第37話 成就②
地下への階段を降りている最中、ずっと竜の怯える声が聞こえていた。またあれをされる、とか、もう痛いのは嫌だ、とか。聞いていたくなかった。でも、今その声を聞くことができるのは俺だけだから。
「……本当にいた……」
「私も知ってはいましたが、見たのは初めてです。まさか、このような……」
竜の翼と足には枷がついており、そこから鎖が石の壁まで続いていた。竜が暴れないように縛り付けていた。ランドルフ家にいた竜も、鱗がより高価なメスだった。こんな光景、二度も見たくなかった。
竜の怖がる目が俺を捉える。心が苦しくなり、彼女の身体に触れると、ビクッと跳ねた。
(な、に……)
「ドラゴンさん、もう大丈夫」
(だれ……? いつものひとじゃ、ない……)
「鎖を外していただけますか?」
「、分かっていますよ。いちいち言われなくても」
チッと小さく舌打ちをして、数人の使用人と竜に繋がっていた鎖を外していく。竜はその間、ずっと困惑していたが、ゆっくり身体を撫でて落ち着かせるように言い聞かせた。鎖が外れた瞬間に、暴れられたら大事になってしまうから。
「助けに来たから、そのまま動かないで待ってくれる?」
(たすけ? なにするの……)
「君をここから解放するから。暴れたら君も怪我をするからね」
(かいほう、けが……このひとのこと、しんじても……)
「信じてほしい」
(!? なんで、つたわって……)
久しぶりに見た反応に、思わずくすりと笑う。ヨリを助けた時もこんな感じだったな。
そうしているうちに、最後の鎖がジャラリと音を立てて地面に落ちる。もう彼女を縛り付けるものは何もない。
「さて、ヘラルドさん。これからなんですが……」
「そうですよね。この大きさ、屋敷を壊さずに出る方法がなかなか――」
「ありますよ」
ヨリの時は、実家を倒壊させたから何も考えずに外に出られたが、このランドルフ家の屋敷はできる限り壊したくない。犯罪者とは言え、路頭に迷わせたいわけではない。どうするべきかと思っていたら、大臣が俺たちの会話に割り込んできた。
「え?」
「ですよね、伯爵?」
「……、この奥、扉になっていて、通路があります」
「通路?」
「砂漠へと通じています」
当主が指し示す方に目を凝らすと、たしかに大きな扉のようなものがあった。それも竜が通れるくらいの大きな扉。砂漠に通じているなら、街の外まで出られる。どうしてこんなものがあるのか。そう当主に尋ねたら、聞くに堪えない答えが返ってきた。
「……竜を運搬するため、です」
「っ!」
「御当主、何を仰っているか分かっておいでですか」
「っ俺が作ったんじゃねえよ! じい様が!」
「この鎖はいつでも外すことができた。この扉もいつでも開くことができた。それでも、捕らえたままだったのは、貴殿の意志で、私欲で!」
俺の代わりにグラスネスの人が力の限り怒ってくれた。
人を投獄したいわけではない。それは、父とサルヴィオのことがあったからというのもあるが、ヨリの誰も傷付けたくないという思いからだ。当主だけでなく使用人も投獄される。そうなると、彼らの家族はきっとサルヴィオのような境遇になるだろう。極刑となれば心を痛める者もいるだろう。
ヨリは、身体的にも、精神的にも、誰のことも傷付けたくないと思っている。その気持ちは俺も同じでありたい。
でも、今回ばかりは、その気持ちが揺らいでしまいかねない程の、悪行だった。
「大臣! 御当主は極刑で――」
「もういいです!」
「っヘラルドさんは許せるんですか!?」
「……俺は、竜を助けたい。それだけです。……だから、もうこんなところ、早く出ましょう」
虫唾が走る。その言葉は飲み込んだ。誰かを憎んでも意味はないと知っているから。
それに、今は、早くヨリに会いたい。
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大臣には、ランドルフ家にもう竜を捕獲しないという署名をさせてほしいとお願いしてから、扉の前で別れた。その時に、大臣は、この悪行をずっとやめさせたかったが、できなかったことを教えてくれた。別れ際にありがとうと言った大臣に、頭を下げた。
(つぎは、このひとたち……いやだ……っ)
「違うよ、ドラゴンさん。もう君は自由なんだ」
(じゆう、ほんと……?)
「本当だよ。もっと早く助けたかった。ごめんね」
彼女の痛々しい痕跡に目を背けたくなるが、真っ直ぐと彼女を見据えて言うと、ずっと強張っていた表情が少し和らいだ気がした。
長い通路を歩き続けていると、光が微かに差し込んでいるのが見え、出口に到着した。扉をゆっくりと開けると、当主の言っていた通りに砂漠に出た。
俺たちが先に外へ出るが、竜はなかなか出てこなかった。外が怖いのだろうか。それとも、まだ信用されていない、とか。
「――ドラゴンさん」
(なに……?)
「もう君を脅かすものは、何もない。さあ、どこにでも行けるよ」
(……っうん、わかった……っ)
竜はそう言うと、通路から一気に空へと飛び立った。縛られていたのが、飛行に影響がなくてよかった。
(あり、がとうっ!)
傾き始めていた太陽の光が彼女の目に少し反射して、眩しかった。
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いつヘラルドが戻ってくるのかとソワソワしていると、遠い彼方で竜が飛んでいるのが見えた。先ほどまでは飛んでいなかったから、もしかしたらあれがヒベルタウの地下にいた竜かもしれない。
予想が当たっていれば、全部終わったのだろうか。もう太陽も落ちてきているし、戻ってくるのは明日になるかな。そんなことを考えていたら、緊張の糸が切れたのかいつの間にか眠っていた。
目が覚めると、辺りはすっかり真っ暗になっていた。寝るつもりはなかったのに、思ったより寝てしまった。そう欠伸をしていると、暗闇の中でぼうっと光る灯りが見えた。あれは――。
(ヘラルドの火だ!)
街の方角からこんな場所に来るのは、ヘラルドくらいしかいない。わたしの方からも近付いていきたいけど、その気持ちを抑えて待っていたら、ヘラルドが明るい表情で戻ってきた。その顔を見て、作戦は成功したんだと思った。
「ヨリ、ただいま」
(おかえり! どう、だった……?)
「ああ。全部、うまくいったよ」
そう言って、ヘラルドはランドルフ家であったことをすべて話してくれた。
耳を塞ぎたくなるほどの惨状だった。でも、だからこそ。
(っよかったぁ……、やっと、助けられた……っ)
長い年月はかかってしまったけど、助けたいという願いが叶った。もうあの竜は苦しまなくていいんだと思うと、涙が次々に溢れてくる。
ヘラルドはその涙を拭って、わたしの首に抱き着いてきた。
「本当によかった。ずっと心にあったトゲが、ようやく、抜けた気分だよ……っ」
首に回っていた腕に力が込められる。
ヘラルドの声が少し震えていたことには気が付かないフリをした。
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