第41話 仲間で家族①
その夜、クレツィオが買い出しから戻ってきた。食材を一旦小屋のテーブルの上に置き、ヘラルドの様子を見る。なにも問題がなかったことを確認してから、食材を片付け始めた。
わたしとヘラルドはその背中を見つめる。日中に話したことをクレツィオにも相談するために、そのタイミングを窺っているからだ。
「……よし。それじゃあ、夜ご――って、ふたりしてどうしたんですか?」
「ああ、見つめてしまってごめん。夜ごはんの前に、少し話いいかな?」
「話、ですか。なんですか?」
クレツィオは保管庫からヘラルドが寝ているベッドまで近寄ってきて、ベッド脇に置いてある椅子に腰かける。
わたしは、この場所から離れたい気持ちを抑えて、顔を小屋の中に入れたまま、二人の会話を聞いた。何度もヘラルドが死を覚悟していることを聞きたくなかったけど、苦しんだうえに誰にも見つけてもらえないままなのは嫌だったから、涙をこらえながら耳を傾けた。
「――ということなんだけど、どうかな? もちろん、クレツィオがそこまではできないって思うなら、遠慮せずに言ってくれて構わない」
「……少し、心外ですね」
「え? それは、どういう――」
「ヘラルドさんには、僕がそういう薄情な男に見えているのかと思うと、ってことです」
ヘラルドが話している最中はずっと俯いていたクレツィオは、顔を上げて口角を思いっきりあげて言った。彼の濃い緑色の目がほんのりと潤んでいるような気がした。
「僕はヘラルドさんの考えに感銘を受けたから、機関に入ったんです。むしろ、そんな大切な役割、僕でいいのか、という思いはあります」
「クレツィオだからいいんだよ。ヨリとも気が合うみたいだしね」
(! うん、クレツィオにお願いしたいの!)
「そうですか……。そう言ってもらえるのは、とても嬉しいし光栄です。引き受けさせてください」
クレツィオはヘラルドの前に手を差し出す。ヘラルドはそれに応えて握手を交わした。
椅子から立ち上がり、わたしの元に来て軽く頬を撫でてくれる。わたしにも挨拶をしてくれたのだろうか。撫で終わったあと、また椅子に座り直した。
「次の買い出しの時にでも、機関に伝えておきますね」
「ああ、頼む。本当にありがとう、クレツィオ」
「……こちらこそ、ありがとうございます。それで、もしなにか希望があれば言ってください」
(希望?)
「場所やお墓、それに葬儀も。たくさんすることはあるからね」
(……っ)
さっきは我慢できたのに、気を抜いていたからかヘラルドの言葉に思わず涙がこぼれる。ヘラルドは、そんなわたしを見て柔らかく微笑んでから、また涙を拭ってくれた。
「……クレツィオ。諸々の希望については、後で書いて渡すよ。まとまっている方が見やすいと思うし」
「分かりました。次の外出の時までに渡してもらえれば、大丈夫ですので」
そう言って椅子から立ち上がり、台所の方へと向かい夜ごはんの準備を始めた。
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――数日後。
今日はクレツィオが買い出しに行く日だ。街に出向く準備をしていると、なにかを思い出したかのように「あ」と、小さく漏らした。
「そういえば、何か食べたいものありますか?」
「食べたいもの?」
「はい。いつも特に聞くことなく、僕の独断で買っていたので、ふたりが食べたいものがあったら買ってこようかなと」
たしかにクレツィオが買ってくるものは、ヘラルドと旅をしていた時とは違い、どこか健康に気を遣ったものが多かった。野菜を中心に消化のいいものばかりで、もちろん甘いものもない。だから、わたしには少し物足りなかった。でも、きっとヘラルドのことを考えて買っているだろうから、要望を出すことはなかった。
「俺は、なんでも……ヨリは?」
(わたし? えっと……あ! 久しぶりに生クリーム食べたい!)
「そういえば、俺が倒れてから食べてなかったね。生クリーム」
「生クリーム? ヘラルドさん、甘い物好きなんですか?」
「いや、俺じゃなくてヨリがね」
ヘラルドの指がわたしの鼻先に触れる。柔らかくゆっくりと撫でられ、少しくすぐったいけど気持ちよくて目を細める。その様子を見てクレツィオは「そうですか」と、微笑みながら言った。
「――ああ、そうだ」
(どうかしたの?)
「せっかくだから、久しぶりになにか作ろうか」
「え、ですが――」
(そうだよ! 立ってるの辛いでしょ?)
もうほとんどずっと寝たきりの状態だった。立って歩くのは、トイレや必要な時くらい。それでも調子が優れないこともあり、そういう時はクレツィオの介助が不可欠だった。
だから、ずっと立ちっぱなしの料理なんて、ヘラルドの負担にしかならない。もちろん、彼の、料理をしたいという意欲を蔑ろにはしたくないけど、それでまた体調を崩していたら本末転倒だ。
「少しの間なら、大丈夫だよ。それに、クレツィオに手伝ってもらえれば……」
「ヘラルドさんがしたいことなら、なんでも手伝いますよ」
「ありがとう、助かるよ。――それで、ヨリは何がいい?」
(わたしが決めて、いいの?)
「ヨリのために作りたいからね」
(……えへへ、そっか。んー……)
今までヘラルドが作ってくれたもので、できれば生クリームを使ったスイーツがいい。それに、最も重要なのは、一番ヘラルドの身体に負担がかからないもの。付きっきりにならなくて、焼いたら放っておける……そうだ!
(マリトッツォがいい!)
マリトッツォなら、生地作りはクレツィオに手伝ってもらえば、すぐに終わるだろうし、焼きに入れば放置でいい。あとは、切り込みを入れてホイップを詰めるだけ。この工程は、ベッドの上でもできる。ヘラルドが食べられるかどうかは分からないけど、無理そうだったらわたしが食べればいい。
「マリトッツォか……。それなら、レフベスとかも用意しようか」
(うん! あの、青い実も!)
「ふふ、そうだね。また、俺とヨリが作れる」
「あのー、その、まり……ってなんですか?」
クレツィオは、小さく片手をあげて遠慮がちに聞いてきた。
それに対してヘラルドが、マリトッツォがどのようなものであるかを説明していた。わたしができればよかったんだけど、さすがにそこまではジェスチャーで伝えられないから。
「なるほど……美味しそうですね。実は、僕も生クリームが好きなんで、たくさん買ってきますね」
そう言って、クレツィオはわたしと目を合わせ、軽くウインクをした。それを見たヘラルドがわたしの目に手を
(ヘラルド?)
「あー……いや、ごめん。なんというか……」
(? とりあえず――)
「っ! はは、……かわいい」
なんの手なのか分からなかったから、その手に頭を擦り付けてみた。ヘラルドは一瞬驚いたあと、手を引っ込めて俯いてなにか小声で言っていたけど、聞き取れなかった。
「……いつもいつも、イチャイチャしてますね」
(イチャっ!?)
「ヨリは、俺の大事なひとだからね」
「ごちそうさまです。……あ、買い出しは今から行ったら夜になるので、作るのは明日でもいいですか?」
「ああ、それで構わないよ。ありがとう」
わたしが頷いたのも確認したクレツィオは、街へと出かけて行った。
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