作戦会議


 俺は再び異世界に戻った。

 マイさんから得たアイデアを、今すぐ皆に伝えないと。


 俺の感覚が異世界に同調する。

 周りを見回してみると、様子は出たときと変わらない。

 ほこりっぽい屋敷の一室だ。


「特に何事も起きて無さそう……か?」


 きっとママがメンバーの不安を抑えてくれているんだろう。

 しかし、それもいつまでつかわからない。

 はやく俺のアイデアを伝えに行かないと。


 っと、その前にちょっと準備をしないとな。

 俺は部屋の暖炉の中をのぞいてみる。

 きっとこの中にあるはず……。あった。


 俺は暖炉の中にあった「それ」を取り出す。

 そして近くにあったボロきれで包むと、床に叩きつけて粉々にした。


「後はと……お、ちょうど良いものがあるな」


 部屋の鏡台に乳液クリームがある。

 代用品になるが、これでなんとかなるだろう。


「よし、と」

 

 作業を済ませた俺は部屋を出て、母屋のダイニングルームに向かった。

 何かを相談するときは、いつもダイニングルームに集まるからだ。


 本来は食事をするスペースだが、あそこは会議をするのに都合がいい。

 部屋が大きくて沢山の人が入れるし、十分な数の椅子もテーブルもある。

 ほかの部屋だと、そこらへんが、ちょっと中途半端になる。

  

 俺は両開きのドアを引いて、ダイニングに入った。


 するとそこでは、デュナミスのメンバーと、エネルケイアの元メンバーがテーブルの左右に分かれて座っていた。


 今さっきケンカをしました、といった感じではない。

 しかしこの場には、緊張した雰囲気がどことなくただよっている。


 これはあまり良い傾向ではないな。

 俺は皆の前では、できるだけ明るく振る舞うことにした。


「みんな、今もどったよ」


「ユウ!」「待ってたであります!」

「お帰りまう!」


「やぁ。まずは外の世界の状況説明だ。それと、今後の解決策を話し合おう」


「ユウは解決策を思いついたのかい?」


「とりあえずはね。それよりはまず、外の状況を説明させてくれ」


 俺はテーブルにつき、マイさんから聞いたことを皆に説明することにした。


 エネルケイアの連中が何をして、これからどうなるか。


 この事件は放っておいても解決する可能性が高い。

 しかしそれは別の問題を生む、そういった要点だけを伝えた。


「……なり行きに任せるつもりはないのか」


 このまま事態を見守ってはどうか。

 意見を出したのはライトさんだ。


「もちろん、そうする事も考えました。ただのゲームプレイヤーにすぎない僕らが手を出すには、この問題はあまりにも大きい」


「ならなぜ放っておかない?」


「問題に一番近い位置にいるのは僕らですから。解決できるのは僕たちだけです」


「そうか……」


「それで、ユウが思いついた解決策って?」


「うん。これだ」


 俺はテーブルの上に布を置いて中身を広げた。

 布の中にはドロッとした黒い物体がある。


「これは……炭?」


 ママは長い狼の鼻を近づけてくんくんと嗅ぐ。

 それにつられてマウマウも鼻をすんすんと鳴らした。


「焦げ臭いまう!」


「暖炉に残っていた炭を拝借したんだ。自作の墨液ぼくえきってところかな」


 俺は布の上の炭をつまむ。

 墨液はどろっとしていて、さわると指が真っ黒になった。


「ここは食事の場です、手を真っ黒にしたら駄目であります!」


「あ……ごめんごめん。でも、ちょっとだけガマンしてね」


「ユウ、それで何を?」


「マウマウ、クリエイト・ウォーターを使ってくれ。小さめでいいから」


「了解まう!」


 マウマウがクリエイト・ウォーターを使って水球を出す。

 俺はその水の中に袋の中身をぶち撒けて、ついでに指を洗う。

 すると水球は真っ黒になって、最後に個別のボトルに別けられた。


「見事に真っ黒だね」

「適当に作った割には結構うまく行ったなー」


 ママはボトルを手にとってダイニングの照明にかかげる。

 ボトルは光を一切通さず、テーブルの上に黒い影を作った。


「うん。俺の思いついた解決策はこれだ。

 ――グラン・グリモアを墨塗りにして役立たずにする」


「でもそれって……!」


「もう『創造魔法』を解明することはできなくなる。それと元の世界……ゲームの世界だけど、クロス・ワールドに戻ることもできなくなるかも」


「きっと、この世界の人たちも怒るであります!」


「キューケンが知ったら、激怒じゃすまないだろうな……」


「さぞや怒るだろうね。でも、キューケンさんならまだいいよ。有力者のトリオンさんに知れると、僕たちは大変なことになるかもしれない」


「中世の魔女狩りみたいに、異世界人狩りが始まるかもね」


 ライトさんはゾッとするようなことをいう。

 その可能性も無いとはいえないんだよなぁ……。


「ユウ、僕にはこの方法があまり良い解決法には思えない」


「実は俺もママに同感だ。これは最後の手段になる。全てを無かったことにする、最後の手段だ。だからこそ脅しになる。エネルケイアと交渉するためのね」


「エネルケイアをおどかすまう?」


「そうだ。連中と交渉が成り立たないのは、力の差が大きいからだ」


「そうか。僕らとエネルケイアの間には、キャラクターの性能の差が大きい。だから僕らは彼らの言いなりになるしかなかったけど……」


「そうだ。これでようやく力の差が対等になるんだ」


「連中が一番やられたくないことをチラつかせる。そしてエネルケイアの連中と交渉のテーブルにつくわけだね」


「決裂したら、墨汁パーティの始まりだろうけどな」


「そうならないことを願うよ」


「この作戦の良いところは、全員が戦力になるってことだな」


 ライトさんの指摘に俺はうなずく。

 さすがエネルケイアのメンバーだけあって目ざといな。


「そうだ。クリエイト・ウォーターは創造魔法だから、クロス・ワールドのスキルや魔法と違って全員が使える」


「エイドスにとっては悪夢だろうな。どの相手も自分たちに対して致命的な一撃を繰り出せるとなっては……」


「こちらの交渉に応じるほか無いでしょう」


「だが交渉の機会を得て、何を交渉するつもりだ? 以前のリーダーに対して言うのもなんだが、エイドスはあまり話が通じる相手ではないぞ」


「かえって好都合かもしれません。俺もおしゃべりは得意な方じゃないんで」


「悪い冗談だな。それで何を考えている?」


「答えたらエイドスのアジトに案内してくれますか?」


「ああ。内容によるが」


「これは一見するとエイドスの目的を達成するようですが……実際はこちらの目的を達成するものです」


「なんだそれは?」


「それは――」


 俺はエイドスとの交渉で言おうとしていることをライトさんに告げる。

 すると彼は苦い顔をして笑った。


「なるほど。それは向こうも応じざるを得ないな」


「でしょう?」


「よしわかった。エイドスがアジトにしている場所を君に教えよう。そこはあるところにある、遺跡みたいなところでな……」



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