再会 6/黒姫

 突如として、コンテナの影から出てきた一人の男。

 青白い光に浮かぶ人物の顔、長い髪を後ろで結び上げ、眼鏡に映る闇が彼の表情を隠していた。


「何者だ⁈」

 

 腰から拳銃を引き抜き、暗闇へ銃口を向けたが、帰ってきたのは男の叫び声。


「********【*******!】」

 

「ヤベェ!」


 危険を感じた久重が声を上げた瞬間、青白い魔法の光が輝きを増して――

 

 しかし、その光を遮りながら空気が突如として裂け、漆黒の物体が眼前に迫り来る。

 自分達の顔より数倍も大きいもの。手のひら、先端の爪が鋭く光る。

 妖魔の巨大な手指であることを瞬時に理解した。

 空を覆うように迫る妖魔の手のひらは、俺たち3人を簡単に吹き飛ばすだろう――

 逃げることも出来ず固まった体、思考だけは止まらず回転している。1秒後、自分は死ぬのだと。


 瞬きをする間も無く瞠目していると、視界全てが真っ白く光り、凄まじい衝撃が鼓膜を打った。

 まるで分厚いガラスでも砕けたような重量のある炸裂音。

 眼前で半透明の緑色した魔力のカケラが、砕け舞い散る。

 俺は、そのカケラと共にコンテナへ体を打ち付けられた。

 

「「うぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」

 

 久重と清十郎と共に吹き飛ばされ、痛みと衝撃に顔を歪める。

 

『ブフゥウウウウ〜〜〜、ゴアラララララァ〜〜〜〜〜〜』


 衝撃で頭がクラクラする。しかし、生暖かい風が頬をくすぐり、鼻が曲がるような異臭で意識が覚醒する。

 妖魔に攻撃された。反撃を、いや、それより妖魔は――

 

 コンテナの壁に背中を預けて転がっている俺たちは、痛みに歯を食いしばりながら顔を上げると目の前の光景に息を呑む。


 コンテナ1つの高さより大きい妖魔。

 月の光に照らされた馬のようで牛のような顔。憤怒の形相を見せ、歯は剥き出しにして熱い息を吐き出している。

 生暖かい息が俺たちの顔にかかった。

 この世の全てを呪うかのように怪しく光る真紅の瞳は、地獄の業火のようであった。


「焔よ、我が矢となりて敵を貫け!【フレイム・アロー‼︎】」

『ブオオオオァアアアア――――――』

 

 魔法の詠唱と共に炎の矢が妖魔めがけて突き進む。

 1本、2本と目の前を通りすぎ妖魔へと迫るが、怪物はその大きさを感じさせない速さで身を躱すと大きく飛び上がった。

 行き場を失った炎の矢はコンテナの壁に黒い焦げ跡を残し、後方へ距離を取った妖魔は歯を剥き出しにして怒りの形相で、魔法を放った男を睨みつけた。


 訪れた一瞬の静寂、混乱する意識の中、俺たち3人は理解した。

 いきなり放たれた魔法、妖魔に襲われた一連の流れ、俺たちが助けられたと言うことを。

 魔法を放った人物は俺たちの前まで走り寄ると、自分の体を妖魔との間に入れて立ち塞がった。


「君たち! 大丈夫かい? 怪我はないか?」


 転がっていた俺たちは、痛みに顔を歪めながら立ち上がると、体を触り怪我のないことを確認した。


「はい……大丈夫です」

「問題ありません」

「あ〜、こちらも問題ありません。イテェけど……」


 背は高くひょろっとした外国の男性、薄く緑色に輝く長髪をまとめている。

 頭から血を流し、顎から汗を滴らせながらも丸眼鏡の奥の瞳は、優しく微笑んでいた。


「僕はゲルヴァニア国の魔道部隊に所属している魔道技師、バーリ・グランフェルト中尉だ。バーリと呼んでくれ。君たちは魔道士かい? であれば手伝って欲しいんだけど」


 まるで冗談でも言うように軽い口調で笑う。

 しかし、血を流しながら全身にびっしりと汗をかき、着ている服もボロボロな状態を見れば冗談でないことは明白だ。


「自分は大日帝国教練部隊所属、神室倫道であります」

「同じく安倍清十郎です」

「同じく堂上久重です」

「先ほどは助けていただき――」

「オーケー、オーケー。礼はいいよ。今はそれどころじゃない」


 自己紹介の後、礼を意をうとしたら遮られた。

 バーリ・グランフェルトと名乗った男は、妖魔へ細心の注意を払いながら会話を続ける。


「教練部隊? 君たちは正規の軍人ではないのかい?」

「はい、残念ながら自分達はまだ訓練兵です。魔道訓練兵です」

「魔道⁈ では魔法は使えるのかい?」

「はい、と言ってもまだ初歩の初歩でしかありませんが……」

「……そうか、では君たちは早く逃げなさい。ここは私が――」

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――』


 会話を遮るように妖魔が吠えた。

 防御魔法により攻撃がはじかれた妖魔は、怒りで身体を震わせ、その存在感が一段と高まったようだった。

 紅く光る視線に晒された俺たちは、尋常ではない恐怖とプレッシャーを感じている。

 体の震えが止まらず、痛いほど心臓が鼓動を打つ。

 横目でチラリと久重と清十郎を除くと、同じように顔は青ざめ、じっとりと冷や汗を流していた。

 自分達を見据え力強く吠える魔物から、逃走の衝動から無理やり足を止めて。


 バーリは妖魔に視線を合わせたまま、軽く息を吐いた。

 

「あれは、A級の魔物モンスター、カオスナイトメアだ」

「「「――っ⁈」」」 


 彼の言葉は、俺たちの顔色をさらに青ざめさせた。

 A級というだけでその危険度を知ることができ、それは想像をはるかに超える存在であった。

 しかし、その知らされた事実により、幸か不幸か俺たちの意識は一変した。

 思っていた以上のレベル差に、かえって腹が据わったとでもいうのだろう。

 

 久重は、自分たちの初めての任務がこんなことになるとは思わなかったと、後ろ手で頭を掻きながら苦笑した。

 清十郎は口をつぐみ、硬い表情を浮かべ、自分自身に言い聞かせているかのように唇を動かした。

 そして俺は、緊張と恐怖を押し殺し、バーリの方向に向かって頷いた。


「A級の妖魔を前にして、もはや逃げることも難しいでしょう。ならば、少しでも抗います。奴の好きにはさせない」


 そして、俺たちは決断した。

 もはや、当初の監視任務は諦めるべきだと。

 残された道はただ一つ、A級のカオスナイトメアと戦うことしかないのだと。

 バーリの横まで歩を進め、各々が魔法発動の準備を始めた。


「君たち……」

「指示をお願いします」

「私たちを使ってください」

「何すればいいっすか!」


 横目でチラリと目配せをすると、バーリは前を見据えたまま言い放つ。その言葉に尊敬の念が込められる。


「君たちを巻き込んですまない。そして勇気ある決断に感謝するよ」


 ペコリと軽く頭を下げると、彼は続けた。


「カオスナイトメア、A級の魔物モンスターだ。奴の能力は一言で言えば混沌。体験した通り恐ろしい力を持ち、たてがみから麻酔棘を放つ。その鋭い爪は混沌の力を宿し、傷を負ったものを混乱させる。そして、特殊能力スキル大絶叫ハウル……とてつもない強敵だ。といえど弱点はある! 奴は火属性の攻撃が苦手としている。君たちは火属性の魔法は使えるかい?」

 

「はい、火属性の魔法は得意です。っていうか、それ以外はあまり……」

「私も火属性の魔法は使えます」

「俺は使えません、その代わり重力系の魔法は使えます」

 

「なるほど…… 私の魔力量はそこそこあるが、実は戦闘員ではない。攻撃はあまり得意ではないんだ。そこで私は防御を担当するので、君たちで攻撃をしてもらえないだろうか?」

 

 彼の控えめな語調とは裏腹に、体全体から溢れるオーラは彼が嘘をついていないことを示していた。

 俺たちは彼の提案を素直に受け入れる。


「よし、ではこうしよう。君が重力魔法で足止め、他の2人が攻撃。私はサポートと隙があれば攻撃もする。単純だろ」

 

「「「了解!」」」


 バーリは単純だと笑ったが、俺たちにとっては、単純こそ重要であった。

 なぜなら実践も初めてな上に、とてつもない強敵が相手だ。

 とても難しい作戦など実行できるはずはなかった。なので単純な作戦は大歓迎であった。


 攻撃だけに意識を集中する。

 体内の魔素を練り上げ、魔法発動の準備をする。

 集中―― 集中―― 集中……

 息が荒くなり意識が拡散する。練り上げた魔力が霧散する。

 いつもなら簡単に出来ることができない。

 強烈な恐怖を感じて体が心が言うことをきいてくれない。


(くそ! 自分から言い出したくせに情けない! 訓練を思いだせ!)

 

 自分へ言い聞かせるが、それでもなお心が揺れて上手く集中ができない。

 あの強大な妖魔に俺の攻撃は効くのか?

 簡単に跳ね返されて、返す刀で反撃を受けるんじゃないか?

 そして何よりも……

 初めて会った人間に防御を任せて攻撃だけを考えることの怖さがじんわりと感じてしまったのだ。


「――くそ!」


 この後のない状況で肝の座らない心。思わず自分に腹が立ち悪態が口から出た。

 何が人のためだ、何が俺たちがやらないとだ。

 いざとなれば尻込みする自分に幻滅していると――


『ブルルルル〜〜〜、ガァアアアアアアアアアアアアアアア――』


 こちらの動きを感じたのか、カオスナイトメアが咆哮し、凶悪な殺気を撒き散らしながら今にも飛び掛からんとしている。

 突き刺すような殺気、さらに体が固まってしまうほどの恐怖を感じた。


「誰もが怖い! あんな奴を目の前にしたら当たり前だ。恥じることではない! だが、信じてほしい! 私は守る。だから仲間を、私を信じてくれ‼︎」


 俺の心を見透かすようにバーリが叫んだ。

 久重も清十郎も同じように目を丸くしていた。2人も同じように不安になっていたのだろう。

 青ざめている顔をお互いで見合い、引き攣った口元を緩める。


「どうした? 久重、清十郎。震えているぞ!」

「武者震いだ! お前こそビビってんじゃねーぞ!」

「そうだ、神室! お前こそ遅れをとるなよ!」


 精一杯の虚勢を張ることで自分を奮い立たせる。

 肝は据わった。


「よーし! やってやるぜ」


 胸の前で両の拳をぶつけて気合いを入れた久重が、いち早くカオスナイトメアへ向かい駆け出す。

 合わせて清十郎も懐から呪符を抜き出し、呪文の詠唱に入る。


「炎の精霊よ、我が声に応えて現れよ……」


 2人に遅れないように、俺も魔法を発動した。


「来い! 黒姫――‼︎」

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