再会 7/A級の力

 夜空には薄っすらと雲がかかり月の光は弱々しく、より闇が濃くなる。

 カオスナイトメアの唸り声が低く静かに響く。

 まるで別世界に来たような感覚、俺の心臓の鼓動が大音量で耳の奥に鳴り響いていた。


「来い! 黒姫――‼︎」


 全神経を集中させ、右手を大きく突き出すと手の甲に刻まれた刻印が光る。

 青白く光る梵字にも似た魔法印から、一片ひとひらの黒炎が立ち昇った。

 1つ、2つ、3つと小さな黒い炎が渦を巻くように舞い上がり――


 一体の幻獣が顕現する。


 身長30センチほど、背中から4対の翼を持つ、女人型の幻獣。

 全身が光を飲み込むほどの真なる漆黒、顔の部分に鼻梁はあるが目や口は無い。

 まるでおとぎ話に出てくる妖精の姿が近いだろうが、感情を表す表情は無い。

 違うといえば、おとぎ話の妖精の羽は、昆虫みたいな薄い膜だが、黒姫のものは鳥の翼だ。

 

 実は清十郎などの正当な精霊使いからは、幻獣ではなく聖霊に近いと言われている。しかしながら、その本質は解明できていない。

 なので黒姫という名をつけて、独自の炎系魔法の幻獣として考えている。


「行くぞ! 黒姫」


 黒姫は言葉を理解するように、俺の目の前をフワフワと飛び魔法の発動に備える。

 これで俺の準備は整った。

 早鐘のように五月蝿い心臓の鼓動を掻き消すため、大声で叫びながら巨大な化け物へ向かい駆け出した。


 

 激しい魔力の奔流が重なるコンテナを揺らす。

 カオスナイトメアと俺たち、バーリ、久重、清十郎の急造パーティーとの戦闘が開始された。


「自然の法則に縛られ、我が意志に従え。世界の理よ、彼に重く圧し掛かれ!  【重力牢獄‼︎】」


 先頭を走る久重が重力魔法を唱え、カオスナイトメアの動きを止める。

 彼の魔力は大地を揺さぶり、直径5メートルほどの重力結界を発生させる。

 その名の通り重力の牢獄グラビテーショナル・バインドを作り上げた。

 アスファルトを陥没させるほど強力な重力がカオスナイトメアの頭から被せられ、一瞬で動きを封じた。


『ブモォオオオオオオオオオオオオ――‼︎』

「後は頼む! そう長くはもたねぇぞ‼︎ うぉおおおおおおお!」


 地面へ両手をつき、全魔力を注ぎ込む久重の横を通り抜け、止まっているカオスナイトメアへ魔法を放つ。


「任せろ! 黒姫! 【黒焔針‼︎】」


 俺の声と共に黒姫はその姿を変える。

 直径3センチ、長さ20センチほどの太く鋭利な漆黒のニードル。

 古来からの武器『苦無クナイ』にもよく似た、細長く鋭く尖る両刃の形状。

 それが2本、空中に浮遊すると一瞬の間を置いてカオスナイトメアへ向けて放たれた。

 紫電さながら火花を撒き散らし、凄まじいスピードで放たれた黒焔針フレイム・ニードルは、無防備な怪物の胸へと突き刺さる。


「燃え尽きろ!」


 魔力を圧縮し、手のひらを握り込みながら意識を集中する。

 突き刺さった焔針は、爆発さながら一気に燃え盛った。

 闇をまとった黒炎が生き物のように這い上がり、カオスナイトメアの分厚い胸板を焦がした。

 

『グギャアアアアアアアア――――――』


 重力に縛られながらも首を大きくのけ反らせ、苦痛の叫び声を上げる。

 効いている!

 俺たちの攻撃がA級の妖魔にも通じている!

 高揚感が身体中を満たし、頭がカーッと熱くなる。行ける! 行けると!

 興奮した俺の横に並んだ清十郎。

 間髪入れずに彼も呪文の詠唱を始めた。


「清らかなる火の力を借りて、この世に力を示せ。我が意志に従い、逆らう者に火の鞭を与えよ。炎獣、ここに召喚せん!【炎獣召喚】」


 すでに炎の精霊と接続コンタクトを果たしていた清十郎は、ためらう事なく彼が使える最大の魔法を唱えた。

 炎獣召喚。

 文字通り炎の獣を召喚する精霊呪術。

 清十郎の手の中にある呪符が燃え上がり、大きな炎となると獣の姿を形作る。焔を纏った幻獣が顕現した。


「行け!」

 

 一言。清十郎が命令すると、大型の猫の姿をした炎獣は、しなやかに飛び上がりカオスナイトメア目掛けて流星の如く空中を疾走した。

 焔のやじりと化した炎獣は、大きく開けた顎で怪物の太い喉元に噛み付くと、その口から吹き出される炎でカオスナイトメアの体を包み焦がす。


『ブォモオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア――――――』


 3人の連携攻撃に悲鳴をあげる怪物。

 俺たちは有らん限りの魔力を絞り出し、自分の魔法効果を維持させる。

 久重も清十郎、そして俺も滝のようにダラダラと汗を流す。

 顔色も悪くなってきた。魔力切れはもう近い。

 だが、このまま押し切れれば俺たちの勝ちだ!


 轟々と燃え盛る炎、清十郎の炎獣の真っ赤に燃える炎、黒姫の黒く光る漆黒の炎。

 その巨体の全てを覆い尽くし、暗闇の天まで焦がすほど燃え盛る。

 

「凄いぞ君たち! カオスナイトメアを――」

 

 バーリさんが興奮して声を上げたが、その続きは聞こえなかった。

 理由はすぐに分かった。


 空気が凍りつく――

 

 すべてがあまりにも順調すぎた。

 それはまるで、道化として観客を楽しませていた。

 悲鳴を上げ続けていたカオスナイトメアが突然黙り込みうずくまる。

 空気が震え、地面が揺れ始めたとき、俺たちは気づいた。

 カオスナイトメアは、まだ終わっていないと。


 何の拘束も感じさせる事なくゆっくりと身を屈め、爆発的な勢いで久重の重力牢獄グラビテーショナル・バインドの結界内から飛び出す巨大な妖魔。

 一歩、二歩と地面を抉り、こちらへ駆けてくる怪物。

 纏っている炎をものともせず、口端を吊り上げ、笑みを浮かべる。


『ブォオオオオオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』

 

 まるで心よりの歓喜にも似た声を上げ、真っ赤な瞳を爛々と光らせた。

 

    ◇

 

 バーリは倫道たちが訓練生と聞いていたので、あまり過度な期待はしていなかった。

 だが、倫道たち各々の魔法が、あの巨大な怪物を拘束し、悲鳴まで上げさせている。

 一瞬、このまま上手くいくかと都合よく考えた。

 しかし、その思いはすぐに裏切られてしまう。

 カオスナイトメアが反撃に出たのだ。


(――っ⁈ やはり彼らは訓練生…… A級の魔物モンスターに対して、魔力が、火力が圧倒的に足りなかった……)


 絶望にも似た感情が沸き起こり、バーリを絶望の沼に引き摺り込もうと絡めとる。

 眼前には凄まじいスピードに乗って彼ら3人に迫り来るカオスナイトメア。

 涎を垂らし、これから起こる惨劇を想像して楽しんでいる醜悪な表情だ。

 腰がひける。恐怖が、絶望が顔を出す。

 だが、彼は強い心を持って、それに必死で抗う。

 お前の思い通りにはさせない! 約束したのだ、彼らを守ると。


「うおおおお! 我が守護者よ、堅牢なる壁を!【フォートレス】!」


 カオスナイトメアの剛腕が、倫道たち3人へ振り上げられ、その勢いのまま振り下ろされる。

 バーリは彼の限界まで魔力を絞り出し、空間を固めて恐るべき衝撃から倫道たちを守る。

 だが、彼の防御魔法は、圧倒的な力の前で脆いガラスそのものであった。

 彼らの目の前で、緑色した半透明のカケラが砕け舞い散ったのだ。

 

 バーリの迅速な魔法詠唱により、3人はなんとか直撃を免れた。だが、全ての衝撃を吸収できる事はなく凄まじい勢いで吹き飛ばされた。


「「「うぁああああ〜〜〜〜!」」」

「――なっ⁈」


 倫道たちは一塊の弾丸さながらに吹き飛ばされ、それはバーリ目掛けて飛来した。

 先ほど飛ばされた時より断然と早い。魔法効果が弱かったのだ。

 カオスナイトメアとの戦闘で度重なる魔法の発動、そして一度に3人分の防御魔法展開。

 さすがのバーリの魔力もまた、底をつき始めていた。


「風よ、我が前に立ちはだかりし物質の速度を抑えん。【速度減衰波ベロシティ・ダンペニング・ウェイブ!】


 咄嗟に倫道たちの勢いを殺す速度減退魔法を発動するが、質量はそのままバーリへの凶器となった。


「ぐはっ⁈ がっ〜〜〜〜」


 倫道たち男3人の体当たりを食らい、一緒になって吹き飛ぶバーリ。

 巻き込まれ転がる最中、ある考えが浮かんだ。


(まさか、私を攻撃するために彼らを使った――)


 バーリは自分の考えにゾッとする。

 A級の力を持つ魔物モンスター、本能のまま暴れるのではなく状況を見て狡猾こうかつに抜け目なく攻撃を仕掛けてくる。

 研究者のバーリといえども、その知性には驚くべき事であった。

 息を吹き返し、狡猾に暴れる目の前のモンスター、こいつは特別なのか。

 現に今も遠巻きにこちらを伺うそぶりを見せる。

 迂闊に近寄ってこない、その慎重さに恐怖した。


    ◇


 カオスナイトメアの一撃を喰らい、体はまるで紙のように簡単に吹き飛ばされた。

 バーリさんが俺たちのスピードを緩めてくれなければ、タダでは済まなかっただろう。

 衝撃で身体中が悲鳴を上げている。


「久重…… 清十郎、無事か?」


 よろけながら立ち上がり、2人の無事を確かめる。

 すぐに返事が返ってきた。


「……ああ、無事…… とは言えないが、なんとか生きてる」

「……うう、こちらも…… 大丈夫だ、神室、貴様は?」


 2人の無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろすと、脇腹に激痛が走った。


「ああ…… 肋骨が折れたようだが…… 大丈夫、まだ戦える」


 激痛に顔が歪みそうになるのを必死に堪える。

 少しでも気弱な素振りを見せれば、自分自身で恐怖に飲み込まれてしまうのが分かっていた。

 他にも激痛が走る箇所はある。

 足は…… 折れてはいない様だが、ひどい捻挫でもしたのだろう。

 ズキンズキンと鼓動のたびに痛みが走る。

 カオスナイトメアの一撃を受けた右腕は未だ痺れており、うまく動かせない。

 満身創痍。

 よくこれで、まだ戦えるなどと口にしたもんだと、笑いが込み上げてくる。

 浅い呼吸を繰り返しながら、後ろで転がっているバーリさんへも声をかけた。


「バーリさん、大丈夫ですか?」


 横目で彼を伺うと、震える腕で上半身を起こす。


「ガフッ⁈ 大丈夫…… ではないかな。足も折れてしまったようだ」

 

 咳き込み血を吐きながら、気丈にも笑いかけるバーリさん。

 久重と清十郎も、口では大丈夫と言っているが、立ち上がることはできない。

 俺は、絶体絶命とは正にこんな状況だろうと、どこか人ごとみたいに考えていた。

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