第11話 新藤 和真

 いつもの光景が何故かとても安心する。和真はそろりと小春邸を覗き込んだ。この行動も和真の習慣だった。和真の妻は、朔真が亡くなって二年後くらいに、不慮の事故に巻き込まれてあっけなく逝ってしまった。和真は呟いた。

「嘘だろう?」

『朔真の分も、私が皆を元気にしてあげる。私は元気だから』

 そんな事を、胸を張って言っていたのに信じられなかった。本当に元気だけが取り柄ってくらい病気知らずで、和真も優美、小春やなつめまでもその元気に支えられた所があった。なのに、一番長生きしそうな菜美なみが、あっけなく逝ってしまった。

 今でも、玄関が壊れそうな勢いでドアを開けて、ただいまって笑みを浮かべて、入ってきそうな感じさえする。元々、菜美は小学校からの腐れ縁で、朔真と小春が結婚すると、

『もういい加減諦めて、私と結婚しなさい』

 逆プロポーズの形で菜美と結婚した。

 リビングにいる小春となつめ、深沢の姿を確認した。

「…今日はいるな。うーん。予定変更Bだな…」

 呟くと、荷物を置きに家の中に入る。偶然、花に水をやっている小春を見つけると、

「小春、デートしよう…」

 小春は振り返ると、和真を暫く見て、

「ジャンケンに勝ったらね」

「え、えっ! なんで…」

「ジャンケン、ポイ!」

 小春がグーで、和真がチョキだった。

「………、待って」

「悪しからず…」

 笑いながら、リビングのドアを閉める。その光景をリビングで見ていたなつめはプッと笑い、深沢は気の毒そうに見ていた。

 楽しそうなリビングを隣から眺めていると、

「パパ、また覗いてるの…」

 優美が眉間に皺を寄せて、側に立っていた。

「また、どうせ遊ばれてるんでしょ?」

「お前な、俺は純粋に皆で何処かへ遊びに行かないかと思って…」

「へえ、パパの予定通りになった事なんてないじゃないの」

 今までを思い出して、呆れた視線を向ける。

「まあいいけど。私は友達とご飯食べに行くから…、冷蔵庫のなかに残り物あるから…」

「よくない…。えっ? 残り物っていつのだ…」

 優美はすでにいなかった。

「あいつ、どんどん菜美に似てくるな」

 料理の出来ない菜美は、冷凍食品と電子レンジで賄っていた。朔真がいた頃は、朔真のお裾分けが、我が家の主食だった。会社が休みの時は、ほぼ主夫で終わっていた和真だった。

 仕方なく、冷蔵庫を覗くと、

「優美、カラじゃないか」

 和真は大きな溜息を吐いた。


 とりあえず、お腹が一杯になってふて寝をしていると、ふとなつめが縁側に座って深沢と話してるのが見える。

「あっ! なつめ、小春は?」

 飛び起きて垣根の側に寄って聞くと、なつめは家のなかを見て、

「久しぶりに、片付けしてるんだ」

「それで、深沢君もお手伝いなのか」

 和真は納得すると、

「小春って、いつが休みなのかな」

「知らない」

 なつめの即答に、和真はリビングのほうを横目で見ながら、

「今度さ、皆で何処かに行かないかと思って…」

「なんで?」

「………」

 その言い方が小春そっくりで、思わず仰け反った。拳を握り締めると、

「楽しそうだろう?」

「うーん」

「行こうよ」

「ジャンケンに勝ったらね」

「えっ、待て!」

「ジャンケン、ポイ!」

 和真がグーで、なつめがパーだった。

「和真パパ、またね!」

 またもや、逃げられてしまった。唖然としている深沢を、なつめは腕を引っ張って連れて行こうとする。

 和真は眉間に皺を寄せると、

「よしっ! 作戦Dだ」

 和真は自分の部屋に走って行った。息せき切って帰ってくると、なつめにニヤッと笑った。

「最終兵器だ! 深沢君、これは朔真コレクション『なつめ成長日記』赤ちゃんの頃からの写真が、朔真の日記付で入っている。なつめと小春を捕まえたら、これをプレゼントするよ」

「………」

 なつめはプッと吹き出すと、

「もう和真パパ、そんなの欲しがらな…」

 ムクッと起き上がった深沢は、ズボンの埃を払った。伸びをして軽い体操を始める。

「えっ、宗司? まさか…」

 逃げの体制に構えを変えたなつめは、深沢と距離を取る。

「追いかけっこは久し振りだな」

「なんで…」

「あれは興味深い。二人は無理です。小春さんはご自分で捕まえてください」

 なつめはバッと逃げ出した。家のなかを熟知しているなつめの動きは素早い。深沢は笑みを浮かべて、なつめを追い掛け回す。

「もうなつめ、何をやってるの!」

 深沢の前に現れた小春に向かって、深沢はそっと手を伸ばして、手を捕まえようとした。スッと軽く逃げられる。

「やはり手強い」

「なに? 和真の仕業でしょう!」

「………」

 和真が小春の後ろから捕まえようとしたが、スッと交わされる。

「あら?」

「なんで、捕まらないんだよ!」

 スッ、スッと逃げられる。抱きつこうとしたが、小春は床に開脚して、足の下をすり抜ける。そのまま簡単に逃げられてしまった。和真は必死で追い掛ける。

 深沢は出窓の外から、中の様子を見ているなつめと視線が合うと、急いで外に出る。なつめは軽く垣根を飛び越えて逃げてしまう。

「あの身体能力はなかなか手強いな」

 庭では小春が楽しそうに、必死の和真から逃げている。

 深沢はリビングに戻ると、冷蔵庫からスポーツドリンクを数本掴み振り返った。既にテーブルになつめが座っていた。

「飲むか?」

「うん。…ああ、いい汗かいた」

 ドリンクを投げると、なつめは一気に飲み干した。

「和真さんって、いつもああなのか」

「そうだよ」

「ジャンケン弱いな」

 なつめはクスッと笑うと、

「弱いんじゃなくてね。次に何を出すのか、すぐに分かるんだよ。父さんもよくこの手を使ってたな」

 深沢は庭でまだ遊んでいる二人を眺めながら、

「よく飽きないな」

 小春は柔軟に動き、和真の手から寸前で離れる。大きな溜息を吐くと、和真はその場に座り込んだ。

「ああ、もうしんどい…」

「運動不足じゃない?」

「ちょっと歩いたほうがいいかな」

「そうね」

 目の前に座っている小春に、手を伸ばせば捕まりそうだが、手を上げる元気もない。

 そんな和真を見ていて、小春は朔真のとの会話を思い出していた───。

『和真は、純粋っていうか』

『そうね。からかうのは面白いけど』

『いつも俺を羨ましいっていうんだ。誰もが俺を好きになっていく。ただ側にいる自分がなんのためにいるのかなって思うこともあるって』

『馬鹿ね』

『ああ。俺を側で支えてくれている大切な片割れなのに。俺からしたら、和真のほうがよっぽど羨ましい。心臓の弱い俺には、どうしても時間の焦りがある』

『朔真…』

『最終的には、いつも和真が勝つんだ。どんな形でもいい。愛する人と長い時間を生きていけるって…。俺はその方が羨ましいよ』

「───」

 今なら、朔真の言葉が胸に沁みる。

「もう、しょうがないわね。何処に行きたいの」

「えっ! ほんと? あのさ…」

 仕方なくって感じで笑いながら、話を聞いている小春を見ながらなつめは苦笑した。どんなに冷たくしても、諦めが悪いというか、めげないというか。愛されているって分かってるから、結局はしょうがないなって、こっちが折れてしまう。

「なんかさ、最後には和真パパに勝てないんだよね」

「分かる気がする…」

 深沢も笑いながら見ていた。結局は四人で鷹東の店にご飯を食べに行った。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

噂のパートナー りゆの慧 @riyunoe1735

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ