軍部に潜入してもらい調査をしてもらいましょう」

「私は文句ないわ。真面目な話、今までの流れとは違う気もするし」

「……私も任務であれば問題はない」


 管理者2人の承認を得て、改めてデルグレーネへ提案をする。


「デルグレーネ。聞いていましたか? 貴女には大日帝国の軍部へ潜入調査を任じます。なるべく彼の近くて監視できるよう手配しましょう。どうですか?」


 モニターの中の少女は目の端に涙を溜めて、泣くのを必死で耐えているようであった。


『はい…… ありがとうございます』


 頭を下げると、一筋の雫が画面の中で光り落ちた。


「まあ、貴女を調律者ハーモナイザーとして勧誘した時の約束でもありますからね」


 未だお辞儀をして顔を上げないデルグレーネへ告げると、横に立つエヴァンへ指令を出す。


「聞いての通りです。彼女を軍部に潜り込ませるための工作をお願いします。それと報告は今まで以上にお願いしますよ。通常は影から問題を解決する調律者ハーモナイザーが人間社会へ入り込むのです。過去にも数度ありますが、あくまで特例です。くれぐれも間違いの無いよう監督してください」

『……できる限り善処します』


 決して安請け合いをしないエヴァンの冷静でいて用心深い性格に頼もしさを感じて軽い笑いが起こる。

 他の業務的な報告も終え、いざ通信を終えようとした時にアフロディアが割り込んできた。


「さあ、これだけ厚遇してあげたんだから、色々と話してもらうわないとね」


 アフロディアは嬉々としてモニターを自分の席まで運ぶと、お茶を入れ椅子へ腰を下ろす。

 ああ、これは長くなる…… そう思い、フォルセティはザイオンと頷くと自分たちの席へ戻った。


「ねぇ? 魂の色が見えたの? それとも魔力を感じたのかしら? ああ…… それより第一印象はどう? その彼は美男子?」

『えっと…… エ、エヴァン⁈ どこへ……』

「エヴァンなんてどうでもいいわ。早く答えなさい。そうね、貴女も腰掛けなさい。長くなるし」

『え゛………………』


 きっとモニターの中の少女は、先ほど見せた煌めく笑顔から一転して絶望の表情をしているのだろうとフォルセティは心の中で同情していた。



 あれから1時間あまり、いまだにアフロディアはデルグレーネへの尋問?の手を緩めなかった。

 フォルセティは、もうそろそろ仕事に戻った方が…… などと怖くて言い出せなかった。

 まあこんな日も良いかと思っていた矢先、ザイオンが彼の席まで近寄り話しかけた。


「珍しいですね、ザイオン。貴方から来るなんて」

「む…… そんなこともないだろ」


 自覚がないので、この話は一旦置いておく。それに、普段は寡黙なザイオンの話に興味があった。

 

「で、どうしたのですか? ……デルグレーネの件?」

「ああ…… そうだな」


 彼にしては珍しく口籠ったようだった。

 仕事の手を止めて、ザイオンの方へ体ごと向き直り、聞く姿勢を作ると軽く頭を揺らして話の先を促す。


「私は、あの時からずっと悩んでいた」

「あの時とは? 討伐に人間界へ降りて彼女を取り逃した時ですか?」

「……いや違う」


 思わず2人とも苦笑する。

 デルグレーネが度重なる戦闘でその魔力を増大させ、危険度が上がった時、管理者3名は〈魔世界/デーモニア〉の終焉を早めるイレギュラーとして討伐に出向き…… 取り逃した。

 仲間揉めからターゲットを逃す。いまだに忘れられない醜態である。


「2回目の時だ。人間界で調律者ハーモナイザーとして勧誘した時、あの時に殺しておいた方が良かったのではとな」

「どうしてまた?」

「デルグレーネは魔素エネルギーから生まれた知性を持つ魔人。そんな例は今までなかった。そんな未知の魔物がデーモニアでなくオートピアで人間と暮らすなど……」

「でもここ300年、上手くやっているじゃないですか」

「ああ、そうだ。愛する者の生まれ変わり、転生を信じてな。それが目の前に現れた。一気にヤツのタガが外れてもおかしくない。我々は今まで経験したことのない領域に踏み込んでいる」

「なるほど……」


 確かにザイオンの危惧はその通りだった。

 フォルセティたち3人は創造主である神フレイアより〈魔世界/デーモニア〉〈人間界/オートピア〉〈死世界/タナトピア〉の3世界の管理を任されている。

 より良い世界の構築のため、世界の誕生から終焉までを何度も何度も観測し実験を繰り返す。

 何十何百億の種族を見てきた彼らでさえ、彼女『デルグレーネ』は異常であった。

 そんな彼女が、愛する者の輪廻転生を信じ、そして出会った。

 その先にあるものは――


「そうですね。我々はもう少し慎重になった方が良いかもしれませんね」

「ああ、私もそう思う」

「では、彼女に見張り役をつけるのはどうでしょう?」

「む…… そうだな。適当な者はいるか?」

「そうですね……」


 資料を手元に引き寄せ調律者ハーモナイザーの名簿をパラパラとめくるとある女性に目が留まった。


「カタリーナ・ディクスゴード。優秀な調律者ハーモナイザーです。それに、デルグレーネの教育担当官でもありました。知らない仲ではないので、彼女も警戒はしないでしょう」

「なるほど。私に依存はない」

「良かった。では、残るのは……」


 フォルセティ、ザイオンの2人はいまだ嬉々として話し続けている最後の管理者へ視線を送る。

 同時にため息を吐いて、お互いの顔を見ると思わず笑ってしまった。

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