第29話 竜にとっての『幸せ』⑥
「……なんでここに?」
(っ! ヘラルド、ヘラルドっ!)
ヘラルドが、テントも設置しないでただそこに立っていた。
「は~、よかったぁ、いたぁ」
オズウェンは背中から降りてへにゃりと安堵しきった笑顔を見せる。よっぽど責任を感じていたのだろう。何度も彼のせいじゃないと言ったのに。
「じゃあ、おれはもう行くよ。……ヘラルド」
「、なんですか」
「ヨリの話、聞いてあげてねぇ。あと、それと――」
「でも……」
「いいから。ちゃぁんと、ね?」
なにか小声で言ったあと、ヘラルドの胸のあたりを拳でトントンと叩いてから、わたしの方へと振り向いた。
「ヨリ。また会えたら、その時は、もう一回乗せてほしいなぁ。結構気持ちよかったから」
(うん、もちろん! 最後までありがとう、オズウェン)
「おおっと……いやいや、おれの方こそ、償わせてくれてありがとねぇ。じゃあね」
オズウェンに最大限の感謝を込めて、身体に頭を擦り付ける。少し強かったのか、ふらついていたけど、頭を数回撫でてくれたあと、街の方へと去って行った。
ヘラルドとの間に静寂が流れる。どう切り出そうか。多分、ヘラルドも迷っている。そんな表情をしながら、こちらをチラチラと何度も見ていたから。わたしも同じ行動をしているけど。
もし、ヘラルドが本当にわたしを置いていくつもりで別れていたら、どうしよう。わたしが、もういらなくなった存在だったら、どうしよう。そう思うと、言葉がなかなか出てこなかった。
そんな中、先に沈黙を破ったのは、ヘラルドの方だった。
「……ずいぶん、オズウェンさんと仲良しだったね」
(へっ? う、うん。一緒にヘラルドのこと、探してくれたから……)
「俺じゃなくて、オズウェンさんといた方がいいんじゃない?」
(……え?)
そんなことを言われると思っていなくて、言葉を詰まらせる。場を和ませるために冗談を言ったのかとヘラルドの顔を見たら、至極真面目な顔をしていた。
(どうして……?)
「、他意はないよ。そのままの意味。オズウェンさんは、俺よりいろいろ知っているからね」
(ヘラルドより長く生きているから、知っていることが多いのは当たり前だよ。それに、わたしは――)
「ああ、そっか。竜として暮らす方がいいか。竜だもんね」
ヘラルドはわたしの言葉を遮って、矢継ぎ早にそう言った。わたしはそんなこと一言も言ってないのに。ヘラルドの視線はわたしを捉えていなかった。
「何も言わずに別れたから、心配したんだね。大丈夫。竜は基本的に血が繋がっていなくても、群れていける種族だから」
(ちが、そうじゃなくて!)
「今度はきちんとお別れしよう。じゃあ、住み処まで行っ――」
(わたしはっ!)
全然話を聞いてくれないヘラルドの言葉を今度はわたしが遮る。今までにないくらい、大きく声、もとい、想いを発したことに、ヘラルドはびっくりしていたようで、話すのを止めた。
気持ちを落ち着けるために、ひとつ深呼吸をする。
(わ、わたしは、オズウェンのところにも、竜の住み処にも、行かない)
「……じゃあ、どこに行くの」
(どこって……ヘラルドと一緒にいる)
「俺と一緒にいても幸せになれないよ。竜は竜として暮らすのがいいって、オズウェンさんも言っていた」
普通はそうかもしれない。竜は群れで暮らしている種族。だから、その群れからはぐれたら、いろいろと不便になるのだろう。
でも、わたしは、わたしたちは、普通じゃないから。わたしの言葉を理解してくれる人がいる。
(ヘラルドは、わたしに、飽きた?)
「なっ……んで、そうなるの」
(置いていった理由が、それくらいしか思い浮かばなかったから)
「そんな、わけ、ない。俺は、幸せになってほしいだけで……」
(そっか、よかった。わたしのこと、いやになったわけじゃなくて)
一番不安に思っていたことが杞憂に終わって、ホッと胸をなで下ろす。
でも、まだひとつ解決しただけだ。どうして置いて行ったのか、という疑問には、さっきからヘラルドの方から答えてくれている。『わたしの幸せ』のため、だ。
(なんで……なんで、わたしの幸せを、ヘラルドが勝手に決めるの?)
「そ、れは……、竜にとっての幸せはそうだから……」
(わたしは、竜、だけど、わたしなの! 『ヨリ』、なの!)
「っ知ってるよ! でも、竜なんだ! 人間の俺といたところで、本当の幸せにはなれない」
(だからっ決めないで! わたしは、人間のところにいたいんじゃなくて!)
もうほとんど言い合いだった。これが初めての喧嘩だった。
だから、言葉は止まることなく、勢いよく発せられた。まだ言うつもりではなかった言葉までもを。
(わたしは、ヘラルドだから一緒にいたいんだってば!)
「……」
(だから、わたしの、しあ、わせ……ヘラルド? なんでそっち向いて……)
「いや、なんでも……ちょっと、見せられない顔してるから」
(見せられない顔って、なん――ぁ……? え、や、ちがっ!)
自分の発言を思い返す。どこかのタイミングで言おうとは思っていた。でも、そのままではなく遠回しに言うつもりだった。だって、そのままだと、まるで――。顔に急速に熱が集まってくる。
「……違うの?」
(ち、がくは、ない、けど……でも、違うと、いうか……)
「じゃあ、やっぱり竜の群れのところに行く?」
(なんで、そんないじわる言うの……)
「っ! ごめん、そんなつもりはなかった。けど、今のは……っ」
悪戯そうな声音で言ったヘラルドは、慌てるわたしを見て嬉しそうに笑ったかと思ったら、先ほどと同じように口元を手で覆った。またわたしはなにか変なことを言ってしまっただろうか。
(、ヘラルド)
「なに?」
(い、一緒に、いたい。これからも、いっぱい旅をしたい。ヘラルドと、一緒に……だめ?)
「……だめじゃないよ。でも、それが本当に幸せなこと?」
(うん。絶対に幸せ。あ、でも、ヘラルドが幸せかどうかは、分かんない……)
ヘラルドに勝手に決めないでと言ったわたしが、彼の幸せを決めるわけにはいかない。伏せた目線をちらりと上げ、彼の顔を窺う。
「……幸せだよ。ずっと」
(そっか。それならよかった!)
「俺もヨリと一緒にいたい」
(! えへへ……)
「俺、なにかおかしいこと言った?」
(ううん。やっと、名前、呼んでくれたから、嬉しく――わ!)
言葉の途中で、ヘラルドは勢いよくわたしの首に抱き着いてきた。懐かしい感じがした。あの日、地下で衝動のままに飛びついてきた小さいヘラルドと同じだったから。
「ごめん、本当にごめん、ヨリ」
(わたしも、もっと思ってること、これからは言うね)
「ああ、なんでも遠慮せずに言って」
(……じゃあ、早速、言ってもいい?)
「もちろん。なに?」
(えっとね――)
いっぱい、いっぱい、ありがとう。
見つけてくれて、助けてくれて、一緒にいてくれて。名前を呼んでくれて。
それから、まだ言えないけど。
わたしは、ヘラルドが、好きだよ――。
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