第36話 成就①
数年後、最初はグラスネスだけだった監視施設が徐々に増えていって、中規模以上の竜の群れにはほとんど建てられて人員も配備できるようになった。そのことが、竜を捕まえたり違法に鱗を取ったりすることの抑止力になっているかは分からないけど、少なくともこの計画のために世界を巡っている時に、竜の助けを求めるような声を聞くことはなかったとヘラルドは言っていた。
残りの小さな群れにも施設を建てなければならない。まだまだヘラルドは忙しそうにしていた。
そんなある日。
木の隙間から人影が駆け寄ってくるのが見えた。ヘラルドだと思うけど、走ってくるなんて珍しい。
「ヨリ!」
(ど、どうしたの? そんなに急いで……)
そう問いかけると、ヘラルドは一旦息を整えて、力強く顔をあげた。
「助けに行こう!」
(え、なに……もしかして――)
「そう、ヒベルタウへ行こう」
端的に告げられた言葉に頭をひねらせたけど、すぐにその答えが思い浮かび、当たっていた。竜を助けたいという長年の思いのきっかけになった、あの出来事。いつかは助けに行くとふたりで決めていたけど、こんな急に決まると思っていなかった。
(あ、でも、ヒベルタウは計画に賛同してないから、国を相手にするのって無理なんじゃ……? 国王も加担してたって言ってたよね)
「グラスネスが協力してくれたんだ」
(グラスネスが?)
わたしがそう聞くと、ヘラルドは「ああ」と頷いて事の経緯を話してくれた。
ヘラルドは機関を設立する時にグラスネスの王に謁見して、ヒベルタウのことを話したらしい。そうしたら、王はひどく怒って悲しんで、ヒベルタウの竜を助けるということにも協力してくれることになった。ヘラルドと同じく竜のことが好きだったから。
それから、策略を練って、ずいぶんと時間はかかったけど交渉にまでこぎ着けた。その交渉がつい先日行われ、見事にヒベルタウの王にランドルフ家の地下に竜がいることを公式に白状させたらしい。そのことを使いの者が機関の本部に戻ってきて伝えてくれた。それが昨日のこと。
まだ王に白状させただけで、竜は助けられていない。これからヘラルドがヒベルタウに行って、交渉した人と共にランドルフ家に突撃し、地下の竜を助けるということらしい。
「だから、ヨリ。一緒に行こう」
(……うん!)
旅の準備をすでに済ませてきたヘラルドを背中に乗せて、あの砂漠地帯に向けて飛び立った。
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「ヘラルドさん、こちらです!」
ヨリと別れてヒベルタウの中心街へと入ると、すぐのところにグラスネスの人がいた。使いの者に即日出発するようにと伝えていたとは言え、ヨリで飛んで行っても何日かかかってしまった。逆算していたかもしれないが、数日はこのように俺のことを待っていてくれたのだろう。彼の時間をたくさん使ってしまった。そう伝えると、「それが私の使命ですから」と笑って言った。
「ああ、それと、ランドルフ家に行く前に、一度王宮に行きましょう」
「もう交渉は終わらせているんですよね?」
「はい。従者を連れて行くことで、ランドルフ家に誤魔化されたり反撃されたりしないようにします」
「なるほど……。では、行きましょう」
王宮へと向かい、王の右腕である大臣がその役目に買って出て、三人でランドルフ家に行き、大きな扉を数回叩いた。
「はい、どちら様――」
「当主はいらっしゃいますか?」
「……どのような御用でしょうか?」
「地下に竜を捕らえていることについてです」
そう告げると、使用人は一瞬目を見張ったあと、また元のこちらを訝しむような顔に戻った。敵意の視線が加わって。
「なんのことだか分かりませんが……」
「大臣」
「、はい。……王の御命令だ。今すぐ、当主を呼んで彼らを地下に案内しなさい」
「! 王の……? しかし――」
使用人は、俺たちと大臣の顔を交互に見る。得体の知れない俺たちに、竜を捕まえているという重罪を発覚されてもいいのかどうかと、渋っているようだった。
だが、顔馴染みの大臣が王の命令だという嘘をつくとは思えなかったのか、屋敷の中に入れてくれた。40年ほど前はどれだけ頑張っても入ることができなかった。
やっと、叶うんだ。
「こちらでお待ちください」
使用人はそう言って、屋敷の奥へと当主を呼びに行った。
それほど待たないうちに、使用人が当主と思しき人と共に戻ってきた。あの時の当主よりも若く、爽やかそうで、家業とは言え、あんな悪行をするような人には見えなかった。
「当主様、こちらが――」
「地下に案内していただけますか?」
使用人が言い終わる前に、グラスネスの人が食い気味に言った。使用人から事情は聞いていたと思うが、それでも当主は驚いた表情をしていた。
「地下……? さて、なんのことでしょう」
「伯爵」
「大臣まで、どうかされたんですか?」
「すでに、王が彼らに罪を告白している。意味のない抵抗はやめて、地下に行くぞ」
「っ! あの人、裏切ったのか!?」
平静を装っていた当主が声を荒げた。王とランドルフ家はよっぽど強固な絆で結ばれていたらしい。なんの後ろ盾もなかったあの時の俺には崩せないわけだ。グラスネスが協力してくれると言ってくれなかったら、今でも無理だったかもしれない。
「……俺たちは、貴方を裁きたいわけではなく、ただ竜を助けたいだけです。もう二度と竜を捕獲しないと約束していただけるなら、竜を解放したらここから去ります」
「ヘラルドさん、ですが!」
「いいんです。竜を助ける。ただそれだけが、俺の望みですから」
「彼の主張はさておき……伯爵。王の御命令に逆らうと言うのか?」
「っ……はぁ、こちらです」
大臣の一言に、当主はさすがに観念したようで、魔法によって隠されていた地下に通じる階段を出現させ、俺たちを地下へと案内した。
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