第39話 暗くなる眼前②
「――これで、大丈夫でしょう」
小屋の窓を全開にして顔を中に入れて、医者の診療をずっと目で追っていたら、医者はわたしと、一緒にいる彼の方に向き直って言った。
大丈夫ってことは、ヘラルドは、もう元気ってこと……?
そう安堵していると、隣にいる彼が口を開いた。
「先生。ヘラルドさんの容体は……」
「風邪を引いていたようですね。それから少し肺に炎症も」
(肺炎!?)
一度力が抜けていたから、病名を告げた医者に思わず叫んでしまった。聞こえていないはずだけど、医者はわたしの不安そうな表情を読み取ったのか言葉を続けた。
「命に別条はないです。……ただ、年齢が年齢なので、一応しっかり見ていてください」
「分かりました。先生、こんな遠くまでありがとうございました」
「いえいえ。こちらも、貴重な経験をさせてもらったし」
「……ここに小屋があることと竜がいることは機関の上層部しか知りません。ですので――」
「もちろん、他言しませんよ。……竜に乗ったことがあるってことくらいはいいかな?」
医者はそう言って、わたしの方を見てくる。竜に乗ったと誰かに言ったところで、わたしとヘラルドのことを知られるわけではないだろうから、頷いて大丈夫だと意思表示をする。医者は「やった」と小声で嬉しそうに言った。グラスネスには王様をはじめ、竜という種族を好きな人だ多いようだ。
「僕がヘラルドさんのことを見ておくから、先生を街に送ってくれる?」
(分かった!)
小屋から出てきた医者を街まで送っていき、去り際に感謝を込めて頭を下げた。それに医者は片手を軽く上げて、街へと消えていった。
わたしはすぐにヘラルドのところへと戻り、小屋の窓に頭を突っ込む。
「早かったね。薬が効いてきたのか、熱は少し下がったよ」
(そっか、よかった……)
「それで、僕は一度街に戻って食料を買いに行ってくるよ。ヘラルドさんのも、君のも、必要だろうから」
そう言って彼はベッド脇の椅子から立ち上がり、小屋の外へと出ていく。熱が下がっているならひとまずは大丈夫だろうし、わたしが飛んで行った方が早いから、身体を低くして待っていたけど、彼は乗って来なかった。
「その体勢は乗っていいよ、だよね? 歩いていくから問題ないよ。それよりもヘラルドさんのことをしっかり見ていて」
(でも……ううん、ありがとう)
「伝わったみたい……? じゃあ、行ってくるね」
彼は、わたしの身体をぽんぽんと優しく触ってから街へと行った。
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数時間後、彼はたくさんの食料を抱えて戻ってきた。普通に歩いて行ったら往復で半日くらいはかかるはずだけど、それよりも遥かに早く帰ってきた。
魔法なのか、ただ単に足が早く体力がかなりある人なのか。理由は分からないけど、早くて有難かった。もし、万が一、その間にヘラルドになにかあったら、わたしにはなにもできないから。
「保管庫は……ここか。君の分も入れといていいのかな」
(うん、ありがとう!)
「……よさそうだね。さて、片付けるか」
買ってきた大量の食料を、いつも入れてあるところにてきぱきとしまっていく。その手際の良さで、あれだけあった食料がもうなくなるといったところで、彼は「あっ」となにか思い出したように発した。なにか買い忘れでもしたのだろうか。首を傾げていると、彼は最後の食料を保管庫に入れてから、わたしの元へと近寄ってきた。
「そういえば、僕の名前、言ってなかったね。僕は、クレツィオ・ザガローナ。よろしく」
彼は言いながら、わたしの長い首を撫でる。握手的な意味合いなのだろう。
わたしも頭を軽く下げて、それに応答する。
「しばらくは、僕がここでヘラルドさんのこと、看病するから安心して。本部にも言ってきたから」
(! あ、ありがとう!)
わたしだけだったらヘラルドのことを見ているのは難しかったから、クレツィオがいてくれてよかった。そのことについてはひとまず安心できた。
でも、命に別条はないって言っていたけど、もしもがあったら。……このまま、ヘラルドがいなくなってしまったら。
そう考えたら、気が気でなくなり、その日は一睡もできなかった。
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