第17話 はじめての嫉妬
今わたしたちが滞在している場所の周辺は、夜や早朝の肌寒さもだいぶ和らいできたけど、テンベルクはまだ寒さが身に沁みるらしくて、もうしばらくここに留まることになった。
新しく覚えたマリトッツォだけでなく、ドーナツやマカロンなども作って、暖かくなるのを待っていた。
今日はヘラルドが買い出しから戻ってくる日。まだかな、と長い首をさらに長くして待っていると、遠くから地面を踏みしめる音が聞こえてきた。ヘラルドの足音だ。
現れてくるはずの方角を見つめていると、影が複数見えた。でも、ヘラルドの足音は間違いなくこちらに向かっている。
まさか、サルヴィオ……? それとも違う誰かが……?
警戒を強め身構えていると、木々の間からやってきたのはヘラルド。と。
(……鹿?)
「あ、ヨリ、ただい、っちょ、こら、やめろって」
(お、おかえり……)
数頭の鹿のような動物を引き連れて戻ってきた。動物たちはわたしがいるのを目視したにもかかわらず、逃げ出すこともなくヘラルドと
「、おい、ちょっと離れ――うわっ」
(ヘラルド!?)
「はは、大丈夫大丈夫。でも、荷物は置かせてほしいかな」
一頭が軽く頭突きのようなことをして、ヘラルドは勢いでよろける。他の動物も同じように身体や頭を擦り付けたり、舌で顔を舐め回したりしていた。
ヘラルドはどうにか動物たちを制し、抱えていた食料などが入った荷物をテントの周辺に置く。それを確認した動物たちは、またヘラルドと戯れ始めた。
基本的に、竜より小さい生き物は竜を恐れていて、近付くこともあまりない。竜が雑食なのもあるけど、自分の何倍もある物体を恐れるなというのは難しいことだ。今、目の前にいる鹿のような動物たちも、普通だったらわたしを視認した瞬間に一気に逃げ出すはず。
この場から離れていかない動物たちとヘラルドを見つめる。困ってはいるけど、同じくらい嬉しそうな顔をしている。
多分、ヘラルドは竜だけでなくて、動物全般が好きなんだと思う。友好的なのが相手にも伝わって、動物たちもヘラルドに懐く。わたしがいつも傍にいたから、こんなところは初めて見たけど。
「お前たち、結構森の奥まで来てるけど、帰れるのか? ……はは、問題なさそうだな」
(……)
「……ヨリ? どうかした?」
(なんでも――)
ない。そう返そうと思ったのに。
動物がわたしとの会話を遮るかのように、ヘラルドにのしかかり、思わず地面に倒れ込んだ。他の個体も顔や手を舐めて、ヘラルドの意識を自分たちに向けようとしている。ように見える。
……なんか、モヤモヤする……。
なにがかは分からないけど、動物たちとじゃれているヘラルドを見ていると胸がざわつくので、ゆっくりと身体を起こし彼らとは反対の方を向いて座り直す。
「ヨリ? やっぱりなにかあった?」
(、別に……)
「本当に? こっち向いて」
(っ!)
先ほどまでべったりだった動物たちから離れて、わたしの頭のすぐ傍までやってきて、顔に触れようとする。その手を避けるように、ぷいっと顔を背ける。
こんなことがしたいわけじゃないけど、今のヘラルドを見ていると嫌なことを言ってしまいそうになるから。
「……俺、なにか悪いことしたかな。そうだったら、ごめんね」
(そう、じゃない、けど……)
「気に入らないことがあったらなんでも言って? ヨリに辛くなってほしくないから」
ヘラルドは何も悪くない。わたしが勝手にモヤモヤしているだけ。こんなことを言う必要はあるのだろうか。
「本当になんでもいいよ」
(……ヘラルドは、その動物、好きなの……?)
「え? ……ああ、まあ好きだよ。ほとんど人に懐かないから、ここまでされるのは珍しいしね」
(……やっぱり、そうなんだ)
「それが、ヨリが怒ってる理由? それって……」
ヘラルドは少しの間、顎に手を添えて考え込むような仕草をした後、その手で口を覆うようにした。指の隙間から、口元が緩んでいるように見えた。やっぱり変なことを言っていると思われたんだ。だから笑ってるんだ。
そんなわたしの考えを吹き飛ばすようなことをヘラルドは言った。
「――嫉妬してくれてるってこと?」
(へ?)
「いやぁ、そっかぁ。ヨリが嫉妬してくれたのかぁ」
(し、嫉妬?)
「だって、俺がこの子たちと一緒にいるのが嫌なんでしょ?」
(そんなこと……)
まだ近くにいた一頭に触れながら、ヘラルドはそう言う。
嫌というか、ヘラルドがあんなにわたし以外と親しくしているのが、モヤモヤするというか、……気に入らない、というか。
(っ嫉妬なんかじゃ! ヘラルドが、その子たちに甘いから……!)
「それが嫉妬だよ。自分にだけ甘くしてほしいってことでしょ?」
(そこまでは言ってないけど!?)
「ヨリかわいい」
(っ! また、そう、やって……っ)
あらぬ方向に深読みするヘラルドに思わず突っ込んでしまったけど、ヘラルドはとても満足そうな表情をしていた。
住み処へと帰っていったのか、いつの間にか動物たちもいなくなっていた。動物たちに邪魔されることなく荷物を片付けた後、今日のごはんを作り始めた。上機嫌に鼻歌を歌っているヘラルドは初めて見た気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます