「グラン・グリモア」


「「グラン・グリモア?」」


「キューケンさん、全部の創造魔法がそれにあるって本当に?」


「左様。我々の創造魔法は、そこから抜き出したものなのです」


(何でそんな大事なことを黙ってたんだ……)

(まだ僕らを完全に信用していなかったんだろうね。はた迷惑な話だけど)

(しかしそんな物があるのに、なんでバナナだイチゴだなんて……)

(研究すべきものを間違えてるよね)


 だがチャンスだ。

 グラン・グリモアには全ての創造魔法が記されている。

 これが本当なら……ある可能性がある。


 俺たちがこの世界に創造されるのに使われた魔法。

 それがグラン。グリモアにっている可能性があるのだ。


 俺がママにこの事を耳打ちすると、彼もうなずいた。


(そうだね。グラン・グリモアは今回の事件を解く鍵になるはず)

(ああ。絶対に盗られちゃマズイ)

(エイドスに奪われたら何が起きるか……)

(少なくとも、楽しいことにはならないな)


「わかった。それを持ってここから逃げよう」


「とんずらまう!」

「逃げるであります!」


「ですが、まずはグラン・グリモアを取りに行かねば……」


「キューケンさん、それはどこに?」


「はい。こちらに……」


 キューケンは部屋のすみにあった巻物を収めた棚に近寄っていく。

 そして彼は棚の中の巻物を抜き取ると、その奥に手を突っ込んだ。


 すると、研究室の壁の一部が音を立てて下がりはじめる。

 壁がどいた先には、下に向かう階段が見えた。


「隠し通路か。トリオンさんといい、キューケンさんといい、隠し通路好きだな」


「他にもまだ何か仕掛けがありそうだね」


 俺達がいる研究室に、なぜキューケンが残ったのか。

 この隠し通路が理由か。


 いざとなったらグラン・グリモアを持ち出して逃げるつもりだったんだろうな。

 したたかというかなんというか。ともかく急いで回収しよう。

 

「ささ、こちらへ」


 階段の前で手招きするキューケン。

 この場はママたちに任せ、俺は彼と階段を降りはじめる。


 古びた石段が続く通路は証明も何もない。

 俺は魔法で明かりをつくり、それで前を照らし出した。


「私どもとしては……それ・・を使えながら創造魔法に興味を持つユウどのが不思議ですな」


「魔法としての理屈が違うんです。そこに興味をひかれまして」


 言われてみれば、確かにそうなんだよな……。


 俺たちの魔法も、火やら冷気やら出す部分は創造魔法と変わらない。


 なんでそれがあるのに創造魔法に興味もつの?

 そう言われると、ヒジョーに説明に困る。


 現実世界で魔法なんか使えません。これはゲームのスキルです。

 そんな説明はできないからな。


「ところでちょっと気になったんですが……」


「なんでしょう?」


「今ある創造魔法は、すべてグラン・グリモアから写し取ったんですよね」


「そうですな。」


「それひとつだけですか?」


「無論、古代人が生きた時代には、同じようなモノがいくつもあったかも知れませぬ。ですが、今見つかっているのは、あれひとつきりです。」


「グラン・グリモア……それを作った人が創造魔法の制作者ってことですよね」


「そういうことになりますな」


 すべての創造魔法が収められているグラン・グリモア。

 そして恐らくそれを記した人間はとっくの昔に死んでいる。


 となると……これを使えた人間は限られるな。

 キューケンさん。あるいは学者のうちの誰かってことになるはずだ。


「この隠し通路の存在を知っているのは?」


「それは……歴代の所長だけです」


「ではこの中に入れるの者は、キューケンさんの他にいない、と」


「ユウ殿、何をそんなに気にされているのです?」


「ある可能性を思いつきまして」


「可能性ですか?」


「えぇ……」


 あ。

 「俺たちが創造されたかも」っていうコトを言っちゃマズイか。


 それを言っちゃうと、トリオンさんに説明したときの説明と食い違う。

 キューケンさんは彼の書簡で、その事を知っている可能性がある。


 俺たちの説明だと、自分たちの力で異世界に来たってことになっている。

 その説明をひっくり返すと不信感が生まれそうだ。


 ここは……9割の真実に1割のウソ方式で行こう。

 うん、それがいい。


「この世界に俺たちが来たのか、その原因がわからないんです」


「どういうことです? あなた方は世界を渡る力すらもっているのでは?」


 トリオンさんの書簡には、やっぱりそこまで書いてたか。

 危ねぇ……説明が食い違う所だった。


「それが……転移魔法が意図的にゆがめられていたのです」


 うん。俺は何もウソを言っていない。

 クロス・ワールド内の転移魔法陣がおかしくなってたのは確かだからな。


「エネルケイアが本来選んだ転移先は、こことは違う世界でした。そして俺たちもそうです。この事件には、何者かの意志が働いている」


「なんですと?! ではユウ殿は……」


「グラン・グリモアを直接使った者がいたのでは? それを疑っています」


「つまりあなた方は……」


「創造魔法を使って『創造』された。そしてこれはある意味を持ちます」


 おお、なんかうまい具合に話がつながった感じになってるぞ!

 ほとんど口からでまかせだけど!!


「創造魔法がなぜ弱体化しだしたのか? 一体何が原因でそうなったのか。なぜあなた達と私たちで威力に差があるのか……」


 脂汗あぶらあせをうかべ、目を見開いて生唾なまつばを飲み込むキューケン。

 すんません。テキトーです……。


「創造魔法は何ひとつ『創造していない』。この世界だけでなく、宇宙に存在するもの全てを左から右に動かしているだけなんです」


「――では、本当に弱っているのは……!!!」


「人を含めた、この世界そのものかもしれません」


 壁により掛かり、胸を抑えるキューケン。

 適当にいっただけなのに思った以上のダメージを受けてる。

 あ、座り込んじゃった。

 大丈夫か? ちょっとフォローしとくか。


「なんたる……なんたることか!」


「落ち着いてください。今話した全てのことは仮説にすぎません。もっと本格的に調べないと。その調査のためにも、グラン・グリモアを失うわけにはいきません」


「……そうですな!! ユウどの、急ぎましょう!!」


 キューケンはそう言ってすっくと立ち上がる。

 だが石段を降りる足元は明らかにおぼつかない様子だ。


(大丈夫かなぁ……)


 息切れってステータス異常回復の魔法で治るんだろうか。

 そんな事を考えながら石の階段を降りつづけると、分厚い木の扉が現れた。


 扉の鍵穴にキューケンがカギを差し込んで回す。

 そのカギが棒みたいな太さだったのが、妙に俺の印象に残った。


 俺は体全体を使って重いドアを押し開ける。

 扉の向こうにあったのは、乾いた土に囲まれた納骨堂のような空間だった。


 部屋の中央に譜面台に似たゴツい書架がぽつんと置いてある。

 その書架の上には、古びた革表紙の分厚い本が安置されていた。


 あれがグラン・グリモアか?


 俺は書架の前に立って本を見る。


 案外普通の本だ。

 古代人の本というから石板か粘土板かと思ってた。


 赤茶けた表紙は古くなってはしが傷んでいる。

 だが本自体はしっかりしているな。

 ページは1000ページくらいあるだろうか?

 テーブルに置いたら、そのまま自立しそうな厚みだ。

 

「これがグラン・グリモアですか?」


「左様。正真正銘、これがグラングリモアです」


「よし、早速――」


 俺はグラングリモアを手に取った。

 その瞬間、ぐらりと大地全体が揺れた。


「クソ、もう来たか――ッ!」



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