再会 5/とるべき道

 闇に包まれた港、桟橋に乗り上げた輸送船だけが小さな炎を各所に揺らめかせ浮かび上がる。

 警備隊が輸送船へ突入し、5分ほど経過すると凄まじい銃撃の音が深夜の港に鳴り響いた。

 それは明確な『敵』がいることを意味していた。


「――おい倫道、これって」

「ああ、なんだか分からないが、明らかに異常だ……」

「やはり、ただの事故ではないってことか⁈」


 船首が歪に歪み、桟橋にめり込んでいる大型船を見上げながら倫道、久重、清十郎の動きが止まる。

 怪我人を運んでいる倫道たち3人は、桟橋の一区画、五十鈴が用意した簡易救護スペースで輸送船を見上げた。

 久重、清十郎と順番に肩に担いでいた負傷兵と船員を、龍士に手を貸してもらい横たえている時に銃声が響いたのだ。


「それに…… さっきから聞こえる獣のような声…… まさか妖魔か」

「まさか⁈ ……でも」


 清十郎のつぶやきに、五十鈴が負傷した船員へ回復魔法をかけ終わると口にした。

 細い指を口に当て少し考えると、目の前の船員へ辿々しいゲルヴァニア語にて尋ねた。


「怪我はもう大丈夫です。一体何がありました?」

「あんたゲルヴァニア語を話せるのか? 手当てしてくれてありがとう! 俺たちも――」

「すみません。ゲルヴァニア語、少ししか話せません。ゆっくりお願いします」

「そうか、何が起こったのかは分からない。ただ、魔物モンスターが出たって話だった。俺も見てはないんだ。ただ、恐ろしい叫び声が聞こえて……、気がついたら桟橋に激突してたんだ」

「……そうですか。ありがとう。ゆっくり休んでください」


 五十鈴は、肩まで届く美しい黒髪を耳にかきあげると、自分を見下ろしている同期4名を見上げる。


「確かな確証はないけど、妖魔が出たっぽいわね」

「ああ、やはりそう――」


『ブォオオオオオァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――』


 闇夜を吹き飛ばす凄まじい叫び声が、倫道たちの鼓膜を殴りつけた。

 輸送船の上で爆弾が爆発したように空気が震えた。

 一瞬にして波のように広がる衝撃波、平衡感覚を失いかけるほどの威力。

 いや、平衡感覚だけではなく思考までもボヤけている。まるで夢の中に引き摺り込まれるような……

 咄嗟的に倫道は自分の頬を思いっきり叩く。

 カーッと熱くなる頬と共に思考はクリアになった。


 同じようにフラついている久重、清十郎、龍士の横っ面を引っ叩く。

 五十鈴は…… 肩を揺すり、正気を取り戻させた。


「イッテェ…… もう少し優しくできんもんかね」

 

 苦笑しながら久重が文句を言うが、清十郎も龍士も同じ気持ちだろう。頬をさすりながら倫道を見る目が恨めしそうだった。

 意識を取り戻した彼らが周りを見渡すと、担ぎ込んだ怪我人たちは、ほぼ全員が気絶していた。


「魔法…… いや、能力スキルか。魔力の残滓を感じる」


 清十郎には感じ取れたようで、魔法士としての行動を起こす。

 魔力の込められた呪符を懐から取り出すと、古式呪術を展開。

 金色に輝く数体の精霊が現れ、彼の細い銀縁の眼鏡に反射した。

 魔力の流れから妖魔を索敵しているのだろう。


「上だ!」

 

 目を閉じ集中していた清十郎が大声を出しながら、勢いよく空を見上げた。

 

 その途端、暗闇を切り裂くように、人間より遥かに大きい黒い影が空を見上げる清十郎の頭上を跳び越え、倉庫の方へと消えていった。

 その後ろを追うように、先ほどの影より二回り小さい、人型の影が飛んでいく。


「待て、神室!」


 まるで条件反射のように、影を追いかけるため倫道は駆け出した。

 清十郎が声を張り上げたが、その静止を振り切り、影の後を追った。

 彼自身もよく分からないが、咄嗟に駆け出していたのだ。

 ……いや、分かっている。

 あの妖魔をこのまま逃したら、大変なことになることを。

 大勢の人が、何の罪もない人たちが…… その命を刈り取られてしまう惨劇が。


「このまま逃せば、どれ程の被害が出るか分からない! 俺たちがやらないと!」


 倫道は一度足を止めて清十郎に振り向くと大声で叫んだ。


「おい、1人で行くな!」


 久重も、倫道の声に反応して駆け出す。

 2人は目配せをして頷くと、影が飛んでいった方向へ並んで駆け出す。

 横に並ぶ久重の表情は、どこか困ったような心配をするような笑みを浮かべていた。


「五十鈴と龍士は怪我人たちを頼む! 俺も倫道へついて行く!」

「ちょっと倫道、久重⁈ あんたたち正気? ちょっと――」


 唖然とする五十鈴の横で、清十郎は奥歯を噛み締めた。

 彼は精霊との交信を一時中断し、呪符を懐にしまう。


「馬鹿野郎たちが…… いつも勝手なことしやがって」


 清十郎は一瞬だけ躊躇ちゅうちょしたが、口を歪めながらも倫道と久重の後を追うように駆け出した。

 

 3人の後ろ姿を見送る。

 その場に残された五十鈴と龍士は、どちらともなく顔を見合わせた。

 彼らの後を追いたい気持ちと、この場でするべき任務を天秤にかける。

 船からは続々と怪我人が運び出されてきていた。

 それを目の当たりにした2人は目で会話すると、怪我人を救護するために行動を開始した。

 

 数歩ほど駆け出し振り返る五十鈴の眼差しは、倫道の後ろ姿を追いながら、深い心配と慈しみで満ちていた。

 龍士もまた、同じように倫道たちの背中へ振り返りながら走る。


「大丈夫かな……」

「……いつもいつも無茶なことばっかして…… 本当に馬鹿なんだから」

「え?」

「何でもない。さあ、順番に怪我人を運びましょう!」


 倫道たちの姿がコンテナの影に隠れると、二人は再び周囲の状況に目を向けた。

 

    ◇


 山のように積み上がっている色取り取りのコンテナ。

 その鉄壁に左右を囲まれながら、息を殺し慎重に捜索を進める。

 広大なコンテナヤードは、遠くに船からの喧騒、目の前に無音の静けさが広がっていた。

 緊張して浅い呼吸となっていた俺は、落ち着かせようと深く息を吸う。

 刺すような鉄と湿気の匂いが鼻腔に広がる。

 深い闇と影の間から突然として妖魔が現れるかわからない。全方位に神経を張りつめていた。


「おい、ちょっと待てって……」


 久重と慎重に進んでいると、後方から清十郎の押し殺した声で呼び止められる。

 かなり全力で走ってきたのだろう、必死で息を整えている。

 一際おおきく息を吐き出すと、眼鏡の奥から鋭い視線を投げた。


「一体どうするつもりだ?」

「何が?」

「妖魔を発見したとしても、それでどうするつもりなんだ?」

「そりゃぁ…… なあ、倫道?」

「…………」


 清十郎の問いかけに、俺も久重も明確な答えは返せなかった。


「俺たちは対妖魔用の装備も持ち合わせちゃいない。あるのは携帯を許された通常の拳銃だけだ。こんなものでどうしようってんだ?」


 清十郎のいうことはもっともだ。

 訓練兵ということで、半自動小銃は携帯を許されなかった。

 許されたのは口径8ミリの九四式拳銃と魔法も寄与されていない通常弾。

 先ほど視認した妖魔の大きさを考えれば、こんなものは豆鉄砲であるのが明白だ。


「……魔法で戦うしかないだろ」

「ハッ、魔法で戦うか。神室、魔法のみでお前が倒せる妖魔のレベルはE級辺りだよな。もちろん私や堂上も同じようなもんだ。先ほどの影、俺の魔力感知ではそんなレベルじゃなかったぞ」

「じゃあ、どうしろって言うんだ」

「だからそれを考えろと言っているんだ! いつもいつも考えなしに突っ込みやがって。これは訓練じゃないんだぞ」

「ああ! 訓練じゃない! 奴を逃したら街が大変なことになる。多くの人が死ぬことになるんだぞ!」

「だからと言って闇雲に突っ込んで何になる。俺たちは訓練兵だ。本来なら無闇に魔法を使うことも許されていないんだ」


 ぐうの音も出ないほど言い負かされた。

 清十郎の言うことは正論であり、訓練兵の自分達が無許可に魔法を使用して妖魔の討伐など許されていない。

 俺だって分かっている。分かってはいるんだ……

 でも、心の奥底から湧き出るこの気持ちは、どうしても抑えることが出来ない。


「おいおい、こんな所で喧嘩したってしょうがねーだろ。それにここは『戦場』だぜ」


 額と額をくっ付けて睨み合っている俺と清十郎のかき分けるように久重が割って入った。

 一見、豪放でガサツに見られることが多いが、久重は繊細な心の持ち主で冷静な判断ができる。

 今も深緑色の瞳を弓形にした笑顔で2人を落ち着かせるようとしていた。


「じゃあ清十郎、お前ならどうする?」


 久重から水を向けられた清十郎は、顎に手を当て少し思案する。いつもの仕草だ。

 

「……やはり私たちのできることは限られている。直接の戦闘を回避し、妖魔の監視することだろう。軍司令部へは連絡が入っているだろうから、魔道部隊の現着を待ち、報告をすることだ」

「まあそうだよな。俺もそう思う。どうだ? 倫道」

「……分かった、清十郎の言う通り、捜索と監視を行おう。2人ともすまなかった。ありがとう」

「ふん、礼を言われるいわれはない。では――」

 

 清十郎が言いかけていた口を開けて双眸をあらん限りに見開き、大きく息を呑んだ。

 俺の後方へ向けられている彼の視線を瞬時に辿ると、3ブロックほど先のコンテナから光がこちらに向けられていた。

 暗闇の中で浮かび上がる青白い光に微かに変化する紋様。

 それは魔法発動の兆候だった。

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