ぶっ壊してから考えるにもほどがある


「すぐに上がりましょう!!」


「ま、待って……ひぃ!」


 グラン・グリモアを抱えた俺は、石段をいち段飛ばしでぶように登っていく。

 しかしキューケンさんは、そんな俺にまったく追いつけない。


 年をとっているのと、長いガウンが邪魔になっているせいだ。


「ひぃ……ひぃ……」


「このまま置いていくわけには……いかないよな」


 お年寄りを大事にしよう――というだけではない。

 キューケンはグラン・グリモアを長年にわたって研究している。

 だから彼はこの本のことをよく知っているはずだ。

 俺たちがグラングリモアの解読しようとすれば、彼の手が必要になる。


「ぜぇぇっぇぇぇぇひぃぃぃぃ!!」


 といってもこれじゃあなー。

 どうするか――


 そうだ。ステータスのバフをかけてみるか?

 キューケンの体力や筋力を向上させれば石段を楽々登れるかも


「キューケンさん。苦しそうですが……」


 俺は「肉体を強化する魔法を使ってもいいですか?」と言おうとした。

 だがキューケンの顔は汗を涙とでグチャグチャだ。

 とても返事を聞けるような状態じゃない。


「ぼひひひぃぃぃぃ!!! ほひー!!」


 それって息切れ?

 息切れにしてはフザケすぎじゃない?


 まぁいいや。

 沈黙は同意っていうし。

 使ってもええやろ!!


 俺はキューケンさんに手をかざす。

 そして初級レベルの身体強化魔法を詠唱する。

 

「命の輝きに祝福を……ブレス!」


 青と緑ときらめく光がキューケンを包み込む。

 エフェクトはきれいなのに、光に包まれてるモノが汚すぎる。


 すこしすると、キューケンさんの周りを踊っていた光が消える。

 光が消えると同時に、彼の騒々しい息切れの声も消えていた。


「えっと……どうですか?」


「あれだけ苦しかったのがウソのような……」


「よし。急いで地上に向かいましょう」


「はっ!」


 俺が使った「ブレス」の効果は抜群だ。

 キューケンさんの声までどことなく若々しく聞こえる。


 俺も自分に使っておくか。


「――ブレス!」


 おぉ?


 俺の体が急に軽くなったような錯覚を覚えた。

 ゲーム内だと単なるステータス上昇だったが、異世界で使うとこうなるのか。

 どこぞのエナジードリングの売り文句を彷彿ほうふつとさせる効果だな。


「ユウ殿の魔法はすばらしい!! 翼が生えたようですな!!!」


 やめろ!

 何かはわからんが危ない気がする!




「いま戻った……これは!?」


 グラン・グリモアを持って地上に上がると、周囲の光景にギョッとした。

 俺たちのいた部屋が「部屋だったもの」になっていたからだ。


 部屋の壁と言わず天井も完全に吹き飛んでいる。


「いったい何を使ったらこうなるんだ」

「け、研究所が……創造魔法を収めたこの世界の叡智えいちが……」


 崩壊した部屋の中からは、もはや研究所全体が見えるようになっている。

 創造研究所のドームも半分吹き飛び、完全な廃墟はいきょになっていた。


「そうだ! ママやマウマウは……!?」


 俺の帰りを待っていたはずの彼らの姿がない。

 背筋がそっと寒くなった。


「まさか――」


 エネルケイアのやつらに一掃されてしまったのか?

 最悪な考えが俺の頭をよぎったその時だった。


「こっちまう!」


「……マウマウ!!」


 瓦礫がつくった影の中から、キラリときらめく2つの目が見えた。

 毛並みをほこりですすけさせたマウマウだ。

 他のみんなも瓦礫がれきの中に隠れていたらしい。


「こりゃ何だ。エネルケイアがやったのか?」


「そうみたいまう。いきなりドッカーンてしたまう!」


「奇襲をかけてきたのか……」


「耳がビリビリでぐわーんまうー」


「ユウ、心配してたんだよ。地下で生き埋めになってなくてよかった」


「あっちのほうが頑丈なのかもな」


「連中はいきなり魔法をぶっ放してきたよ」


「デカかったであります!」


 ママの言葉にライトもうなずく。


「エイドスのやりそうなことだ……後で瓦礫の中から掘り起こすつもりだろう」


 目の前のものを吹っ飛ばしてから考えるっていってたけど……。

 さすがに考えなさすぎじゃないだろうか。


「二度手間どころじゃなくない? お前らだって居るのに」


「2軍、3軍のメンバーはエイドス人間扱いされないんだ。今回のでわかったよ。もうエネルケイアはごめんだ」


「ライトさん。じゃあうちくる?」


「これを生き残れたら行こうかな」


「そうだな。なんとかやり過ごさないと……」


「おいユウ、連中がきたよ!」


「堂々たるお出ましだな……ッ!」


 瓦礫を押しのけ、エネルケイアの連中が創造研究所の中に入ってきた。連中の先頭を行くのは、青いマントを羽織った黒い甲冑の大男だ。


 俺は瓦礫がれきのすき間から男の様子をのぞく。


(あれは友だちにしたくないタイプだな)


 男は周りの連中を小突き、怒鳴りちらしている。

 王様か何かのつもりなのだろうか。ひと目でイヤな奴とわかる。


「ライト。あの青マントがエイドスか?」


「そうだ、よく気がついたな」


「一応、ね」


 あの青いマントは、褒章アイテムというものだ。


 クロス・ワールドの各拡張パックには、それぞれ最上位の高難易度コンテンツが用意されている。


 いわゆる「クリアできるもんならやってみろ」っていう開発からの挑戦だな。


 その高難易度コンテンツを世界最速でクリアすると、あのマントみたいな見た目装備が褒章としてもらえる。


 そんなものを装備できるヤツはそういない。

 エネルケイアのリーダーと見て、まず間違いないだろう。



「――ッ!」


 エネルケイアの連中は、寝ぼけまなこで目をこすっている少女を連れている。

 げ、あの子は――

 

「ここまで俺たちを荷馬車で連れてきたリリカじゃないか」


「クソ、あの子は俺がスタンクラウドで眠らせた子だ……」


「まさか、人質ってことか?」


 俺たちは瓦礫がれきの中からエネルケイアの様子をうかがう。

 するとエイドスがアゴをさすりながら周りを見渡しはじめた。

 

 それを見た俺たちは、頭をさっと地面に伏せた。

 屈辱的だが、少しでも見つからないようにしなくては。


「さーて……聞こえるかぁ~?」


「はい!」


「お前じゃない。隠れてるやつに言ってるんだ」


「そうなんですかー」


 リリカは意外と余裕だな。

 状況がわかってないだけかもしれないけど。


「さーて、隠れてるなら出てこい。掘り起こす人手がほしいし、お前らの荷物にも興味があるんだ。もし出てこないつもりなら――」


「みなさーん、出てきてくださ―い!」


「この小娘の首が引きちぎれるぞ!!」


「ぎょえぇーーーー!!!」



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