第16話 マリトッツォ

「……よし、この辺りにしようか」

(分かった!)


 これまでと似たような人目を忍ぶことができる森の中へとゆっくりと降り立つ。そこに元からいる生き物たちをびっくりさせないように。警戒心の強い小動物は、どれだけ静かに降りても結局逃げちゃうんだけどね。


「じゃあ、買い出しに行ってくるよ。あの時、急いで出てきちゃったから、食料もほとんどないし」

(……そうだね。いってらっしゃい!)

「いってきます」


 ヘラルドの手が頬を撫でる。サルヴィオとの一件があってから、触れる回数が増えたような気がする。嫌なわけじゃないけど、なんというか、くすぐったくて、気恥ずかしくて。少し挙動不審になっているのをヘラルドは楽しんでいるようにも見えるし。

 ……撫でられるのは、心地よくて好きだけど。


 そんなことを考えながら、木の陰に隠れてしまった背中を遠くから見送った。


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 買い出しから帰ってきたヘラルドは、早速マリトッツォ作りに取り組み始めた。


 まずは、パンを作る。ドーナツやマカロンもどきを何回も作ったヘラルドにとっては朝飯前だ。

 それから、ホイップクリームを作る。ひとつ前の国にいた時に、もう生クリームの生成方法は身につけていたから、こちらもすぐ出来た。

 たった1日しかいなかったのに、もう商人と仲良くなって教えてきたとヘラルドは言っていた。コミュニケーション能力高すぎて、引きこもりのわたしにとっては雲の上の存在だ。


「それで、パンを半分にし――…」

(待って! 完全に半分にするんじゃなくて、繋がったままにするの)

「……なるほど? 口みたいにするのか」

(そんな感じ!)


 言われてみれば口みたいだ。その口の部分にクリームをこれでもかと詰め込むから、パンとは言え少し拷問のように思えてきた。


(でも、わたしの口いっぱいにクリーム詰められたら、嬉しいなぁ……)

「、ふっ」

(……あっ! ちが!)

「たくさん、クリーム作って、ふふっ詰めようか?」

(っいい! マリトッツォ食べるから!)


 無意識に思いとして送ってしまっていた。

 気付いた時にはもう遅く、ヘラルドは笑いをこらえながら揶揄からかってきた。ぷいっとそっぽを向いていじけた素振りを見せると、慌ててわたしの顔の前に立つ。


「ごめんごめん。ヨリがかわいいこと言ったから、つい……」

(か、わいくは、ないと、思う、けど……)

「そう?」

(食い意地が張ってる、なら分かる)

「それもかわいいに含まれてるかな」


 前世もそうだったけど、かわいいの一言が持つ意味が多すぎる。

 子猫が無我夢中でごはんを食べているのをかわいいと思うような感覚だろうか。それなら分からなくもない。わたしのことはきっと猫や犬のようなペットだと思っているだろうし。


「クリーム、こんな感じでいいかな?」

(え、あ、うん! いいと思う!)

「じゃあ、これで、えーと……まり、なんとかの完成だよ」

(マリトッツォね)

「どうぞ、召し上がれ」


 お皿の上に乗った完成品を口に運ぶ。

 ふわふわのパンと、甘いまろやかなクリーム。言ってしまえば、生クリームで作ったクリームが丸見えのクリームパンだ。テレビで何度も見たけど、いまいちどうしてこれが流行っているのか分からなかった。異世界版マリトッツォを食した今、まだその理由は分からない。美味しいのは美味しいけど。


「ヨリ? 美味しくなかった?」

(ううん、おいしい。んだけど……)

「マカロンの時みたいに、思い浮かべてるのと違う?」

(違わないと、思う。わたしも本物を食べたことがないから、想像だけど)

「そっか。それならよかった。俺もいただきます」


 ヘラルドもマリトッツォを食べる。美味しそうにしていたから、口に合ってよかったとホッとする。パンとクリームがほぼそのままで、両方美味しく食べているから合わないわけがない。


「……なんとなくヨリが言いたいこと分かる気がする」

(!)

「見た目が面白いからきっとすごいんだろうなって思うけど、思ったよりも普通というか――」

(そう! そんな感じ! おいしいのはおいしいから、いくらでも食べられちゃう気はするんだけどね)

「これも、アレンジしてみようか。ちょうど、レフベスもありそうだし」


 ヘラルドは辺りを見回す。視線を追うと、言った通り赤い実がいくらかっていた。

 レフベスを取り、少し考えた後、クリームの部分に埋め込む。


「……んー、合うけど、なにかもうひと捻り……」


 わたしの口にもレフベス入りのマリトッツォを入れてくれた。

 たしかに、美味しい。美味しいけど、レフベスが加わっただけの味だ。もう少し工夫したいところ。


 思考がまとまったのか、もう一度辺りを見回して、何個かの木の実と小さな木の枝を取ってきた。ヘラルドはマリトッツォにそれらをトッピングしていく。

 木の枝は食べられないはずだけど……。

 不思議に思っているわたしとは裏腹に、ヘラルドは楽し気だった。


「これでいいかな。見てヨリ! ヨリだよ!」

(? ……あ!)


 パンの上から木の枝を差して、角か耳のように。

 レフベスをパンにはめ込み、瞳のように。

 楕円の木の実をクリームに埋め込み、牙のように。


 そのマリトッツォは竜の顔を象っていた。


(ほんとだ! すごい!)

「ご飯が待ちきれなくて、口を開けっ放しのヨリみたいだったから、思いついてね」

(なっ! そんな顔してないっ!)

「このまりとっつぉのヨリもかわいい」

(、だからまたそうやって! ……そうだ!)


 たしか周りに青い実もあったはず。ブルーベリーみたいだから、だいぶ色は濃いけど。


(えっと……あ、あった! ヘラルド、あれ取ってくれる?)

「もちろん」

(で、それをマリトッツォのパンにはめ込むと……ヘラルドのできあがり!)


 お返しと言わんばかりに、胸を張ってヘラルドに言う。

 そのマリトッツォを見つめたまま黙っていたから、変なことを言ってしまったかと不安になっていると、ヘラルドはくしゃりと顔を綻ばせた。


「……はは、本当だ。青というよりはほとんど黒だけどね」

(うっ……でも、こんな綺麗な色の実なんて、ないから)


 ヘラルドの瞳を見つめる。何回見ても綺麗なコバルトブルー。美しい海みたいな色。

 その瞳が少し焦るように揺らぐ。


「! っそれも、そう、だね……」

(?)

「、こういう、味というより見た目のアレンジも楽しいね……!」

(たしかに! 味のアレンジは……レフベスの果汁とクリーム合わせて、レフベス味のクリーム作るくらいしか思い浮かばないかなぁ)

「それも作ってみようか」

(うん!)


 レフベス味のクリームだけではなくて、他の果汁が取れる木の実やフルーツなどのクリームを作ったり、パンにナッツのようなものを練り込んで焼き上げたりと、いろいろなアレンジを楽しんだ。


 マリトッツォ作りは、無事に成功した。

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