変遷 1/それぞれの思惑

 大日帝国の首都、帝都東光ていととうこう

 500万以上の命が脈打つ、鮮やかで活気あふれる都市。

 街並みは新旧の文化が混ざり合い、古い屋敷や神社仏閣が新しく建ち並ぶ建築物と対照を成している。

 先の大戦で景気が刺激され、市場は活気に満ちていた。


 ターミナル駅の東光から放射状に伸びた大通り、通り沿いには商店が並び、地元の屋台や工芸品店が賑わう。

 その奥深くに構える陸軍大本営では、今、重大な軍事会議が開かれていた。

 大本営会議。

 今後の大日帝国の未来を占う会議である。

 

 大本営で一際大きな会議室に緊張感に満ちた空気が充満していた。

 陸軍参謀本部と海軍軍令部が併立した統合参謀本部。

 海軍、陸軍の最高幹部たちが一堂に会し、その中には、魔道大隊の指揮官である御堂雄一郎みどう ゆういちろうと、魔道研究所を傘下にもつ緋村蒼樹ひむら あおきの姿があった。

 

「今は最もユナイタス合衆国の動向に、最善の注意を払わなければならないと言っている」

「いや、華陽人民共和国…… 彼らの動きはますます不穏だ。彼の国の動向も無視できない」

「そもそも、今回のゲルヴァニア国との同盟はそれらを払拭する目的を含んでいる」

「それは皆わかっている。今はどの段階でユナイタスが本気で参戦してくるか時期の問題だ」

「ユナイタス如き返り討ちにしてくれるわ!」

「本気でそんな絵空事をお考えか? 我が軍との兵力さは――」

「はっ! 臆病風に吹かれたかね。貴方ももう歳だ。そろそろ引退を――」


 会議が始まり2時間ほど経つが、議場は紛糾し一向にまとまる気配がなかった。

 戦争支持派と慎重派の意見は平行線をたどる。

 しかしながら、漠然と大日帝国の進む未来は皆が同様に感じ取っていた。

 戦争の回避はできないと。

 そんな各々の野心が渦巻く会議中、1人の幹部が厳粛な声で先日に起きた須賀湾での事件に触れた。


「ゲルヴァニア国との同盟が締結し、魔道兵器を共同開発するに至ったわけだが、その始めとする検体に不測の事態が起こったと報告を受けた。これは魔道研究所の緋村中将の管轄下で起きた。説明を求める」


 須賀湾における一連の騒動が提起され、会議室内の空気が一層硬くなる。

 A級の妖魔であるカオスナイトメアが輸送船を破壊、乗組員を惨殺。警備と引き渡しに赴いた大日帝国の兵士たちにも被害を及ぼした事件。

 厳重な箝口令がひかれた中、瞬く間に知れ渡ったこの事件は、本日の会議にて最重要議題となっていた。


「え〜、それでは新しい議題に移ります。え〜、一度お手元の資料をご確認ください」


 痩せ型の体型、鼻の下に海苔にも似た髭を生やす初老の男性が場を改めて仕切る。

 今日の会議で議長を務める彼は、何枚かの用紙を手に取り読み上げた。


「え〜、資料によりますと須賀湾にて暴れた妖魔は、混沌を招く妖魔、国際呼称『カオスナイトメア』。それがゲルヴァニア国から出港した輸送船で我が国に持ち込まれた。呼称カオスナイトメアは、我が国において過去に3度ほど確認された妖魔でもあり、その際には甚大な被害がもたらされたと記録にあります。え〜、そのような危険な妖魔を我が国に持ち込んだ理由と、また統合参謀本部に報告がなかった理由をお聞かせ願いたい。緋村中将」


 議長から名指しされた、頬に傷を持つ50代の恰幅のいい将校。

 手に持つ葉巻をゆっくりと吸い込み、豪快に吐き出すと背もたれに体重を預けながら平然と口を開く。


「理由は簡単だ。協力国であるゲルヴァニアから実験と研究のために輸入をしただけである。妖魔の『死体』をだ。これは魔道研究所内で許されている範疇はんちゅうの話。こんな些事さじを、わざわざ統合参謀本部にご報告する必要はあるまい」


 彼は淡々と言葉を述べて、葉巻を咥えると饒舌に続けた。

 

「確かにカオスナイトメアが暴れ、我が国の兵士や一部の国民及びゲルヴァニアの船乗りたちに甚大なる被害が出た。痛恨の極みであり、犠牲者には哀悼の意を表する。……しかしながら、私たちは妖魔の死体が運搬されてくると信じていた。まさか生きている妖魔を運ぶとは考えられなかった。なので今回の件は全てゲルヴァニアに全責任があり、私の知るところではない」


 浅黒いその顔で卓上にいる全ての者を見回す。

 緋村蒼樹中将は、まったく悪びれずに自分には責任が無いと参加者全員へ言ってのけた。


「何を言っているんだ! 軍が持ち込んだ妖魔で民間人の死人も出ているのだぞ! 責任がないとはどういう了見だ!」

「そうだ! そもそもA級の妖魔を国内に持ち込むとは!」


 何人かの将校が立ち上がり、もしくは会議室の大きなテーブルを叩く。

 彼らは慎重派の面々。

 そこへ支持派の者たちが、緋村を擁護するべく立ち上がる。


「妖魔の死体を実験材料として受け入れる話だったのだ。いちいち報告する義務はない」

「死体が動いた。ゲルヴァニアの落ち度であり、緋村中将において責任などあろうはずがない!」

「そうだ、文句があるならゲルヴァニアへ言ったらどうだね」


 緋村は傷のある頬を膨らませると、満足そうに煙を吐き出す。

 彼らは緋村に与する者たち。根回しは事前に終わっていた。

 次々と緋村擁護の将校たちが立ち上がると、その数は慎重派の人数を上回っていた。


「それよりも」


 騒然としている会議室内に、重く威厳のある緋村の声が響く。


「A級レベルの妖魔を我が国の兵士、それも訓練兵が退けたと聞く…… その方が重要ではないかね、諸君?」


 静まり返った室内は、一瞬の間を置いて更に紛糾した。

 妖魔の強さは国際基準に沿ってレベルが割り振られている。

 S以上の災害級の魔物は別として、特A(A +)からA、B、C、D、E、Fまで国内外で確認された魔物モンスター、ここでは妖魔が国際基準を共有して、それぞれレベル分けをされていた。

 その中で高位であるA級レベルの魔物を討伐した訓練兵、倫道たちに対する評価は賛否両論。

 彼らの存在は多大な影響を及ぼす事案となり、まさに大日帝国の未来に対する議論へとつながっていた。


 「え〜、少なくとも、彼らが示した結果を評価するのは間違いないでしょう。彼らが無事であればなおさらだ。ただし、我々は如何にしてその結果を利用するべきか、え〜、それを深く考慮する必要がある」

 

 統合参謀本部の議長がひとつの提案をすると、灰皿に葉巻を押し付けながら緋村が声を上げた。


「あー、それだが、私から1つ提案がある。神室…… 倫道とか言ったかな。それと安倍清十郎と堂上久重だったか…… あの場にいた者は我々の魔道機関の研究に使われるべきだ。何せA級の妖魔を訓練生の分際で屠ったのだからな。彼らの能力、魔法を研究することで魔道武器の開発を加速させ、我々の軍事力は飛躍的に上がるだろう」

「まったくその通りですな! 大国をも打ち負かす武器となりましょう」

 

 支持派の声が大きく重なり、熱気が室内に充満する。

 慎重派の面々もこれには反対する声も小さく、場の雰囲気に飲まれていった。

 緋村の提案に賛同の声が大きくなり、この提案は受理されると思われたその時――


「それはできませんな」


 その声は小さいながらも会議室内に響き渡り、一瞬、場内が水を打ったかの如く静まり返った。

 今まで腕組みをしながら瞑目し黙していた魔道大隊の指揮官である御堂雄一郎少将が口を開いたのだ。


 高身長で筋骨隆々の叩き上げの軍人。

 規律を重んじ、誰しもの手本となる厳格な性格と懐の深さを持つ彼は、上下関係なく誰からも大きな信頼を得ていた。

 そんな彼が地位も上の緋村に対し、けんもほろろに一刀両断したのだ。

 誰もが御堂へ視線を注いだ。


「……なんと言ったのだ? 御堂少将」

「できないと言ったのですよ。緋村中将」


 椅子に背を預け腕組みをしたまま御堂は鋭い眼光を飛ばす。

 彼の青みがかった紺色の瞳には、力強い意思が宿っていた。

 視線が交錯し数秒、緋村は懐からシガーケースを取り出すと、慣れた手つきで吸い口をカットしてマッチを擦る。

 ゴツゴツとした浅黒い指で挟んだ葉巻をゆっくり吸い込むと、御堂へ鋭い視線を返した。


「……何故だね? 理由は?」


 会議室は物音ひとつしないほど静寂に包まれていた。

 誰もが2人の放つ緊張感に呑まれている。


「彼らは教練部隊所属の訓練兵であり、魔法士でもあります。通常の訓練兵と異なり、彼らは訓練兵の段階から我々の魔道大隊の所属となります」

「だから?」

「その司令である私が転属の許可を出さないからです」


 まるで空気が固体化したかのように皆の上にのしかかる。

 唾も飲めないほどのプレッシャーにより、誰も動くことさえできずにいた。


「では、この会議にて転属の提案をしよう」

「それもできませんな。部隊編成の決定権は私にあります。この統合参謀本部にも、ましてや貴方にも口出しをする権利はありません」

「……状況を変えることができる逸材かもしれんのだぞ」

「神室倫道、安倍清十郎、堂上久重の3名は私がしっかりと育てます」

「…………」

 

 睨み合う2人へ声をかけたのは議長であった。


「え、えー、予定の時間を大幅に超えております。本日の会議はこれにて閉会とし、訓練兵の所属は今まで通り御堂少々の管理下とします。だが特殊な事例であることを忘れないでいただき、御堂少将には彼らの報告を義務付けるものとします」

「了解しました」

「では閉会します」


 議長の宣言とともに各々が席を立つ。

 御堂は目の前の資料をまとめて立ち上がると、他の将校に続いて会議室の唯一の扉へ向かう。

 視線を感じ、肩越しに振り返ると葉巻を加えた緋村と目があったが、お互い一瞥しただけですぐに視線を外した。


「さてさて、どうしたもんかな……」


 会議室を出て廊下を歩く御堂は、ガラス窓越しに見える夕日を眺める。

 倫道たちの存在、それは大日帝国の未来を大きく左右する可能性。

 そして、その力を軍内部はもちろん、敵国も放ってはおかないだろう。

 考えただけでも頭が痛いはずであるのだが――

 心情とは裏腹に、彼の表情には明るく未来を灯す希望がさしていた。

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