あれ、なんで止めなかったの?


 エイドスたちは盗るものを取って去っていった。

 略奪者が去ると、キューケンが顔を真っ赤にして、俺に食ってかかる。


「ユウ殿! な、なんてことをしてくれたのだ!!」


 胸ぐらをつかまれるが、俺は何も言えない。

 彼から預かったグラン・グリモアをエイドスに渡したのは俺だ。


 間違いなく、俺がやつに渡した。

 これについては何も言い訳できない。


「こ、この……! ――?」


 キューケンは俺に向かって拳を振り上げる。

 だがその拳は、振り下ろされる前に手首のところでむんずと掴まれた。

 手首をつかんだ誰かの手は、灰色の毛並みを持っていた。


 ママだ。


「お前は黙ってろ!」


「ヒィ!」


 ママがキューケンをつかみ上げて放り投げた。

 床に背中からたたきつけられたキューケンは情けない悲鳴を上げた。


 しかし激しくき込みながらも、俺に対する罵倒は止めない。


「なにが魔術師か! 何もできずに、ただくれてやっただけではないか!」


「貴様……言わせておけば」


 ママがうなって牙をむく。

 俺のために怒ってくれるのはうれしい。だがそれはダメだよママ。

 キューケンに手を上げたら、連中と同じになる。


「ウルバン、もういい。俺がやってしまったことは事実なんだ」


「ユウ、だけど……」


「もう行こう。どのみち、創造魔法のことをこの人たちに聞いてもしょうがない。バナナだイチゴだ、そんな事しか調べてないんだ」


「われらの研究を侮辱するか!」


「もうやめてください!!」


「リリカ……」


「ユウさんは魔法を使って山牛を倒してくれました。みなさんで町の火事も止めてくれました。あなたはそこにいて、何もしてないじゃないですか!」


「ぐっ……」


「あなたは卑怯者です! ユウさんを悪くいう資格なんてありません!」


「わしは長年かけて解読を進めたんだぞ、その言いぐさは許せん!」


 地団駄じだんだを踏むキューケン。

 こうなってしまえばもはや、彼の協力は得られそうにないな。


「創造魔法が弱体化する原因は不明のままだろ。何がわかったっていうんだ?」


「グラン・グリモアを記した者の名だ。彼はヒュレーという魔術師だった。彼こそが本当の魔術師よ。お主らのようなまがいものとちがってな!」


 ママの言葉に対して、キューケンが反論した。

 しかし彼のいうことは、創造魔法を理解するのになんら必要としないものだ。


 著者の名前がわかったところで何になるのか。

 キューケンもママも冷静さを失っている。


 もうこれ以上ここにいる意味はない。屋敷に帰ろう。


「……もういいよママ。帰ろう」


「……あぁ。」


「ふん! とっとと逃げ帰るが良い!!」


 キューケンは俺たちに対して悪態をつく。

 あれだけ俺たちにへりくだっていたのに、その面影はカケラもなかった。


 その身勝手さと変わり身のはやさに、俺は腹が立たないわけでもない。

 だが、俺は怒りを表に出す気も失せていた。


 俺は廃墟はいきょになった研究所を出ることにした。


 立ち上がった俺は、出口のほうに向かって歩く。

 デュナミスの皆もそれに続いた。

 だが、キューケンやライトさんたちは、その場から動かなかった。


 入り口は完全に崩壊していて、もはや門の役目を果たさなくなっている。 

 半分しか残っていないアーチをくぐり、俺たちは広場に出た。


 すると意外なことに、広場においた荷馬車は無事だった。

 荷馬車から外され、近くにつながれていた馬にも傷ひとつ無い。


 なんとも信じがたい光景だ。

 人に対しては荒っぽいのに、馬には手をあげなかったのか。


「リリカ、荷馬車を頼む」


「え、はい!!」


 馬をつなぎ直す作業を手早くすませ、リリカは御者台に乗った。


「何しに来たんだろうな、俺たち」


「起きたことは仕方がないよ。切り替えていこう」


 俺がぽつりというと、ママは俺の肩を叩いた。

 誰も俺のことを責めようとしないのが、かえってこたえる。


「やっちゃったもんは仕方ないまう!」


「そうであります! クヨクヨしてても仕方ないであります!」


「さ、みんな乗った乗った」


 ママたちは、先ほどの出来事が何でもないことのように振る舞った。

 大失敗した俺を気づかってのことだ。


「えっと……ごめん」


「なんのことであります? 次の手を考えればいいだけであります!」


「……そうだな。なんとかする方法を考えないと」


「連中がグラン・グリモアを手に入れても、すぐ使えるわけじゃない。まだ時間はあるさ」


 たしかにそうだ。

 グラン・グリモアを手に入れたとしても、解読の手間がある。

 本を盗られたことで頭が一杯で、俺はそんなことにも気づかなかった。


「まだ時間はある……拠点に戻って計画を練ろう」


「その意気さ」


 デュナミスの皆が乗ったのを確認した俺は、リリカに合図を出そうとした。

 すると、廃墟の中からライトさんたちが出てきた。


「あれ、ライトさん?」


「ちょっと仲間と相談したんだが……」


 あ……。

 さっきの醜態しゅうたいを見て、エネルケイアに帰るつもりになったのかな?

 それならそれで仕方ないよな……。


「すみません。エネルケイアに帰るつもりなら止めはしません」


「いや、その逆だ。俺たちはもう帰らない」


「えっ?!」


「エイドスのために汗をかくなんて、俺はまっぴらだよ。仲間も同じ気持ちだ」


 ライトの後ろにいた戦士が拳を突き出し、魔術師が激しくうなすいた。

 彼らは装備のそでにつけていたワッペンを外すと、次々地面に叩きつけた。


 エネルケイアのエンブレムが書かれた白いワッペンが土色に染まる。


 ゲームなら、エンブレム程度、UIを開いて申請すればすぐ手に入る。

 しかし、この世界ではそうではない。

 一度捨ててしまえば、二度と手に入らない。

 

 この行為は、彼らが完全にエネルケイアと決別したことを意味していた。

 

「改めてそちらに加入させて欲しい。そのお願いをしに来たんだ」


「ありがとうございます。でもそれって――」


「エネルケイアと戦うことになる、だろ?」

「気にするなって」

「ああ。これまでアゴで使われてたことをやり返すチャンスだ」


 そう言って元エネルケイアの面々は笑い合う。


 俺はグラン・グリモアを差し出したことで、すべてを失ったと思った。

 だが、逆に手に入れたものもある。


 俺は彼らに救われた気がした。


「乗ってください!」

「あぁ!」


 行きの倍以上の人数を荷馬車に乗せて、俺たちは屋敷に帰ることにした。


 ガタガタゆれる馬車は、やっぱり乗り心地がよくない。

 だが、あまりつらい感じはしなかった。


 少し赤みを帯びた空を見ながら、俺はふとあることを思い出した。


 すっかり忘れていたが、俺の画面は監視されている。

 今まで起きたこと全てのことは、現実世界でマイさんが見ているはずなのだ。


 だとしたら、何かおかしい気がする。

 マイさんは、俺がグラン・グリモアを渡そうとした瞬間もみているはずだ。


 なら、なぜそれを止めなかったのだろう。

 彼女ならそれができたはずだ。


 止めなかったということは、これは致命的な失敗ではなかった。

 そういうことなのだろうか?


 屋敷に戻ったら、一度現実世界に帰ろう。

 そしてなんでグラン・グリモアを渡すのを止めなかったのか?

 それをマイさんに聞こう。


 彼女は何かを知っているはずだ。

 きっとそれが解決の糸口になる気がする。

 俺はそんな気がした。


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