……………9-(7)

「では、深沢宗司とパートナーなつめのショーに入ります。ジャイブ、アルゼンチタンゴ、ルンバの順に演技して頂きます」

 深沢と腕を組んで舞台に立つ。黄色の衣装に、黒と金の長めのリリアンが揺れる。光沢のある黒のパンツは深いサイドスリットが入り、優雅な足取りが見え隠れする。真正面を向いた時、小春はハッと息を飲んだ。

「………」

 今までと顔付きが違った。額には細い緻密な模様飾りを紐で結んでおり、華やかな表情は眩しかった。深沢のような圧倒的な存在感じゃなくて、太陽なような眩しさであり、内面から滲み出るような温かさに触れると、心が癒され満たされていく。どこか懐かしいような、舞台が暖かな光で包まれているような、不思議な感覚だった。

「…懐かしいな」

 隣で和真が呟いた。小春は和真の顔を見ると、

「あれは、朔真のオーラだよ。なつめは、君にそっくりだけど、内面は朔真によく似ているよ。人の輪の中心にいるべき存在、太陽のような輝きで、人がどんどん集まってくる。誰もがなつめを好きになる」

 深沢はそっとなつめの頬に触れると、溢れるような笑みを浮かべる。

「………」

 深沢が礼央奈に手を上げると、スッと二人の動きが変わった。早いテンポの曲に、弾むようなステップを踏んでいく。全く同じ動きでぶれないステップは、息もぴったり合っている。どれだけの時間を共有したなら、これ程の息の合ったダンスを踊れるのだろうか。楽しそうに踊る二人に合わせて、自然と手拍子が沸き起こる。ハイテンションなダンスに、深沢が盛り上げていく。会場の二階から合いの手が入る。

「ハイッ、ハイッ!」

「ハイハイハイ!」

 巨大スクリーンに、二人の表情がアップされると、更に会場中が盛り上がった。激しく入れ替わり、互いの存在を感じているかのような動きに目が離せない。両手を組み直し、激しくステップをしながら、なつめのアクロバットな技が入る。シフォンの布が優雅に舞い、長めのリリアンが動きに合わせて激しく叩きつけるように動く。瞬きも出来ないほど、組み込まれたステップに、会場中から歓声が起こった。曲が終わると、二人が舞台袖に消える。

「………」

 会場中の興奮が収まらないなか、少しして深沢がゆっくりと現れる。黒のスーツに、深紅のシャツ、胸に薔薇の花を挿して、帽子を被って中央に立つと、

「深沢先生、カッコイイ!」

「素敵!」

 黄色い声が響く。そこへ、なつめが現れる。深紅のバラを模ったシフォンが動く度に揺れる。両脇に深いスリットの入った深紅のパンツから、長い足が優雅に見え隠れしている。

「なんか…、色っぽい」

「…ふう…」

 会場に微かに漏れる声に、なつめは口許に笑みを浮かべた。

 深沢が手を上げると、アルゼンチタンゴの『リベルタンゴ』が始まる。深沢は激しくなつめの体を抱き締めた。絡まる足捌きはとても早く、深沢の深く踏み込んだ足をなつめの足が優雅に撫でまわす。激しいステップに、高く振り上げられるなつめの足に、ダンスの激しさが伝わってくる。

 組んだままの姿勢で、激しく動く二人のステップは、以前の時より更に早くなっている。深沢の巧みなリードがより際立ち、なつめの体は何度も優雅に宙を舞った。その姿勢はとても美しく力強かった。二人の握り締めている手が、絆の深さをより感じさせる。

「……っ」

「…っ……」

 二人の吐く息と、時々奥歯を噛み締める表情がセクシーで、見ているだけで生唾を飲み込んだ。

 曲が終わると、一旦ライトが落とされた。

 舞台袖にはけると、なつめは床に転がって、荒い息をしている。深沢は水を一気に飲み干すと、なつめの体をバスタオルで抱き締めた。

「大丈夫か?」

「……うん」

 少しずつ息を整えると、ヨハンと渚が側に立っていた。なつめは二人を見上げると、

「はあ…、どうしたの?」

「黙って見てられなくなってね。最後の『HERO』は私たちが演奏するよ」

「その前に、ヨハンと一曲入れるから」

「…ありがと」

 ヨハンと渚は舞台に立つと、『ポル・ウナ・カベーサ』を演奏し始めた。

「あぁ、この曲大好きだ…」

 深沢はなつめに水を飲ませてやりながら、

「…いい曲だな」

「うん。さて、着替えようかな」

 なつめはヨロヨロしながら、着替え室に入った。深い息をしながら、呼吸を整えていく。二人の演奏を聞きながら、心が穏やかになっていく。着替えが終わると、舞台を見ている深沢の手を掴んだ。温めるように、背後から抱き締められ、そのままヨハンと渚の演奏を聞いていた。

「あと一曲だ。俺たちの今の最高の演技をしよう」

「俺たちは、二人で一つ」

「体は、あと数時間待ってくれ」

「もうっ!」

 目を吊り上げて笑うと、深沢の顔を見つめる。

「好き……っ」

 思いが強すぎて、涙が溢れそうになる。深沢はなつめの体を強く抱き締めると、舞台のヨハンが合図をしている。曲が自然に変わっていく。渚のピアノが切なく前奏を奏で、二人でゆっくり舞台へ歩いていく。ヨハンのヴァイオリンが主旋律を演奏すると、二人の動きがゆっくりと交差する。

 赤紫の羽根がついたなつめの衣装が、動く度に緩やかな風に揺れる。深沢がなつめの肩を掴むと、その手をすり抜けるように去っていく。それを追い掛け、その体を深く抱き締め、なつめの足が開脚しながら高く上がる。

 深沢の両手を掴み、振りをつけて開脚したままの姿勢で九〇度向きを変える。緩やかな曲に、なつめの柔軟性を生かした技が綺麗に決まる。高速回転しながら、ポーズを取り、客席へ指を伸ばす。

「…っ……」

 振り出した指先と目線は、まりもを見ていた。

『頑張ったな』

『うん』

 心の呟きは伝わり、まりもの頬を涙が流れた。

 伸ばした足首を深沢が掴み、グィッと引き寄せる。体の向きを変え、深沢の背後から腰を掴み、振りをつけて開脚してキープする。そのラインの美しさに溜息が漏れる。

 深沢の太腿の上を優雅に足をクロスして跨ぎ、床に大きく弧を描きながら、メリーゴーランドのように回りながら、足を上げていく。

「…っ……」

 伸ばした足をゆっくりと前へ繰り出して歩いていく。手が離れるか離れないかの距離で、深沢のリードで引き寄せられる。深沢の手がなつめの首に手がかかり、ゆっくりとその手が下りていく。

「……っ!」

 次の瞬間、なつめの衣装が真っ白に変わる。ふわっと沸き立つような羽根の舞に、ヨハンと渚は真っ白な世界にいた。ヨハンは目を見開くと、目の前に立つ男性の姿に息を飲んだ。笑って何かを言ってる。

「………っ」

 眉間に皺を寄せたが、視線を逸らして目を閉じた。その姿は心のなかでも、目の前に立っている。出会った頃と同じような優し気な目で自分を見ている。

『愛してる』

『私も』

 やっとその思いを認めることが出来た。ヨハンは笑いながら、彼の腕の中でそう呟いた。ヴァイオリンの音が甘く切なく、観客の心に深く響いた。

 渚は二人の幼馴染と笑い合いながら、その光景を眺めていた。ジレ男爵は渚に振り返ると、何度も頷いている。

『分かってるよ。ヨハンは僕の家族だから、今度は離れず見守るよ。だから、安心して』

 ヴァイオリンに同調するかのように、渚のピアノが心地いいほど優しく木霊す。

 小春は心のなかに込み上げる何かを感じていた。

「なにこれ…」

 舞台が眩しくて一瞬目を閉じると、舞台でなつめが手を振っている。

「もうなに? なつめ? 誰…」

 問いかけたが、ぼやけたシルエットがはっきりしなくて、もう一度瞬きすると、

「………っ!」

 なつめの手を取って、そこに立っているのは、

「朔真?」

 声が出ない。笑みを浮かべて、手を振っている。思わず、手で口を押えると、すぐ側から和真が走っていく。子供の頃の姿に戻って、朔真に抱きついて、声を上げて泣いている。

「馬鹿野郎! 朔真、朔真っ!」

 小春の頬を涙が流れると、その場に座り込んだ。瞬きをすると、目の前に朔真がいる。手を指し伸ばすと、その手を掴み、抱き締めてくれた。

「朔真、愛してる」

 返事はなくても、心には伝わってくる。

『俺も…』

 光のように弾けると消えてしまった。我に返ると、舞台にはなつめと深沢が白い羽根が舞うなかで、幸せそうに見つめ合っていた。心と心が共鳴する。幸せの瞬間なんて、一瞬の幻のようなものだ。だから、この二人のダンスには心を打たせるなにかがあるのかも知れない。

「………」

 そっと隣を見ると、和真は目を閉じていて、涙が流れたあとがあった。

 沢山の拍手の後、名残惜しげに舞台を見上げた。終わった舞台には、上を見上げたヨハンと渚の姿があった。抱えきれない花束を抱えたなつめの姿に、小春は笑みを浮かべた。

「完敗…」

 なつめの誕生日会はやっと幕を閉じた。


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