石と強奪者


「女の子を人質に取るなんて卑怯であります!」

「サイテーまう!」


「……ユウ。君は先に逃げるんだ。」


「何言ってるんだよママ?」


「僕があいつの相手をして時間を稼ぐ。その間に――」


「そんなこと……ダメだ。死んじゃうよ」


「異世界でキャラクターが死んだらどうなるかはわからないけど……絶対に死ぬと決まったわけじゃないだろ?」


「それはそうだけど……」


 俺の頭の中では、ママの言うとおりにした方が良いと言っている。

 でも、彼にもしものことがあったら、俺は絶対に後悔すると思う。


 俺は……世界をそうまでして守りたいだろうか。


 悪性インフルエンザが流行してから、俺たちの現実世界は壊れはじめた。

 いや、そもそも最初から現実世界なんてモノはあったんだろうか。

 外に出る事もできないのだから、無いのと同じだ。


 俺達の世界は、むしろ仮想世界にある。

 ネットやNRのアバターのほうが俺たちのリアルだった。


 仮想世界の中だけが、俺たちの現実だった。

 そこで出会った友達のほうが、家族よりリアルだった。


 だから、失いたくはない。

 たとえ、彼の意に反することを俺がすることになっても。


「ダメだ。それは許可できない。俺はクランの名ばかりリーダーだったけど……」


「ユウ?」


「ママを差し出したら、名ばかりですらなくなっちまう。だからそれは無しだ」


「……わかった」


 俺はグラン・グリモアを抱えたまま、瓦礫がれきの中からはい出た。


「さ~て。頭から引っこ抜いたらすぐ終わって面白くないな。うでからいくか~?」


「ちょ、せめて髪の毛からにしてくださいー! 一本一本丁寧に~!」


「そんなコトしてられるか! 人間の髪の毛は10万本あるんだぞ!」


「よっ、こんちは」


「ユウさん!」


 俺はほこりをはたきながらエイドスの前に歩いていった。


 するとヤツは、詐欺師を見るような眼差しで俺を見る。

 だが、その視線が俺の抱えているモノにたどり着くと、目つきが変わった。


 エイドスの目に暗い光が宿るのが俺にもわかる。

 意地の悪い目を俺に向け、やつは口を開いた。


「おやおや。うちの三軍を蹴散けちらしたのが何者かと思えば……見ない顔だ」


「うちって『ゲームを楽しむ』がモットーのエンジョイ勢だからね」


「クロス・ワールドはゲームじゃねぇ。まぁ、それが本当になるんだが」


 どっかで聞いたような言葉だ。

 グラン・グリモアをこいつに渡すと、本当にそうなりそうなんだよな。


「ユウさん、今がチャンスです。やっつけてください!!!」


 そういってリリカはエイドスの足を抑える。

 えっなにこれは。


「あ、あの……リリカさん、何を?」


「今です!! ズバババーンとやっつけちゃってください!!!」


「何を勘違いしてるんだかわからんが……こいつに俺は倒せんよ」


 エイドスの言う通りだ。

 奴が着ている鎧は、俺たちが使っているものとは格が違う。


 エイドスが装備しているよろいは「ダークホーリーメイル」という。

 闇と光が備わり最強になったとか、そんな感じの設定の鎧だ。


 だが、そのたわけた名前とは裏腹に、性能は極めて高い。

 クロス・ワールドのゲームデータ上、あの鎧は最高のものなのだ。

 

 あのよろいは物理攻撃はもちろん、魔法攻撃にも高い耐性がある。

 俺が全力で魔法を撃っても、1割もダメージが通らないだろう。


 エイドスと戦ったとしても、まず俺に勝ち目はない。


「ユウさんは魔術師でとにかく強いんです!」


「あーん? こいつが本物の救世主か何かだと思ってるのか?」


「そうですとも! 悪漢なんてシュババとやっつけちゃいます!」


 そういうリリカの目は、間違いなく俺を信じ切っている。

 ただのプレイヤーに過ぎない俺を。


「面白い、やってみろよ」


「ぐっ……」


「できるか? できるわけねぇよなぁ?」


「ユウさん、なんで……」


「教えてやろう。こいつは魔術師でも何でも無いからだ」


「そんな……ウソです!!」


「それがどっこい、ウソじゃないんだな」


 エイドスは口元にいやらしい笑いを浮かべた。

 目の前の獲物を痛めつけようとする快楽に歪んでいる。そんな気がした。


「異世界の人たちに教えてやろうじゃないか。俺やお前たちが何者か」


「……ッ!」


「おやおや、だんまりを決め込むつもりか~?」


「……」


「チッ。張り合いがねぇなぁ。エンジョイ勢の悪いとこはそういうとこだぞ」


 エイドスは不機嫌そうに舌打ちする。

 だが、俺に黙る以外の選択肢はないように思えた。


「こいつらは元の世界じゃ、嬢ちゃんと変わらんただの人よ。魔法も使えなきゃ、武器だって使えない。ただアバターっていうキグルミを着て遊んでるだけよ」


「ユウさんが、私たちと同じ……?」


「そうだ。俺たちが使っている魔法はまやかしだ。どういう理屈でそうなってるのかはわからんが、自分の力じゃない」


「だが、まやかしが現実になったのも事実だ。向こうの世界じゃコイツらは無職のニートだったり主婦だったり、ただ暇を持て余したクズだが――」


「この世界じゃ魔術師様として、大手を振るって生きていけるわけだ」


「クッ……」


「おやおや、図星かぁ? まぁ、今どきはニートや引きこもりも珍しくないんだ。恥を知れとはいわんよ。人の勝手だからな。俺って寛大かんだいだろ?」


「…………」


「あー、残念。こりゃ負け犬の目だ。誰か助けて~って目だ。甘えんなよ?」


 俺は一瞬、ママのいる方向を見ようとしていた。

 なぜかその心をエイドスに見透かされた。

 ヤツは俺の心が痛みを感じる部分を的確に刺してくる。 


「あー……信じられんかと思うが、俺は弱い者いじめは好きじゃない。俺って戦いは対等か不利なほうが燃えるんだよ」


「ウソつけ、お前らはこの世界の人たちに攻撃スキルを使ってたろ」


「足元の石をる遊びは誰だってするだろ?」


「……ッ!」


「俺の悪いところだ。どうでもいいものに対しては雑に扱いがちなんだ」


「そうかい」


「実のところ、俺はお前がどっちか判断しかねている。石ころかそれとも人間か。石ころだったら、俺は何をするかわからん。そこでだ――」


「お前の価値を証明するものはなにかあるか?」


 こいつ……!

 いちばん大事なものを渡さなければ、俺を殺すと脅している。


 いや、俺だけじゃない。背後に居るみんなもだ。


「そうだな……あれでもいいぞ? 『創造魔法』だ」


 その時、俺が抱えているグラン・グリモアにエイドスの視線が注がれた。

 下を向くやつの目がぐっと細まる。


「ところで面白そうなものを持っているな」


 あっと思った瞬間には、すでにやつの手に本が握られていた。

 ――しまった! 


「ふん、まるでわからんがよく似ている……原本か?」


 エイドスは小手をはめたままグラン・グリモアのページをめくる。

 だがヤツはすぐに興味をなくして本を閉じる。

 そして投げやりに気味に後ろのメンバーに本を投げ渡した。


「おい、持っていけ。」


「はい!」


「ありがとう。お前は価値を証明した。俺に利用されるという価値をな」


 高笑いを最後にエイドスたちは俺達の前を去った。

 何も、何も出来なかった……。


 俺は力が抜け、地面にしばらく座り込むしか無かった。

 空気は乾いてるのに、風が頬をなでるとなぜか妙にひんやりとした。


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