第44話 ずっと傍に
まだ頭も心も理解が追いついていなくて、ただヘラルドを呆然と眺めていることしかできなかった。少しして、クレツィオに声をかけられていたことに気付き、ヘラルドだけを映していた瞳をそちらに動かす。クレツィオの濃い緑色の目は潤んでいた。
「、ヨリ。僕は一度街に行ってくるよ。本部に、……ヘラルドさんのこと、伝えにいかないといけないから。できるだけ早く戻ってくるけど、ヘラルドさんのこと、見ておいてくれる?」
どうせわたしはここから動かない。行くところがない。
クレツィオの言葉に頷くと、彼は小屋から街へと出かけていった。
数時間後、クレツィオが小屋に戻ってきた。それから、あまり経たないうちに、数人が小屋を訪れてきた。働かない頭で警戒するけど、彼らの格好を見てそれを解く。
みんな機関のジャンパーを身に着けていたからだ。
「! これが、あの竜か……」
「本当に一緒に暮らしていたんだな……」
わたしの姿を見ては、驚いた表情をする面々。その光景をどこか他人事のように見ていたら、クレツィオから名前を呼ばれ虚ろな目で彼の方を見る。
「……ヘラルドさんが望んだお墓の場所、もう確保してあるんだ。一度、確認しに行かないか? ヘラルドさんのことは、彼らに任せておいて大丈夫だから」
(お墓……)
そう言えば、紙にまとめてクレツィオに渡していたっけ。なにが書いてあるのか見たかったけど、ヘラルドはなぜか頑なに見せてくれなかった。どんな場所にしたんだろうか。
(……いく)
「うん、よし、行こうか。……それじゃあ、行ってきます」
小屋の中にいた機関の人たちに一言告げて、外へと出てきたクレツィオを背中に乗せて、飛び立った。
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クレツィオの指示通りに飛び、数時間が経った。休憩を取ろうと提案されたけど、今は飛んでいる方が気が紛れてよかったから、休まずに飛び続けた。
少し空が明るくなってきて、ふっと潮の香りが鼻孔をくすぐり、先ほどまで暗闇だった世界が徐々に鮮明に見え始める。
(……ルメジャンだ)
ヘラルドが好きだと言っていた国。グラスネスから1日もかからないくらいの距離にあったんだ。
「ヨリ! あの場所、見える? あの上に、降りて!」
背中にいるクレツィオが、風でかき消えないように少し大きめの声で言う。あの場所、と指を差した場所へと降り立つ。ここが目的地なのだろうか。クレツィオがわたしから降りて、丘の端まで歩く。
「……海が見えて小高い、それと、ヨリがいられるくらい広い場所。それが、ヘラルドさんの希望だったんだ。どうだろう?」
周りを見回すと、海が見えた。ちょうど朝日が昇ってきており、海に反射してキラキラと光り輝いていた。
――まるで、地下で初めて会った時のヘラルドの瞳のように。
その瞬間、ようやくヘラルドがいなくなってしまったことを認識でき、一気に涙がたくさん溢れてきた。声は人間のそれではないけど、子どものようにわんわんと泣き続けた。そんなわたしの身体を、クレツィオはただ黙って隣で撫でていてくれた。
なんとか気持ちが落ち着いた頃には、太陽がほぼ真上に来ていた。泣き止んだわたしの様子を見て、クレツィオが小屋に戻ろうと話しかけてきた。
そうだ、早くヘラルドのいるところに、帰らなきゃ。
そう思って、ここに来る時よりも速いスピードで飛んで行った。
小屋に戻り窓から顔を入れると、中にいた機関の人が少しびっくりしていた。
(ただいま! ……っ)
おかえりは当たり前に返ってこなかった。わたしの言葉を分かる人は、もういなくなってしまったから。その事実にまた涙がこぼれ始める。あんなに泣いたのに、一生分涙を流したはずなのに。
「ヘラルドさんの遺体に……して……、で、大丈夫だと思う」
「分かりました。ありがとうございます、助かりました」
なにかは分からないけど、ヘラルドが傷まないようになにかをしてくれたらしい。その割には、先ほどと見た目は変わっていなくて、綺麗な顔で眠っていた。呼吸が荒くなった時は辛かったかもしれないけど、最期は痛みで苦しまないでよかった。そう思いながら、ヘラルドを見つめたまま泣き続けた。
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それから、機関の人たちとクレツィオは、グラスネスまでヘラルドを運び、本部で小規模な葬式のようなものを行った。
さすがにわたしは参加できなかったけど、その後のお墓に入れる儀式は傍で見られることになった。クレツィオが、お墓に入れる時はわたしのことを知っている人だけを呼ぶように提案してくれたらしい。
ルメジャンまでは人間の足だと、いくら近くとは言え時間がかかるから、魔法でヘラルドの遺体を管理しながら運ぶ。わたしに乗せてくれたら、すぐに着くのに。そう思っても、伝える手段はなにもなくて、ひとりで先にお墓の近くまで飛んで行った。
およそ3日後、一行がやってきた。
わたしはその姿を確認して彼らの元まで飛び、一緒に目的の場所まで向かった。
丘に到着して、ヘラルドが入った棺桶が一時的に地面に置かれる。
「ヨリ。最後にもう一度、ヘラルドさんの顔、見る?」
(さいご……うん、みる)
「っと。どうぞ」
クレツィオは棺桶の蓋を外し、他の人はわたしが見やすいように少し離れてくれた。
もう数日経ったのに、なにも変わっておらず、いつものヘラルドだった。その顔に、わたしの顔を擦り付ける。
――はは、ヨリ、どうしたの?
そんな声が聞こえてきてもおかしくないくらい、亡くなったとは思えないほど綺麗なままだった。
棺桶は閉じられ、ゆっくりとお墓の下に入れられていく。その光景を眺めながら、墓石がわたしの知っているものよりも遥かに大きいことに気付いた。クレツィオと見に行った時は、まだなにもなかったから、今初めて見て不思議に思った。
この世界の通常の大きさだろうか。そう考えていたのが、クレツィオに伝わったのか、小声で話しかけてきた。
「墓石の大きさ、気になってる感じ?」
(うん。あれ、やっぱり大きいんだ)
「あれも、ヘラルドさんの要望なんだ。――ヨリが触れやすいように、触れても壊れにくいものに、ってね」
(……、そっか)
そんなことまで考えていてくれたんだ。
ヘラルドはいつだって、わたしのことを一番に優先して考えてくれる。そういう人だった。
お墓での儀式が終わり、クレツィオ以外の人はもう帰っていった。
クレツィオも、ヘラルドに最後のお別れを言うために残ったのだろうか。そう思っていたら、わたしの方へと向き直った。
「しばらくしたら、ごはん、届けにくるよ。ヨリのことも、最期まで面倒を見てほしいっていうのも、ヘラルドさんの望みでね」
(そう、なんだ……、うん、分かった。ありがとう)
「それじゃあ、また」
そう言って、クレツィオは軽く手を振りながら、ルメジャンの街の方へと歩いていった。
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お墓の傍で身体を丸め、尻尾に顔を
またひとりになった。今度は縛られていなくて自由ではあるけど、ひとりは寂しい。ヘラルドと出会うまでは、そんなこと一度も思わなかったのに。迷惑をかけるくらいならひとりが、……むしろ、存在しない方が、いい。そう思っていたのに。
(ヘラルド……)
墓石に刻印されたヘラルド・アルヴァレスという文字を見つめる。
(――ううん、違ったね)
その文字のところに鼻先で軽く触れる。
(一緒、だったね)
ぬくもりを感じることはもうないけど、すぐ傍にヘラルドがいてくれている。そんな気がした。
『傍にいてくれて、ありがとう』は、わたしもだよ、ヘラルド――。
コバルトブルーの海は今日もキラキラと輝いていた。
◆◆◆
明日、エピローグをあげます。
最後までお付き合いいただけると、嬉しいです。
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