第30話 相思相愛①

 多分、ずっと、そうだった。


 さすがに初めて地下で会った時は、かわいい子だなぁくらいだったけど、すべてを投げうってわたしを助けに来たあの日、たしかにヘラルドはヒーローだった。

 どうしてこの人はわたしなんかのためにそこまでできるんだろう、と疑問だった。その答えは、竜という『種族』が好きだから。そう思っていた。いや、無理矢理決めつけた。だって、そうしないと、別の答えに行き着いてしまうから。そんな夢みたいなこと、わたしには絶対にない。


 だから、わたしは自分の気持ちに蓋をして、気付かないフリをした。


「次は――そうだな、この辺りに行こうか。甘いものはあるかどうか分からないけど……」

(……)

「ヨリ?」


 怒涛の出来事でうわの空になっていたわたしの顔をヘラルドは覗きこんできた。急にヘラルドの顔が近付いたので、つい挙動不審になる。


 ……今、改めて考えても、わたし、とても恥ずかしいことを言ったのでは……?


 先ほどの発言の数々を思い出して、ヘラルドの顔がまともに見られなくなる。


「ヨリ、どこか調子悪い?」

(えっいや、そんなことない、けど……)

「いつもと違うから、大丈夫かなって思って」

(ふ、普通だよ……! 元気元気っ)


 身体は問題ないことを示すために、翼を羽ばたかせてみた。思ったよりも強かったのか、少しヘラルドがよろけていた。


「っと……ほんとだ。元気だね」

(う、うん!)

「じゃあ、次の目的地はこの辺りに行くよ。いいかな?」

(うん、わかった)


 ヘラルドは広げていた地図に指を差した。カパルーノからは結構距離がありそうだ。

 わたしが見たのを確認してから、地図を荷物へとしまう。他に片付けるものもないので、ヘラルドはすぐにわたしの背中に乗ろうとする。わたしも乗りやすいように少し身体を低くする。ヘラルドの手がわたしに触れた瞬間、全身が緊張してしまって、思わず空に飛び上がってしまう。

 まだヘラルドがしっかり乗っていなかったことにも気付かずに。


「うわっ!」

(あ、え、ヘ、ヘラルド!?)

「、てて……」


 ドサッと音を立てて、ヘラルドは地面へと転がり落ちてしまった。急いで降り立ち、ヘラルドに頭を寄せる。


(ごめんなさい! 怪我はない!?)

「ああ、大丈夫だよ。ヨリこそ平気?」

(わたしは何も……ほんとに怪我してない?)

「ほら、元気元気」


 先ほどわたしがしたように、ヘラルドは両手を広げて身体の横で上下に動かしてみせる。翼がないとどこかシュールな動きだ。でも、怪我はなさそう。


(ならよかった。ごめんね……)

「気にしないでいいよ。じゃあ、今度こそ行こうか」

(うん……)


 気にしないでと言われても、わたしの都合で落としてしまったのだから、どうしても申し訳なくなる。

 ヘラルドは再度わたしの背中に乗る。今度は乗り終えたのをしっかり確認してから、次の目的地へと向けて飛び立った。


 --------------------------------------------------------------------------------


 次の国までは遠いので、今まで通り道中で一旦寝泊りすることになった。この一帯はヒベルタウやカパルーノとは違い、過ごしやすい気候で森もいくらかあって、今回は問題なくしっかり隠れられそうだ。


「よしっと。寝床もできたし、買い出しに行ってくるよ」


 いろいろあってカパルーノからの急な旅立ちだったため、食料が手元になく、ヘラルドはすぐに買い出しに行くことになった。

 いつもなら街で1泊してから帰ってくるけど、ここは街からそれほど遠くないので、泊まることなく今日中に戻ってこれるという。たしかにこれまでよりは近いけど、わたしの目で見ても森から街はそこそこ距離があった。ヘラルドの言う通り、今日中に戻ってくることは可能だろうけど、それは休憩をあまりしない想定での話だ。


(……やっぱり、泊まってきていいよ。ヘラルド、大変でしょ?)

「大変かどうかと言われると、大変ではあるかな」

(だよね。だったら――)

「大変だけど、今はできるだけヨリと一緒にいたいからね」

(っ!)


 その言葉にどんな意味があるのかは分からない。でも、ヘラルドへの気持ちを自覚した今のわたしにとっては、なかなかに凶器で。

 体温があがった首元を触られて、身体が強張る。ヘラルドにバレていないろうか。


「……それに」

(、なに?)

「お腹、すいてると思うし」


 ヘラルドがそう言った瞬間、タイミングを見計らったかのように今までにないくらい大きな音を立ててわたしのお腹が鳴った。当然だ。竜の住み処にいる時は、他の竜から餌場を教えてもらい少し分けてもらっていたけど、そこから飛び立った昨日からは何も食べていなかった。だから、お腹が鳴るのはしかたないこと。でも、恥ずかしいことには変わりはない。


 お腹の音が鳴り止んで、暫しの静寂のあと、ヘラルドがくつくつと喉を鳴らしていたかと思うと、声を上げて笑い始めた。


「っす、すごか、った……ふふ、お腹、すいてるんだね、っ」

(そ、そんなに笑わなくてもっ!)

「俺が言った瞬間に、鳴ったから、面白くて……はは」

(ごはんのこと忘れてたから……ヘラルドのことで頭いっぱいだったし……)

「! そっか……そっか」


 ヘラルドは笑うのをやめて、口元を手で覆い隠しながら、うんうんと頷いていた。


 それから、嬉しそうな、でもどこか心苦しそうな、そんな表情で街へと出かけていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る