荒波を乗り越える


 屋敷に戻った俺は、ママを部屋に呼んだ。

 いったん異世界から離れて、現実世界で情報を集めに行く。

 それを伝えるためだ。


「ママ。ちょっとやることがあるから、いったん現実世界に帰る。だから少しの間、みんなの様子を見ててもらえないか?」


「もちろん。みんなが不安にならないよう見ておくよ」


「ありがとう。それで俺は――」


「エネルケイアが現実世界でどうなってるか、それを調べるつもりだね?」


「ママにはお見通しか」


「まぁね。調査室の人たちは、僕らの行動を監視しているはずだ」


「だけど……俺がエイドスにグラン・グリモアを渡すのを止めなかった」


「つまり調査室の人は、エイドスにグラン・グリモアを渡すことを認めたわけだ。この理由に解決の糸口があるんじゃないか、ユウはそう思ってるんだね?」


「まぁ、そうなるのかな……」


「ならここで話し手なんかいないで、行った行った」


「うん、皆のことはよろしく頼むよ」


 俺はママの前でNRの接続を切る。

 目の前の視界がぷつりと消え、いつもの部屋へ。


 目の前にあるのに、そこにない。

 無感覚から、感覚のある世界に戻るのは時間がかかる。


 そこから数分かけて、俺はNRの酩酊から覚めた。

 息を吐いて、手で自分の顔を触り、現実を確認する。


「……ふぅ。」


 異世界の感覚と現実世界の感覚は、そこにあまり差がない。

 本当に戻ったのか、少し疑ってしまう。


「お、帰ってきたのう!!」


 俺の背中のほうから、マイさんの威勢のいい声がかけられた。

 それと同時に、俺は香ばしい何かの香りに気づいた。


「あ、マイさん。――それに、はちみつバターの香り? なにしてたんですか」


「いや別に……お主の行動を見ながらポップコーンを食らってたとか、そういう事は全然ないぞ!」


「なるほど。熱心に仕事をされていたと」


「うむ!」


 ……まぁ、いいか。

 あまり突っ込まないでおこう。


 俺が聞きたいのはエネルケイアのことだ。

 マイさんが仕事をサボっていたかどうかじゃない。


「マイさん。俺の行動をモニタリングしていたってことは……創造研究所で起きたことは全部見てたんですよね?」


「うむ、そうじゃな。まるっと全部見ていたぞ! お主が大事そうな本を奪われるところも全部な!」


「なら、聞きたいことがあります。モニタリングしていたのに、何で渡すのを止めなかったんですか?」


「ほうほう……逆に聞くが、なんでお主が止められなかったと思う?」


「ふたつの可能性があるかなと。単純にポップコーンに夢中になってタイミングを逃したのがひとつ」


「もうひとつは?」


「むしろ、連中に渡してほしかった」


「いい線をいっておるな。お主がいない間に色々と情報が入ってきてな」


「……情報? それと渡すのを見逃したことが、何か関係しているんですか」


「うむ。大いに関係しておる。エネルケイアの奴らは中国大使館と親しくやり取りしておるようじゃ」


「エネルケイアの連中は、中国に異世界の情報を売ってるってこと?」


「そうなるのう。奴らの後ろ盾は外国の勢力じゃ。自分の好きなようにやるには、自分の国より外国の力を借りたほうが良い。そう考えたんじゃろうな」


 肩を大きく上下させ、マイさんはおおげさにため息を付いた。


「実際それは正しい。国際問題となったら、そう簡単に手出しできんからな」


 最悪のパターンじゃないか。

 エイドスは自分のことしか考えてないのか。

 異世界の力が渡ったらどうなるか、それも想像できないのか?


 いや、それも考えた上で選択したのかもしれない。

 だとしたら、本当にとんでもないヤツだな。


「手が出せないのがわかっていて、相手に塩をおくったわけじゃないですよね?」


「もちろんじゃ。情けないことじゃが、この国は外国からの圧力……外圧を利用することで世界情勢の変化という荒波を乗り越えてきた」


「……外圧?」


「中国の動向が米軍の興味を引いたようじゃ」


「わー……他人ひとん家で戦争始める気ですか」


「さて、どうかのー。それは向こう次第じゃ。ともかく米軍の尻を叩いて急かすには、バランスが崩れぬとな」


「まさか……そのためにグラン・グリモアを俺に渡させたんですか?」


「一番気に入らない相手が創造魔法の原本を手にいれた。そうなれば米軍の動きは一気に早くなるじゃろうな」


「そうですね。自分より強くなってほしくない相手が、強くなる手段を手に入れそうになったら、絶対そのジャマをしようとしますね」


「その通り。これが何を意味するかというと……。外国同士の問題なら、この国のお偉い方々の経歴に一切傷をつけずに処理できるというわけじゃ」


「えげつねぇ……」


 やっていることが、いくらなんでも邪悪すぎる。


 調査室の人たちって、やっぱりスパイなんだなぁ。

 外国同士をぶつけて事件を解決しようだなんて。


 こんなことが世間に明らかになったら、大変なことになるぞ。

 ……ん?


「あの、それを俺が知っちゃったっていうことは――」


「一連の事態の収拾に失敗したら、証拠隠滅として消されるじゃろうな。消されないように頑張るのじゃ!」


「おいいいいいいいい?!!!!」


「はっはっっは!!」


「わらい事じゃないですよ!!」


「すまんすまん」


「でもそれなら……放っておいても物理的に解決するってことじゃ?」


「米軍が突入したら、エネルケイアの連中はハチの巣にされるじゃろうな」


「じゃあ、何もしなくても解決する?」


「結果。米軍が『創造魔法』を手に入れることになるのう!」


「それもそれで……ロクなことになる未来が見えねぇ……」


「善良な一般市民としては、すべてなかったコトにしてもらいたい所じゃな」


「同感ですね。創造魔法の存在は危なすぎます」


 俺がそう言うと、マイさんは両手を重ね合わせパンと音を立てた。


「そうじゃ。米国の介入はフェイルセーフ。失敗をできるだけ安全な失敗にする。そのための安全装置じゃ」


「本当にしないといけないのは……全て無かったことにすること、か」


「そういうことじゃ。全てをなかったことにして、元通りにする。その道筋は立っておるか?」


「全てをなかったことにする方法……」


 まず思いつくのはグラン・グリモアを取り返すことだ。

 だが、真正面からエネルケイアに戦いを挑んで勝つのは難しい。


 エネルケイアの一軍メンバーと、ライトさんたちの間には実力の差がある。


 異世界の人々の協力を得るのはどうだろう?

 ダメだな。

 力の差がありすぎる。


 どちらにしても、うまくいくとは思えない。


「おもいつかんか?」

「……はい」

「考え過ぎじゃないかのう」

「考え過ぎ?」


「うむ。もっとシンプルな方法があるはずじゃ」


 もっとシンプルな方法、か。

 って言われてもなぁ……。


「ま、思いつくまでワシはネットホリックスで映画見とるから。うまい方法を思いついたら教えてくれなのじゃ!」


「そのタブレット、バターで画面がギトギトじゃないですか」


「うむ……まるで文字が読めん。油のせいで爆発してるみたいじゃ」


 ちらっとタブレットの画面を見たが、これはひどい。

 油が光を拡散させて文字も画像もハチャメチャになっている。


「食べ物をさわった手でいじくり回すからですよ」


「ウェットティッシュあるかの?」


「多分無いかと。買った記憶がないので」


「なんじゃ。うぉぉ!!服でふいたら悪化したぞ!!」


「そりゃ、汚れを広げて何も見えなくするだけでしょうよ……」


 うーん……あっ、そうか。

 ある! あるぞ!!


 それ・・に気付いた俺は、思わず指を鳴らしていた。


「ある、あるよ!! それだ!!」


「……うん?」



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