第18話 チーズケーキ

(やっと着いたー!)

「ヨリ、寒くない?」

(うん、大丈夫)


 ようやく次の目的地であるテンベルクが暖かくなったので、周辺にある人目が少なさそうな森に一時的な拠点を作った。

 確かに他の国と比べると少しひんやりとする。もっと早く来ていたら、予想通りに風邪を引いていたかもしれない。


「じゃあ、買い出しにいってくるね」

(テンベルクはなにがあるんだっけ?)

「シュクーカの乳を特殊な液体を入れて固形にしたマフォージュっていうのを使ったムーガクだよ」

(よ、よく分かんないけど、楽しみ!)


 いつも以上に呪文を唱えて、手を振りながら出かけていった。

 もうだいぶこの世界にも慣れてきたと思っていたけど、まだまだ知らないことばかりだ。


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 買い出しから戻ってきて早速料理を始めるヘラルドの横で火のお手伝いをする。

 火力の調整がまだ不安定な時が極まれにあるけど、もう黒焦げにするようなことはなくなった。ヘラルドが買い出しに行っている間も、自分で焚き火を作って暖をとれるくらいだ。

 こんなことしかできないけど、ヘラルドにお礼を言われる度に、人の役に立ちたいと前世で思っていたのがほんの少し叶っているような気持ちになった。


 ごはんを食べ終わったら、お楽しみのスイーツタイムだ。

 あの呪文からどんなものが出てくるのだろう。ワクワクしながらヘラルドの手元を見つめていると、少し大きめの箱が出てきた。エクンプが入っていた平たい箱に高さが追加されたようなもの。

 箱から取り出したそれは、綺麗な正円を描いていた。


(……ホールケーキ?)

「ほ、け? マフォージュムーガクだよ。普通はこういうふうに切って、一切れずつ販売されてるんだけど、ヨリが食べやすいかと思って丸ごとでって頼んだんだ」

(今までのも食べられてたから、一切れでもいいのに。わざわざ……)

「他にもそういう客がたまにいるらしいよ。んー……それなら、半分にしようか」


 そう言いながら、ヘラルドはそのホールケーキと思しきものにナイフを入れていく。

 お皿に乗せられたそれをまじまじと眺める。

 少し焦げているような焼き目の隙間から黄色の生地が見えている。シュクーカの乳を固めたものって言っていたから、おそらく――。


(! やっぱりこれ……!)

「もしかして食べたことあった?」

(ぁ、ううん! おいしい!)

「そっか。よかった」


 これ、チーズケーキだ……!


 例の如く、チーズケーキも食べたことはない。けど、チーズは幾度となく食べた。前世で検査をした時に牛乳は悪さをしないと分かったから、カルシウムを取るためによく食べていた。こんなに甘いのは初めてだけど。

 クリームを乗せてみたり、レフベスの果汁をかけてみたりしてもいいかもしれない、と考えながら、初めて食べるケーキに舌鼓を打った。


 今日の分はもう終わりだから、明日ヘラルドに提案してみよう。


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 鼻孔をくすぐる香ばしいにおいで目が覚める。

 先に起きていたヘラルドが朝食を作っていた。いつもわたしより早く起きていて寝不足にならないのか心配だけど、隈ができているところを見たことがないし、きっとこれが彼の適正睡眠時間なのだろう。


「あ、ヨリ起きた? おはよう」

(おはよう)

「もう少し待ってね。すぐできるから」

(うん)


 寝起きのぼーっとした頭で待っていると、朝ごはんが目の前にでてきて覚醒する。今日のもおいしそうだ。


(いただきま――それ、なに?)


 食べようとヘラルドの方を見ると、いつものパンのようなものではないものを口にしようとしていた。

 エクンプみたいだけど、エクンプよりも固そうなギザギザとした形のものに、野菜やお肉が挟まっていて、さながらサンドイッチだ。


「これ? スムーロンドって言って、マフォージュムーガクと並ぶテンベルクの名産品なんだ。まだいくつかあるから、ヨリも食べる?」

(いいの? 欲しい!)

「舌で取るとバラバラになっちゃうかな。ヨリ、口開けて」

(! だ、大丈夫! 食べられる! と思う!)


 今までに何度も口に食べ物を入れてもらったけど、この間の一件以来、そういう行為はできるだけ避けていた。ヘラルドにそんな意図はないかもしれないけど、わたしの方が緊張してしまうから。


 お皿に置いてもらったものを舌で取ろうとすると、ヘラルドの予想通りにバラバラ――というより、サンドイッチで言えばパンの部分だけが口に運ばれた。

 多分一緒に食べる方が美味しいんだろうけど、このパンのようなものだけでも十分美味しい。思った以上に結構固めで、中はさっくりふんわり、それに少しだけもっちりとしている。


 これのために作られているからか甘くはない。それによく見る格子状ではなくギザギザの波型だったから、すぐには気が付かなかった。


 ――これが、アレに近いものだということに。

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