第38話 暗くなる眼前①

 それからも機関は世界中の竜の群れに見張りの設置を進め、ヘラルドが70歳になる前に観測されていたすべての竜の群れに置くことができた。このことから、年齢のこともあり、ヘラルドは機関の代表を退くことになった。

 しばらくは部下たちに止められて、なかなか辞められなかったけど、70歳を超えたことで部下たちもさすがに折れてくれた。


 次の代表にはその部下のひとりを任命した。最後の我が儘にと、新代表はヘラルドの機関のユニフォームであるジャンパーを、自分のと交換してくれないかと言ったらしい。ヘラルドのように立派な人になりたいから、と。

 ヘラルドは、そんなことをしなくても立派なのになって笑って言っていた。


 機関の代表ではなくなったけど、ヘラルドは機関に所属したままで、変わらずに世界を奔走して適切に運営されているかなど、現地調査を行っていた。

 でも、代表ではなくなったからか忙しさは減り、以前よりは小屋に来てくれる時間も増えた。それに、遠出する時はたまに一緒に飛んで行った。


 そんなある日。

 ヘラルドは今日も小屋に来てくれた。……のはいいんだけど、どこか様子がおかしい。わたしが呼びかけても、気が付いてないのか返事もないし、目も虚ろでこちらを見ていなかった。


(ヘラルド……? どうし――! ヘラルド!?)


 どうしたのかと聞こうとしたその時、ヘラルドがわたしの方へと倒れてきた。充電だとか言ってよくこういうことをされていたけど、今日のはどう見ても違う。明らかに意識を失って倒れている。


(な、え? ヘラルド!? ど、どうしよ……っ)


 呼吸はしているみたいだけど苦しそうだし、わたしのこの身体だと小屋の中のベッドに運ぶことはできない。あの大きな窓も、ヘラルドが開けてくれるから通れているだけなのに。

 ヘラルドの身体がどういう状況か分からない今、わたしにできることは人を呼びに行くことだけだった。

 グラスネスの街の方へと飛んでいき、辺りを見回す。誰か、誰かいないの……?


(あっ! あの服、もしかして……)


 視界に入ったのは、ヘラルドがいつも着ているのと同じジャンパーを着た人だった。機関の関係者だ。急いでそこに向かい、彼の目の前で降り立つ。びっくりしているようだったけど、一刻を争う状況だから今は許してもらおう。


「うわっ! 竜……? って、あれ? この竜、ヘラルドさんのところの……」

(あ、あの、助けてほしいんです! ヘラルドがっ!)

「どうしたんだろう。ヘラルドさんは、小屋に行くって言っていたはず」

(そう! 小屋で、倒れて……!)


 機関の人は、うーん、と考えているようだった。わたしがなにか伝えたいことだけは分かってくれているみたいだけど、早くしないといけないのに。


「……もしかして、ヘラルドさんになにかあった?」

(! うん、うん!)

「おお、めっちゃ頷いてる。僕、小屋に行けばいい?」


 その言葉に何度も頷いて、彼に背中を向けて身体を低くする。わたしに乗ってほしい意志がどうにか伝わったようで、彼はおそるおそる背中に乗った。それを確認して、超特急で小屋へと向かった。


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「これが噂の小屋かぁ。――って、あれ、ヘラルドさん?」


 背中に乗せた機関に所属している人は、まだ空に飛んでいる状態でヘラルドを見つける。早く降り立ちたいけど、ヘラルドに衝撃がいかないように、少し離れてゆっくりと地面に足をつける。


「なんでこんなところで寝て……いや、これ、もしかして、倒れた?」

(うん、だから、早く確認して……!)

「ヘラルドさん、聞こえますか? ……意識失ってるっぽいな。熱もあるし……」

(えっ!? ど、どうしよう!)


 おろおろすることしかできなかったわたしとは違い、彼はすぐにヘラルドを小屋のベッドへと運んだ。それから、小屋から出てきて、わたしにこれから何をするかを伝えてきた。


「すぐに医者を呼びに行きたいから、また街まで乗せて行ってくれる?」

(もちろん、早く早く……っ)


 彼をもう一度背中に乗せて、また街へと向かった。

 さすがは大国のグラスネスと言ったところだろうか。街の外へと頻繁に人が行き交っている。誰かにこの状況を見られるかもしれない。

 でも、今はそんなことを言っている場合ではない。背中の彼もきっと分かってくれるだろう。


「じゃあ、呼んでくるから、ここで待ってて」


 彼の言葉に頷くと、街の方へと早足で駆けて行った。

 少しして、彼が医者と思われる人を連れて戻ってきた。その医者は、わたしの姿を見て驚いていた。


「君、二人乗せられる?」

(うん、大丈夫!)

「……大丈夫そうだね。先生、乗ってください」

「竜に!? まさか生きているうちにこんな経験ができるとは……」


 そう言って、医者は恐々こわごわと、だけど少しワクワクした様子でわたしの背中に乗った。その後ろに機関の人が乗り、それを確認してからまた小屋へと向かった。

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