再会 4/大絶叫

「退避ー! 退避ー!」


 桟橋で警備をしていた大日帝国の兵士たちは、スピードを緩めず近づいてくる巨大な輸送船を目にして大慌てで退避行動へ移っていた。

 輸送船から鳴り響く緊急事態の警鐘エマージェンシーアラームと叫び声が深夜の須賀湾にこだまする。

 時折聞こえる身の毛がよだつ恐ろしい咆哮に、全ての兵士が戦慄した。


 やがてその巨体を桟橋に激突させ、地面を揺るがす衝撃と鼓膜に突き刺すほどの轟音を残し、輸送船はみるも無残な形で着岸を果たした。

 何人もの兵士と作業員を巻き込んで。


 大日帝国陸軍警備隊の隊長は、あまりの事態に唖然となるが、船内から聞こえる悲鳴と時折起こる爆発に、ただの事故でないことを理解する。

 すぐさま部下に突入の準備をさせると、先頭を切って輸送船へ乗り込んで行った。


 兵士の後を追って桟橋まできた倫道たちは、余りの光景に言葉を失い茫然とその巨船を見上げていた。


「なんてことだ……」


 清十郎の呟きがまるで自分の言葉のように思えた。

 あまりの惨状に、他の言葉が見つからなかったのだ。

 

「貴様ら訓練兵はそのまま待機! 命令があるまで警戒体制を解くべからず!」


 先ほど叱責された兵士から待機の命令を受け、俺は我に戻った。

 横を見ると同じように瞳に力を込めた久重たち。皆も同じ気持ちだと理解して、走り出した兵士の背中へ向かって大声で提案する。


「かなり大きな事故とお見受けします! 我々も救助活動へ同行させてください!」


 兵士は立ち止まって一瞬考えたようだが、再度同じ言葉を俺たちへ投げた。


「駄目だ! 貴様たちは待機! 怪我人が運び出されてきたら安全な場所へ誘導しろ」


 そう告げると、全速力で駆け出し、船内へ今から突入しようとしている部隊へと合流した。


 何とも言えない気持ちになる。

 あそこには助けを求めている人がきっといる。

 それをただ黙って見ているなんて……


「倫道、駄目だぜ」

「倫道、命令は待機。絶対に勝手な真似をしちゃだめよ」


 幼馴染2人が俺の心を見透かしたように釘を刺す。

 付き合いが長い彼らには、俺の気持ちなど簡単に分かるのだろう。


「……ああ、命令は待機。もちろん従うよ」

「気持ちは分かるけどしょうがねぇよ。切り替えようぜ」


 俺たちが小声で会話をしていると、清十郎がいささか怒るように割って入った。


「お前たちは何をコソコソと話してるんだ。命令に――」

「分かってるよ。待機だろ」


 久重が返した返事に、清十郎は嘲るようなため息を吐く。


「確かに待機と命令を受けた。しかし、怪我人の救助も同時に命令された訳だ」

「確かにそうね! 桟橋への激突で怪我人も出てる」


 五十鈴が周りを見渡し怪我人がいることを伝えると、清十郎は黙って頷いた。


「分かった! 俺たちが怪我人を運んでくるから、五十鈴は回復魔法で、龍士はそれを手伝ってくれ。久重、清十郎、行こう」

「おお! 分かった。俺は船尾の方へ回る」

「神室に仕切られるのはしゃくだが…… 私は船首の方へ向かう」


 目の前に広がる大惨事に俺たち訓練兵は、自分たちが今できることを必死で考え動くしかなかった。


    ◇


 輸送船の船内では、鋭く煌く魔法と血肉の衝撃が絶え間なく繰り広げられた。

 

『グォオオオオオオオ――』

「風よ、我が声を受けて、敵を蹴散らせ!【ゲイル・ブラスト】!」


 逃げ遅れた船員の前に立ちはだかり、カオスナイトメアの攻撃を防御するバーリ。

 強力な風を巻き起こし、カオスナイトメアのたてがみから放たれた麻酔棘を弾き返す。そして同時にカオスナイトメアの体表を切り裂いた。


『ブルォアララララララ〜〜〜〜〜〜〜〜』


 牙を剥き出しにし、真紅の瞳を光らせて威嚇いかくする。

 一度、船外へ出たカオスナイトメアは自分の開けた大穴から再び船内へ戻り、逃げ惑う船員をなぶり殺していく。

 阿鼻叫喚の船内、壁を天井を床を壊し、愉悦の笑みを浮かべながら進む魔物モンスター

 しかし、荒れ狂う怪物に初めて魔法の攻撃が炸裂する。

 思わぬ反撃を喰らったカオスナイトメアは、威嚇するようにバーリから距離を取ると、船倉を突き破り上階へ逃げ出した。


「さあ、今のうちに船外へ脱出するんだ!」

「あんたはどうするんだ?」

「私は奴を追う! 怪我人を連れて早く逃げるんだ」


 足早に狭い階段を登り、カオスナイトメアの後を追う。

 バーリはその静かな態度とは裏腹に、強力な魔力を持つ魔法士だった。

 しかし、彼が専門とするのは戦闘ではなく、魔道兵器の開発である。

 その膨大な魔力も兵器開発に特化したものであり、初歩より少し上くらいのレベルでしか魔法を発動できなかった。

 いくら強大な力を持っていても、強力な攻撃魔法や防御魔法は使えないのである。

 それでもバーリは、この緊急の状況下で、ためらうことなく魔法の力を使って乗組員たちを守ろうと奮闘していた。


(妙に逃げ回るな…… 息を吹き返したばかりで魔力切れか? だからといって、私の攻撃魔法では仕留め切れそうもないし……。誰でもいい、この騒ぎに気付いて大日帝国の魔道部隊が来てくれれば…… いや、きっと来てくれるはずだ。それまで奴の足止めさえ出来れば……)


 バーリは追いかけながら自分の役割を再確認する。

 乗組員たちを助け、足止めをし、時間を稼ぐ。


「ははは…… 俺がカオスナイトメア相手に…… なんて無茶な話だ」


 思わず乾いた笑いが出てしまう。

 あの強敵相手に注文が多すぎるのだ。

 それでも――

 

「皆! 後ろへ! 我が守護者よ、堅牢なる壁を!【フォートレス!】」


 彼の声が船内に響き渡った。

 その手からは、青白い光が放たれ、バーリが向けた先には、隔壁が形成された。

 それは一瞬でカオスナイトメアと船員たちを分ける防御壁となる。

 しかし、その壁もカオスナイトメアの攻撃には耐えきれず、すぐに破壊されてしまった。


「ちぃぃぃ―― 風よ、我が声を受けて、敵を蹴散らせ!【ゲイル・ブラスト!】」


 息を切らしながら、バーリは再び魔法を発動した。

 風の刃が二重三重に形成され、乗組員へ近づこうとするカオスナイトメアに向けて放つ。


『ブモォオオオオオオオ――――――!』


 風の刃がカオスナイトメアの巨大な体を切り裂く。

 血飛沫が舞い、痛みによる叫びを上げる。

 だが、それは怪物にとってほんの些細な傷に過ぎない。


「くそ……!」


 バーリの顔に焦りが見えた。

 しかし彼は、一歩も引かず、再びカオスナイトメアに魔法を放つ。

 何度も…… 何度も……

 だが、バーリの魔法はカオスナイトメアの皮膚をほんの僅かに斬り裂くだけで、その巨体の動きを止めることはできなかった。


 バーリの攻撃を嫌がりながらも、恐怖により逃げ出す船員を追うカオスナイトメア。

 まさに魔物モンスター。本能が殺戮さつりくを求めていた。

 人の胴体ほどある太い腕の一振りで船員たちは吹き飛ばされ、船内は更なる混乱に陥った。

 奴は目にする人間をなぶるように痛めつけて楽しんでいる。

 バーリが追いつくと、逃げる乗組員たちを追うように天井に穴を開け上層階へ移動していった。

 

「……そんなに動かないでくれよ」


 息を切らしながらカオスナイトメアを追うバーリの耳に、上階から銃声が届いた。

 それも小銃や半自動小銃の音が数多く鳴り響いている。


「大日帝国の兵士が来てくれたのか!」


 希望の火がバーリの胸に灯った。

 だが、階段を上がり切り目に飛び込んできた光景は、彼の期待を裏切る惨状であった。


 血だらけのフロア。

 多くの大日帝国の兵士らしい人間が、ボロ雑巾のように転がっている。

 今も半自動小銃を打ち続けている兵士へ向かい、カオスナイトメアは体に銃弾を浴びながら悠々と近づくと、その首を刎ねた。

 自分達の攻撃が効かない化け物を前にして、半狂乱となり逃げ出す兵たちがバーリへ向かってくる。


「魔道士は⁈ あなたの部隊に魔物を退治できる魔道士はいないのか?」


 こちらに逃げ走ってきた若い兵士の肩を掴み振り向かせる。


「わ、我々は、通常の警備部隊です! 魔道部隊はおりません! な、なぜ妖魔が……」


 バーリは唇を噛むと、動揺している若い兵士の頬を両手で固定するように叩く。


「落ち着くんだ、現在この輸送船は魔物モンスターに襲われている! 至急、専門チームを派遣するように連絡をするんだ! いいね!」

「――は、はい!」


 若い兵士はバーリの気迫に押され、素直に命令に従った。

 走り去っていく姿を確認もせずに、バーリは悲鳴と銃声が鳴り響いている場所を目指す。


「……しめた! また上の階に上がってくれたようだな……」


 バーリは魔道技師でもあり、魔物の研究者でもある。

 数多くの魔物モンスターの生態を観察、死体の解剖などから得た知識は豊富だ。それは目の前にいるカオスナイトメアも同様であった。

 餌の好み、行動の特性、残虐性や特殊能力、そして弱点……


「船内から上がってくれたお陰で使いやすくなった! 焔よ、我が矢となりて敵を貫け!【フレイム・アロー‼︎】」


 一筋の炎が矢となって、カオスナイトメアへ目掛けて発射された。

 炎の残滓を空中にたなびかせ、バーリの放ったフレイム・アローはカオスナイトメアの左肩に突き刺さり、そのまま硬質な皮膚を焦がした。


『――ギャッ⁈ ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア……』


 カオスナイトメアの弱点、火属性の攻撃。

 狭い船内では躊躇ためらわされる炎の魔法。船上では火事が一番怖い。ガスに引火などしたら一発でアウトだ。

 しかし、階層を上がり続け、ついに甲板に出た。この場所なら問題はない。

 もう一発と構えた瞬間、カオスナイトメアの特殊な行動に気がついた。

 

 両足を踏ん張り、胸を反らせて大きく息を吸い込む。

 驚くほどに胸の盛り上がりが異常なほど膨れ上がっていく。それは通常時の倍ほどの大きさとなる。


(――⁈ まずい、まずい、まずい―― アレが来る!)


 バーリは瞬間的に発動する魔法を切り替えた。

 

「隔絶し、静寂の幕を張り巡らせ【サイレンス・ウィスパー!】」

『ヴォオオオオオァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――』

 

 カオスナイトメアの特殊能力スキル大絶叫ハウル

 この大絶叫ハウルは物理的な衝撃を与えると共に、近距離で食らった人間の脳に意識の混濁や混乱を招く恐ろしい能力スキルであり、カオスナイトメアの名の由来ともなっていた。

 バーリはいち早く大絶叫ハウルが来ることを悟り、周囲の音を隔絶する魔法を張ったのだ。

 衝撃波にて体は吹き飛ばされ後方の壁に打ち付けられたが、意識の混濁は免れた。


『ブルルルルルル〜〜グァルウウウウウ〜〜〜』

 

 吹き飛んだ彼が立ち上がるのを目にして大絶叫ハウルを防がれたと悟ったカオスナイトメアは、慎重にバーリを観察する。

 先ほどの火魔法がよほど嫌だったのか、ジリジリと後方へ距離を取り始める。


(よほど火属性の魔法が嫌いのようだな…… 俺のフレイム・アローの威力ではお前を倒すことなどできないというのに)


 バーリはあえて先ほどフレイム・アローを放った時と同じポーズでカオスナイトメアへ手を向ける。


(警戒してる。このまま時間を稼げれば……)


 そう思った矢先、カオスナイトメアは咆哮を残し、甲板を凹ませるほどの跳躍で船外へ脱出してしまった。


「しまった⁈ それは一番まずい!」


 バーリは一時的な身体強化魔法を唱えると、カオスナイトメアの後を追い、甲板から飛び出した。

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