第42話 仲間で家族②

 ――翌日。


 久しぶりにマリトッツォが食べられると思ったら、いつもよりも早く目が覚めた。小屋を覗くと、ヘラルドはまだ寝ているようだった。

 窓を開けてすぐ傍にいきたいけど、起こすのは忍びないから少し待っていたら、すでに起きていたクレツィオと目が合った。こちらに近寄ってきて、窓を開けてくれた。


「おはよう、ヨリ」

(おはよう! 窓、開けてくれてありがとう)

「それは……ありがとう、か。窓のことかな。どういたしまして」


 クレツィオはにっこりと笑って言って、なにかの作業に戻っていった。わたしは、ヘラルドの寝顔を見つめることにした。


 少しして、ヘラルドが目を覚ました。今日の調子は良好そうだ。料理も問題なさそうでよかった。

 朝の挨拶を済ませたあと、クレツィオからマリトッツォ作りは昼前から始めると伝えられた。今が、9時前くらいだから、あと3時間くらい。待ちきれないといった感じに、お腹の音が鳴った。


「はは、ヨリ、お腹すいた?」

(い、今のは、ちが……くはないけどっ)

「朝ごはんにしましょうか」


 そう言って、クレツィオは朝ごはんの準備に取り掛かった。


 --------------------------------------------------------------------------------


 お昼になる少し前。


 クレツィオは、マリトッツォ作りに必要な器具と材料をテーブルの上に並べた。まずは、パンの部分の生地作りだ。少し力がいることもあり、ここはほとんどクレツィオに任せっきりだった。

 でも、なにも心配はない。ヘラルドが作ってくれていたごはんと遜色ないものを、ここのところ食べていたから、安心して見ていられた。

 ヘラルドも無理のない範囲で、ミルクや粉を加えるなど、生地作りを手伝っていた。


 それから、生地を成形するのも二人で行い、焼きの工程に入る。クレツィオは魔法を使って、オーブンの原理に近いものに火をつけた。街の店ではこれのもっと大きなものを使って、大量生産していると、以前にクレツィオが教えてくれた。

 一度火をつけてしまえば、あとは時間を計って、たまに焦げていないか覗く程度でいいらしい。


 一仕事終えたヘラルドとクレツィオがベッドのところまで戻ってきた。


(疲れた? 大丈夫?)

「大丈夫。なんなら、まだまだ動けるよ」


 ヘラルドはそう言って、いつだったかにわたしがやった翼を羽ばたかせる動作を真似した。あの時よりは、かなりゆっくりとしているけど、たしかにいつもりは元気そうだった。

 クレツィオの手助けがあったおかげで、それほど負担にならなかったらしい。よかった。ホッと胸をなで下ろした。


「……そういえば、このまり……というのは、どこの国のものなんですか?」

「マリトッツォ。言いにくいよね、俺も最初は難しかった。どこの国というか、ヨリが教えてくれてね」

「ヨリが?」

「そう。生クリームもヨリが教えてくれて、それを俺が商人に伝えて作ってもらったのが最初なんだ」


 ヘラルドの手がわたしの頬を撫でる。わたしは内心、ドキドキが止まらなかった。

 たしかにわたしが教えたけど、元々は前世のもので、考案したのも当たり前だけどわたしではない。


「竜が料理を考えるとは……不思議ですね」

「――言われてみると、たしかにそうだね。深く考えたことなかったけど、不思議といえば不思議だ」


 ヘラルドとクレツィオの視線がわたしに刺さる。なにか言わなければ。でも、前世のことなんて言っても、信じてもらえないだろうし……。

 そう考えていたら、ヘラルドが言葉を続けた。


「ヨリはずっと甘い物が食べたいと願っていたから、どこかで人が食べているのを見ていたのかもしれないね」

「とは言え、生クリームという代物を考え出したのはすごいですよ。シュクーカの脂肪分なんて、誰も気にしてなかったのに」

(、……)


 わたしの功績ではないことで褒められて、罪悪感から思わず二人から目を背ける。そんなわたしに気付かず、ヘラルドは過去にわたしが教えたものについても鼻高々に語り始めた。


「ヨリは他にも、ドーナツっていうのと、マカロンっていうのも知っていてね」

「どーなつ、まかろん……それも初めて聞きましたね」

「どっちも本当に美味しいんだ。ドーナツは――」


 もうそれ以上は本当に罪悪感に耐えきれなくなる。そう思っていたら、タイミングよくタイマーが鳴った。パンが焼けた合図だ。


「あ、時間ですね。見てきます」


 クレツィオは椅子から立ち上がり、台所へと向かった。

 焼きたてのパンにクリームを入れるのは難しいから、パンを冷ましている間に、クレツィオが魔法で生クリームをかき混ぜ、少し固めのホイップを作る。

 パンとホイップと、トッピングに必要なものを持って、クレツィオが戻ってくる。


「――で、これに切り込みを入れるんですよね。真ん中から……」

「そうそう。最後まで切らないで、一部は繋げたままで……」


 マリトッツォ初心者のクレツィオが、ヘラルドに教えてもらいながらおそるおそる作っていく。

 年齢的には少し違うかもしれないけど、まるで祖父と孫のようだと、二人を見ながら思った。思っているだけのはずだった。


(家族みたい……)

「……そうだ。クレツィオ、この辺りにあれはあったかな? ほら、木の実で、緑色の……」

「緑――ゼグールですか? レフベスなどを探していた時に、いくらかありましたが」

「それ、すぐに取りにいける?」

「もちろんです。行ってきますね」


 クレツィオは、持っていたパンやクリームなどを一旦テーブルに置いて、外へと出て行った。

 なにがなんだか分かってないのは、わたしだけなのだろうか。脳内にたくさんの疑問符を浮かべていたら、程なくしてクレツィオが帰ってきた。その手には、緑色でレフベスよりも少し大きい透明感のある実がいくらかあった。

 あれが、ぜぐーると呼ばれていたものだろうか。どんな味がするのだろうか。そうまじまじと見ていたら、ヘラルドがわたしに問いかけてきた。


「食べてみる?」

(! うん!)

「え、でも、これ……」


 クレツィオが少し困ったようにわたしとヘラルドを交互に見ていたら、ヘラルドは口の前に人差し指を立てる仕草をした。クレツィオはなにかを察したように、わたしの口元にぜぐーるを運んでくれる。二人のやり取りを不思議に思いながら、口の中に入れると、強烈な酸味が襲った。


(んー!!)


 尻尾が天にピンと伸びた感覚がする。なにこの味……!

 レフベスもたまに酸味が強いものがあるけど、このぜぐーるはそれを遥かに超えていた。酸っぱいレフベスなんてかわいいものと思えるくらい。


「それ、酸っぱいでしょ」

(酸っぱいよ!)


 悪戯そうな顔でヘラルドが言うので、思わず少し怒りがこもってしまった。

 わたしが食べたいとは言ったけど、事前に酸っぱいと言ってくれれば、心の準備ができたのに。


「生クリームと一緒なら、そのままでも食べられるかと思ってね。クレツィオ、クリーム詰めたの、貸してくれる? あと、木の実も」

「はい」

「ゼグールをここにつけて……あとは、いつものふたつを作って……よし、できあがり」

「……これ、なんですか?」


 マリトッツォの完成には間違いないけど、あのぜぐーるで作ったのはなんだろう。考えながら辺りを見回していると、クレツィオと目が合った。


(あ!)

「これがヨリで、こっちは俺。それから、このゼグールのは、クレツィオ」

(うん、そっくり!)

「これが、僕、ですか……ふたりの仲間に、入れてもらっていいんですか?」


 少し申し訳なさそうに言うクレツィオに、もちろんと、わたしとヘラルドの声が合わさった。


「さっきヨリが、俺とクレツィオのこと家族みたいって言ってたから、思いついてね」

「家族……ですか」

(わたしにとっては、お兄ちゃんみたいだし!)

「……百歳以上年上の竜に、お兄ちゃんって呼ばれるの、いいですね……」


 ヘラルドがわたしの言ったことをクレツィオに伝えると、頬を緩ませて嬉しそうに言った。

 すると、先ほどまでの和やかな雰囲気から一変して、ヘラルドは怖い笑顔になった。


「ヨリは、俺の大事なひとだからね。分かってるよね、クレツィオ?」

「はは、分かってますよ。冗談です」


 クレツィオがへらりと笑いながら言った。ヘラルドも、クレツィオにそんな気がないことは分かっているはずなのに。心配性だなぁと、思いながら、二人のやり取りを眺めていた。


 その後も、何個かマリトッツォを作って食べ、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る