…………10-(5)

 今回、ジャイブで踊っているデモテープについて議論になった。出来るだけ生演奏でやりたいっていうヨハンと渚の意思を尊重する形で、全ての楽曲を生演奏で行うことになった。

 しかし、このジャイブの曲目であるYOASOBI『怪物』はゲーム感覚的なアップテンポで、弾むようなスタッカートの連続である。二人は数時間でモノにしたが、ある問題が起こった。

 なつめはジャイブのカウントを独特の低音のエレクトロサウンドによって体に染み込ませていた。練習の時、一瞬なつめがカウントを落とした。その迷いが広がらないうちに、深沢が思案していると、小春が手拍子でカウントを取り始めた。今度は手が痛くなったと言って、タンバリンを持ち出してきた。それが妙にしっくりと合っていて、手がだるいと言い出した小春の代わりに、ちなつが途中から叩いていた。

 塔矢が慣れてきたのを確認すると、ヨハンが渚と深沢へ視線を送った。深沢となつめがホールの中央へ出ると、優雅に一礼した。すぐさま、なつめは回転しながら、深沢と距離を取った。

 同時に、ヨハンと渚の演奏がタンバリンに合わせて始める。軽快な早いステップ、繰り出す連続キック。ダブルボールチェンジやトリプルスピンは、ブレない回転に圧倒される。二人の息の合ったステップに、客席から少しずつ、タンバリンに合わせて手拍子が聞こえ始める。小春とちなつが合いの手を入れると、それに合わせて、手拍子と合いの手がどんどん広がっていく。

 深沢となつめは笑みを浮かべているが、このダンスは激しい上に体力の消耗も激しい。それでも、踊る事の楽しさは一番伝わり易い。会場中のボルテージが上がると、切れのあるステップと、なつめの高速回転を酷使したダンスは、見ている者を釘付けにした。曲が合わると一気に歓声が上がった。

「……っ…」

 深沢となつめは視線を合わせると笑みを浮かべる。ヨハンと渚も大きな溜息を吐くと、満足げに笑った。

 深沢はホールの袖で呆然と見ていた塔矢の側へ行くと、

「ちなつ、塔矢、ありがとう」

「…うん」

 ちなつの頭を撫で、塔矢をそっと抱き上げた。塔矢と顔を近付けてなつめを振り返る。

「似てるか?」

「うん。そっくり…」

 ふと客席の中央後ろから大きく手が振られている。なつめは笑みを浮かべると、深沢の腕を掴み、静流のカメラに向かって笑った。

「宗司、あそこ…」

 塔矢と深沢を見上げ、なつめは嬉しそうに寄り添った。静流のカメラが光ったのを見て、きっといい記念になる、そう確信した。

 深沢は塔矢を抱きかかえたまま、汀子のところまで歩いていく。澤生に塔矢を託すと、ヨハンが今度はアルゼンチタンゴの前奏を弾き始めた。

「さて、着替えるか…」

「兄さん…」

「ん?」

「幸せそうね…」

「当たり前だ…」

 なつめの肩を抱いて、またバスに戻っていく。その後姿を見て笑っていると、小春が側に寄ってきた。

「…びっくりするほどの変わりようでしょう?」

「はい…」

「どちらかと言えば、普段のほうがほんわかして、甘い顔しているから、女の子みたいだわ。私は舞台に立つ時、誰にも負けないっていう心の強さを持つの。あの子は、彼のパートナーとして、誰にも負けなくないって気持ちが、心の強さになっているみたいね。理由はそれぞれだからいいんだけど」

「心の強さですか…」

「あなたなら、分かるでしょう」

 小春は笑みを浮かべて、ホール袖に向かった。ホールに響き出した切ないヴァイオリンとピアノの響きに、汀子はそっと何気なく、三階の社長室を見上げた。

 アルゼンチタンゴの曲目は三曲。『ラ・クンパルシータ』『ポル・ウナ・カベーサ』『リベルタンゴ』二曲目が終わると、ヨハンが前奏を始める。いつの間にか、深沢となつめが側で待機している。深紅のバラを模った衣装は優雅で妖艶を醸し出している。足捌きが綺麗に見えるように、バンツのスリットは、深く前側に入っている。歩く度に、膝上までが幾重に重なったシフォンから見え隠れしていた。

 曲の切り替えの上手いヨハンが、深沢に視線を寄こすと、深沢はなつめを腕に抱き、深いステップを踏みながら、ホール中央に出る。

「………」

 と同時に、『リベルタンゴ』の演奏に入った。その絶妙なタイミングは、ヨハンと深沢の息が合わなければ、数秒でもずれてしまう。なぜか、この二人はこの絶妙なタイミングを合わせることを得意としていた。練習中も全く外した事が無いほどの息の合いように、渚となつめは感心したほどだった。

 アルゼンチタンゴの激しいまでの足捌きと、なつめの体を我が物顔で操る深沢のリードは見応えがあり、なつめの柔軟な体が宙を舞う姿は、それはとても美しかった。

 演目は『オペラ座の怪人』へと移り、ヨハンの得意とする観客の心を揺さぶるようなヴァイオリンの音色に、ホールがシンッと静まり返る。愛しい誰かに捧げるかのような切ないメロディーに、涙を拭う人もいた。

 即座にルンバの衣装に変え、最後のマライア キャリー『HIRO』の前奏が始まるタイミングを待った。赤紫の衣装を着たなつめの髪に、深沢は白い羽根を見て、それを取ろうとしたが消えた。不思議そうに見つめ、見上げたなつめに笑みを浮かべた。

「………」

 なつめはなぜか心に温かな風を感じて、そっと心惹かれる思いで、三階の社長室を見上げた。

「………っ!」

 ヨハンと渚がチラッと視線を合わせると、前奏のピアノが透き通った音を奏でる。深沢はなつめの肩を抱き、そっと一歩を踏み出した。何か宙を歩いているような軽い錯覚が、

「…っ…」

 珍しく本番中に眉間に皺を寄せると、なつめがいつもと違うステップを踏んだ。優雅に踊ってはいるが、深沢の顔を覗き込み、両手でそっと優しく頬を掴んだ。なつめが視線を上のほうへと向けると、それを追い掛けるようにして見上げた。

「………!」

 深沢の違和感に汀子も追い掛けるように視線を向けた。

「………!」

 三階の社長室には誰もいるはずがない。汀子が離れると、自動ロックになっているため、入れるはずもなかった。なのに、窓からぼんやりと下を覗いている二人の姿らしきものが伺える。

 深沢は口許に笑みを浮かべると、

「…ありがとう」

「うん。最高のダンスを…」

「なつめ…、Eはいけるか?」

 耳元で囁かれた言葉。まだ完成していないバリエーションE。なつめは笑みを浮かべると、

「もちろん」

 その言葉と同時に、深沢の腕から抜けるように、スッと深沢の腕の下を柔らかな上半身を逸らして潜り抜ける。背後に回り込み、その背中に抱きついた。

「………」

 ユーゴと静流は、今までと違うステップに、真剣な眼差しを向ける。

 なつめの早いトリプルスピンと優雅に柔らかく伸びる体のラインの美しさ。速さと柔らかさに重点を置いたステップに、目が離せなかった。深沢の腰に足を掛け、そのまま両手を高く伸ばす。深沢の首に腕を回し、長い足を振り上げて回転させる。そのまま一八〇度開いたラインの美しさ。二人の絡めた指が強く握締めると、少し離れた所で腕を組んで見ている小春も、真剣な眼差しを向けた。

「………」

 ヨハンと渚は、既に違和感に気付いていて、何があっても対応できるように見ていた。そうまた何かに飲み込まれる期待感に、わくわくしながら見守っていた。本番は何が起こるか分からない。

 深沢はいつもより愛おしげに、なつめを抱き締めた。その深沢の愛情に、なつめは奥歯を噛み締めて、沸き上がる涙を堪えた。優雅に舞い続けるなつめの柔軟なポーズに、客席からは溜息が漏れた。

「…っ…」

 まだ完成していなかった決めのポーズ。それが今インスピレーションで一瞬で描かれた。深沢は迷う事なく、そのポーズへとリードしていく。なつめと片腕同士をしっかりと組むと、そのまま背中へ振り上げた。その反動で、閉じた足に裾が巻きつくように絡まった。瞬間、なつめは足を回転させて、裾を勢いで振り払った。

「…っ…!」

 その光景に、ユーゴと檀が息を飲んだ。

 今回、新たに新調した白の衣装は、檀がビーズのように加工した宝石が、シフォンに散りばめられて縫い付けられている。上半身の緻密なレースと刺繍はユーゴの力作だ。その衣装が高く一八〇度開脚した足先から現れた。なつめのシューズも、今は衣装に合わせて特注で作ったジャズダンス用のローヒールのようなものに変えている。

 なつめの片足が床に着くと、なつめの上体を起こしながら、赤紫の衣装を引き剥がし、白の衣装が徐々に現れる。少しずつ変化する衣装に、観客からは溜息が漏れ、ユーゴは大きく頷いた。

「………」

 深沢はなつめを抱き寄せ、そのまま頭が床すれすれまで倒していく。なつめは顔の前で両手を開いて、片目を閉じてウインクした。満面の美しい笑みに、誰もが同じように笑みを浮かべた。

「………」

 突風のような風が吹き、真っ白な羽根が舞う。詰めた息を吐いた時、深沢はやはりを感じていた。真っ白な空間に立った時、目の前には両親が立っていた。

 深沢は拳を握り締めると、謝ろうとしたが言葉が出てこなかった。悔しくて悲しそうな表情に、二人はただ首を横に振った。

「…っ…」

『しっかりやれよ』

『幸せに』

 深沢は涙を拭うと何度も頷いた。その光景を遠くから見ていた汀子は、信じられないように佇んでいた。そっと一歩一歩歩き出したが、体は重くてなかなか距離が近づかない。

「待って…」

 頬を涙が流れた時、その涙を懐かしい優しい指が触れ、拭ってくれた。顔を上げると、両親が笑って側に立っていた。

「私、私…」

『よくやった』

 心のなかで父の声が深く響いた。

 強く閉じた目を開くと、深沢となつめが幸せそうに見つめ合って踊り終えていた。大歓声に、汀子はそっと隠すように涙を拭った。

 沢山の花を抱えた深沢たちに、汀子はそっと近寄って行った。深沢は汀子の顔を見て、何か言いかけたが、笑みを浮かべるだけだった。汀子はそっとその腕に触れると、深沢は汀子の頭を撫でで、その肩を抱き締めた。

 そんな汀子の手に、温かな温もりが重なった。そっと視線を向けると、塔矢と澤生の笑顔を見つめた。

「幸せって、気付かないものなのね」

 汀子は初めて、自分から二人を抱き締めた。


 別荘のお風呂に浸かり、チャプン…って音だけが妙に響いた。深沢はなつめを膝の上に乗せたまま、風呂の縁に頭を乗せて、目を閉じている。なつめは天井の模様を眺めていた。いつもこの天井がなくて、夜空が観られたらいいのにって思っていた。

「………」

 本番にしか見られない幻の白い空間。目の前に現れた深沢の母親に、深く頭を下げられた。なつめは驚いていると、隣にはいつの間にか小春が立っていて、同じように深く頭を下げていた。一瞬の夢のような感覚。

「あのさ…」

「んっ?」

「いやいい…」

 説明も出来ないし、口を紡いだ。深沢はそっと起きると、なつめの体を抱き締めた。

「なつめ…」

「うん…」

「結婚しようか…」

 なつめは驚いて、体の向きを変える。真正面から顔を見ると、深沢は苦笑した。

「凄い驚きようだな」

「だってさ…」

「いや、別に。何か形式張った何かがしたいわけじゃなく、ただな…」

 深沢は指輪をしている手を握り締めると、

「気持ちを伝えるのに、他に言葉が見つからなかったんだ」

 籍を入れるとか、結婚式を挙げるとか、そんな事ではなくて、今の感謝の気持ちを言葉にしたら、どんな言葉を伝えたらいいかをずっと考えていた。

「俺は、なつめに会ってから、人生がどんどん好転していった。結果的には、俺が思い描いていた人生を謳歌していた。昔なら、受け入れられなかった事でも、今は受け止められる。全てにおいて、今を幸せだと思える。そんな幸せをくれたお前を、もっと幸せにしたいって…」

「…っ…」

 なつめは唇と震わせると涙が溢れた。

「俺は、宗司の側にいたい…。宗司と踊りたい。ただそれだけだよ。十分に幸せを貰ってる」

「なつめ…」

「俺たちは二人でひとつ。その言葉だけで十分」

「…なら、この指輪に誓うよ。この手は決して離さない」

「宗司…、うん。俺も誓うよ」

 なつめは深沢の頬に触れ、ゆっくり唇を合わせた。軽くついばむだけのキスを繰り返し、深沢の首筋から逞しい胸板に唇を寄せ、キスマークを付ける。

「宗司の肌ってあんまりキスマーク付かないよね」

「なつめは色が白いから、付き捲りだけどな」

「むう…」

「じゃあ、どこに付くのか、試してもらおうか」

「えっ、ええっ! ちょっと…」

 風呂から抱き上げて出ると、脱衣所で軽くタオルで拭いて、バスローブを着てベッドに向かう。ベッドの上に横になった深沢はさあどうぞと転がっている。

「絶対、面白がってる」

 深沢の体を跨いで、首筋からキスマークをつけていくが、なかなか付かない。どんどん下に降りて、深沢の高まりを目にすると、なつめは真っ赤になって、

「もう反応してるじゃないか!」

「当たり前…」

 面白そうに眺めている深沢に、なつめはバスローブを脱ぐと、それを頭から被って、深沢の熱棒に舌を這わせた。いつもしてもらっているみたいに、撫で回して口に含もうとしたが、大きすぎて飲み込めない。しゃぶりながら、手で愛撫していくと熱くなってきた。ソロッとバスローブの隙間から、深沢の様子を伺うと、片目を開けて視線を合わせてきた。

「…っ…」

 まずい。あの表情はろくでもない事を考えている。咄嗟に逃げようとしたなつめの片足を捕まえる。

「やだっ!」

「捕まえた」

 爪先から足を舐められる。這い上がってくる熱い吐息に、堪らなくなって逃げようとすると、背後から腰を掴まれる。熱くなっている中心を握られて、

「あっ、ああ、待って」

「今日は早いな」

「だって、もう…」

「限界近いな。そんなに興奮した?」

 笑いながら、中心への刺激を強くしていく。

「うっ! そんなにしたら…」

「大丈夫、達かせない」

「えっ…、あぁ、あぁ、くうっ…」

 強く握られ、後ろの最奥にいつの間にかたっぷりとしたオイルを入れられた。溢れる程の量に、力が入らなくてシーツを掴む。悶えるなつめを見下ろしながら、

「さて、最高の一瞬を…」

「宗司、ゆっくり…」

 なつめ自身を握り締めたまま、深沢は熱く滾っている熱棒をグッと押し込んだ。

「ああ、熱いっ!」

 逃げようとするなつめの体を優しく抱き締め、腰を抱え直すと、更に深く腰を入れた。

「あああぁ!」

 腰を高く上げたまま、もっと奥まで突き上げてくる。達けない熱が体中を駆け巡り、動けずに強く締め付けてしまう。深沢は眉間に皺を寄せ、締め付けられる快楽に、昇りかけた高みを押さえつけた。深い所に感じる深沢の熱に、

「宗司、もう達かして…」

「まだ、駄目だ」

「もう、やだ」

「いつもは待てっていうだろう?」

 なつめは中心を捕まえている手を引き離そうとするが、オイルで手が滑る。何度も擦られながら、オイルと格闘していた次の瞬間、深沢の手が離れた。急に熱棒を引き抜かれ、体の向きを変えられる。

「あん…クウッ! やだ。待って」

 深沢は両足を抱え広げると、最奥へ押し当てると深く腰を突き上げた。

「あっ、あっ、あんっ、深いっ!」

 広げ抱えられた足が激しく揺れる。

「ああ、ああっ、んんっ、やだ…」

 なつめは激しい突き上げに、深沢の首に抱きつく。力が入らないのに、腰を固定されて、弱い所を執拗に責められる。

「ここがいいか? ほら、もっと味わえ!」

 腰を回され、なつめは詰めた息を吐き出した。

「ああ、あっ、あああ…っ」

 仰け反るように、溢れる蜜を放った。何度もトクンッと溢れる蜜を絡めとられながら、最後の一滴まで吐き出した。激しい呼吸をしているなつめの頭を撫で、キスをしながら、その体を抱き起した。

「あああ、そんな…、宗司!」

 深沢の首にしがみついたまま、今度は腰を上下に揺すられる。深い所に大きな熱を感じながら、それを締め付けずにはいられない。

「…ああ、いいな。なつめ、ほら、もっと」

「もう無理っ…」

「ここが好きだろ」

「ああっ、ああ、うんっ、あああっ…!」

 また駆け上がるように追い上げられ、一気に高みに達した。激しい締め付けに、深沢は頭が真白になる程、高まった熱を叩きつけるように吐き出した。

「…熱っ…んっ…!」

 ふうと詰めた息を吐き出すと、汗で髪が張り付いているなつめの顔にキスをしながら、愛おしげに見つめた。

「宗司、愛してる」

 甘く掠れた声と濡れた瞳と唇に、深沢は笑みを浮かべた。

「今日は朝まで離せない…」

「そんなに愛してる?」

「あぁ…骨抜きだな」

 なつめは嬉しそうに笑った。

 次の日、案の定、静流のランチピンポン攻撃にあった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る