再会 3/目覚め

 大日帝国の軍港を目指す輸送船。目的地の須賀湾には、もう間も無く着港する予定である。

 その船倉、魔物モンスターの死体が入った特殊なコンテナの内部では、甲板員のカイルとローマンが顔を青ざめさせて瞠目していた。

 お互いを抱えるように抱きつき、恐怖と驚愕に体は硬直し小刻みに震え、全身から汗を噴き出させて。


『ブフゥ〜〜〜〜、オォオオオオオオ〜〜〜〜〜〜』


 恐ろしく低く野太い唸り声が、コンテナ内に響く。

 呪詛のように響く叫びと共に水中へ吐き出される空気の塊、死体のはずのカオスナイトメアに呼吸が戻っている。

 それは、すなわち―― カオスナイトメアが生きていることを示した。

 

「なぁああああ……」

「ひぃ⁈ 〜〜〜〜〜」


 魔物モンスターの唸りに悲鳴を上げて飛び上がる。

 

 あり得ない! 死体が動くなんて。

 俺たちが何かしたのか⁈

 俺たちが覗いたから生き返った?

 いや、死体ではなく初めから生きていた?

 一体いま何が起こっているのか理解できず、2人は混乱し、パニックに陥ってしまう。

 ローマンは腰を抜かしてその場にへたり込み、カイルはかろうじて扉に寄りかかることで、転倒を免れた。


「だ、大丈夫だ! あれだけ頑丈な箱に入れられ――」


 カイルの希望は瞬時に絶望へと変わる。

 箱の中の魔物モンスターがゆっくりと上半身を起こすと、蓋をしていた金属枠のガラス板は簡単に砕け散り、頑丈なはずの鉄枠もひしゃげていく。

 上半身を完全に起こしたカオスナイトメアは、液体を滴らせながらゆっくりと周りを確かめるように首を振る。

 余りの驚きに腰を抜かし、息も忘れるほどの恐怖にガタガタと震える2人。

 彼らの股間は、じわじわと色を変え、床には水溜りを作った。

 恐怖に縛られたローマンとカイルに気がついたのか、暗闇の中で赤く炎を灯した瞳がひときわ明るく輝いた。



「うわぁああああああああ〜〜〜〜〜」

 

 突然と貨物室に響く叫び声。

 着港の準備に勤しんでいた甲板員たちも、その手を止めて周りを伺う。

 何事かと静まり返っていると船倉の一番奥から、カイルが這う這うの体ほうほうのていで逃げ出してきた。

 獣のように四つん這いで走りながら泣き叫んでいる。さながら言葉の喋れない幼子が癇癪かんしゃくを起こしたといった具合に要領をえない。

 明らかに異常な光景、叫び声で集まった甲板員たちは大いに動揺し揃って首を傾げた。


「おい! どーした? おい、カイル!」


 甲板長が走り寄り、半狂乱となっているカイルを抱き抱える。

 

「ロ、ローマンが…… ば、ば、ば けも のに…… くっ、く びが……」

「落ち着け! ローマンがどうした? 事故でもあったか?」

「あ、あ…… ああああ〜〜〜」


 甲板長の手を振り解き、カイルは貨物室を飛び出していく。


「おい! 誰かカイルを追いかけてくれ!」


 出入り口付近にいた数名へ指示を出すと、若い2人がカイルの後を追いかけていった。


「ったく…… どーしちまったんだ」


 甲板長はカイルが飛び出してきた先に怪訝な視線を送ると、ため息を吐きながら歩き出す。

 事故でもあったのかと内心では多少の不安がよぎっていた。


「もう間も無く着くって時に ……ん? なんだ? ……血か⁈」


 足元にカイルの手形とも足形とも分からないが、這いずった血の跡があった。

 奥に行けば行くほどその色は濃くなっている。

 何かしら事故があったに違いなかった。


「参ったな……」

 

 船乗りとして何年も経験している甲板長は事故に慣れている。

 しかし、管理者として部下の事故現場を見るのは毎回辛い。

 重い心を振り払うように駆け出した時―― 目の前のコンテナが弾け飛んだ。


「うぉおおお――⁈ な…… 何だ?」


 金属と金属がぶつかり合いひしゃげる、耳をつんざく破壊音。

 甲板長の後ろをついてきていた船員たちも思わず耳を手で塞ぐ。

 破壊音と共に舞い上がった埃が視界を奪う。


 咄嗟に顔を背けていた甲板長は手の隙間から薄目を開けて様子を伺う。

 多量の埃が目を喉を刺激し、たまらず咳き込むと、目の前で動く大きな物体に気がつく。


「ごほっ、ごほ、おい、一体何が……」

 

 やがて排気用のファンが舞い上がった埃を飲み込んでいき、視界が開けた。

 甲板長はゆっくりと視線を上げていき……

 絶叫が船内に響き渡った。


「うぁわあああああああ〜〜〜〜〜〜」

「ぎゃぁあああああ〜〜〜」

「ばっ、化け物〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 彼らの目の前に現れたのは人の背丈を遥かに超える怪物。

 今まで見たこともないが、直感で分かる。魔物モンスターだ!

 恐ろしいほど屈強な巨体をしたは、目に見えるほど荒い鼻息を撒き散らしていた。

 

「うぁあ――っ⁈」

 

 甲板長は叫び声を上げた瞬間、横凪にされたカオスナイトメアの巨大な掌で首から上を吹き飛ばされた。

 凄まじいスピードで飛ばされた頭は、船倉の壁に鈍い音をたてて弾け、潰れたトマトのように赤いシミを作る。

 一瞬、叫び声もピタリと止む。

 しかし、甲板長の体が崩れ落ち、鈍い音を立てて床に転がると―― 船員たちは半狂乱となり、一斉に逃げ惑った。

 

 馬のような口端を大きく吊り上げ、カオスナイトメアの巨大な体が驚異的な速さで動き出す。

 驚愕と恐怖に震える乗組員たちを容赦なく蹴散らし、一人、また一人とその命を奪っていく。


『ブモォオオオ〜〜ォオオオオ』

魔物モンスターだ! 魔物モンスターが乗ってやがる! ブリッジに連絡しろ‼︎」

 

    ◇

 

 着岸態勢に入っているブリッジに、船が揺れるほどの轟音が響いた。

 続いて非常を知らせるサイレンの音に混ざって、悲鳴のような叫び声も聞こえる。


「何事だ! 現状を報告しろ!」


 すぐさま船長はブリッジにいる船員へ指示を出す。

 バーリも船長の横まで近づき、上がってくる報告に耳を澄ました。

 バンという音とともに照明が落ち暗闇が広がると、ブリッジにいる船員の動揺は大きくなる。

 やがて照明も非常用電源に切り替わり、輸送船は完全に緊急事態状態エマージェンシーとなった。


 誰もが混乱している中、下のフロアと連絡がつながった通信士の声がブリッジに響く。


「船倉で何かが起きているようです! ん? なに? 魔物が動き出し…… おい、どーした?」

「どういうことだ? 状況を詳しく伝えろ」

「すみません、声が途絶えました…… 応答ありません」


 そう通信士が答えたのち、またも大きな衝撃が船体を揺らした。

 船体が傾くほどの揺れに船員達は目の前の機材に必死でしがみつく。しかし、航海経験の浅いバーリは耐えることが出来ず壁に打ちつけられた。


「どうなっている? 誰か状況を報告しろ⁈」


 船長が伝声管へ向かい大声で怒鳴るが、帰ってくるのは悲鳴のみであった。

 そして、乗組員たちからの叫び声が、船内にこだまし始める。

 状況が掴めずに混乱するブリッジへ、思わぬところから報告が入った。


「こちら機関室! 先ほど錯乱しているカイルを保護した。カイルが譫言うわごとのように死体が動いた。モンスターは生きていたと言っている。それがこの騒動と何か関係あるのか?」

「分からん! もう少し状況をわかりやすく説明してくれ」

「了解! カイルから情報を引き出し再度連絡する」

 

 伝声管から聞こえた内容に船長は首を傾げていると。

 

「まさか…… カオスナイトメアが動いているのか?」


 壁に頭を打ち付け額から出血しているバーリが船長の横で呟いた。

 

「何ですって⁈ どういうことですか? いったい何が起きている?」


 船長が、混乱する船内を見渡しながら問い掛けた。

 その横に立つバーリは、状況を推測しながら額の傷を抑える。


「実験体の魔物モンスターカオスナイトメアが、どういう訳か息を吹き返した可能性があります」

「そんなまさか…… あれは死体だったはず」

「ええ、私も確認しましたが、生命反応はない完全なる死体でした」

「それがなんで⁈」

「……わかりません。ただ、一つ言えることは、このままでは…… 港へ着く前に皆殺しになるということです」


 バーリの声が震えた。

 彼の知る限り、カオスナイトメアが死んだ後に再び動き出すなど、前代未聞のことだった。

 そして、生き返った魔物モンスターの強さを思い出す。


「このままでは不味い。すぐにSOS、救難信号を出してください。私は戦闘員ではありませんが、多少の魔法は使えます。何とか奴の足止めを行うので早急に接岸してください。接岸すれば、大日帝国の兵士もいる筈です。彼らと協力すれば何とか……」

「分かりました。多少無茶でも接岸します。バーリさん、あなたも――」


 言いかけて船長は窓の外の光景に瞠目する。

 月の光を背に受けて、巨人のようなシルエットがブリッジの前方に浮かんでいたのだ。

 牛馬のような頭部に真紅の光を輝かせて。


『ヴォーオオオオオ〜〜〜〜〜〜』

「マズイ―― 我が守護者よ、堅牢なる壁を!【フォートレス!】」


 バーリが咄嗟に防御魔法を展開したその瞬間、カオスナイトメアはおおきく振りかぶっていた右拳をブリッジへ叩きつける。

 誰もが絶叫をし、すぐに何も発することはなくなった。

 ガラスは簡単に砕け散り、鉄枠はひしゃげ、ブリッジは半壊し操舵室は瓦礫とかしたのだ。

 たったの一撃、この場にいた大多数の人間が死傷した。

 尋常ではない力を見せつけたカオスナイトメアは、落下するとそのまま船内に姿を消した。


 打ち付けられた痛みを堪えながら、瓦礫の下からバーリは四つん這いの状態で這い出す。

 煙が上がり、ショートした電気の火花が散っていた。視界が悪い。

 ずれていた丸眼鏡をかけ直すと、そこは吹き曝しとなった骨組みだけの艦橋、海風が強く吹き抜けた。

 遮るものがなくなったスケルトンのブリッジ、眼下に迫り来る桟橋へ気がついたバーリは激突に備えて体を固定した。


「「「うわああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」」

 

 桟橋にいた兵士や作業員たちは、一向にスピードを緩めない大型船に慌てふためく。


「逃げろー、ぶつかるぞー!」


 怒号が深夜の埠頭に響き渡る。

 操舵室が消失した輸送船はそのまま操縦不能となり、凄まじい衝撃音を立てて桟橋に激突した。

 

 警備兵や作業員たちは激突してもなお止まらない巨大な船体に一心不乱に逃げ惑う。


 やがてその巨体が桟橋を砕き船体をめり込ませると、何人かの人間を巻き込んで停止した。

 船内では所々で火の手が上がり、爆発音と共に聞こえてくる叫び声と、魔物の恐ろしい咆哮。

 それは、まさに地獄絵図そのものだった。


 激突の衝撃が収まるとバーリは、頭の傷を抑えながら半壊したブリッジを見渡す。


「……なんてこった、本当にカオスナイトメアが生き返ったというのか……」

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