……………………7-(4) 

「どうして、ご飯も食べないでエッチするかなぁ…」

 お昼も過ぎた頃、隣の『こもれび』でご飯を食べながら、静流からニヤニヤ笑われる。お客もいなく、カウンターには鷹東が可笑しそうに笑って見てる。

 なつめはランチの大皿の向きを変えて、美味しい食事を堪能したいのに、静流の攻撃に合っている。深沢は全く関係ない素振りで、黙々と食べ既に完食している。

「静流、君も朝方まで現像していたんだろう?」

「もう、楽しくって…」

 なつめはその楽しいが気になって、静流を見る。静流は残り少なくなっているのを見て、早く食べてってジェスチャーした。

「やっぱり、一番に二人に見て欲しいからね」

「昨日は、見せないって言ったじゃない」

「ふふふっ…」

 その笑い方に、なつめは不安を感じながら、喉に詰まらせながら、食事を終えた。ご馳走さまでしたと手を合わせると、鷹東がお皿を引く。

 そこに、静流が五枚の写真をスライドした。なつめと深沢と鷹東は、それを見つめた。

「……っ!」

 なつめは写真を見つめ、深沢の笑っている顔を見つめた。もう一度振り返ると写真を見た。

「これ誰?」

「なつめ君…」

「……っ!」

 即答した静流に、深沢は苦笑いしながら頷いた。化粧した自分を何度もみて、

「嘘っ…」

 今まで女装もしたし、化粧もどちらかと言えば、女性に寄った感じだった。それが今回の化粧は、なつめ本来の美しさを引き出した化粧だ。だから、中性的なイメージはなく、なつめの本来の美しさだった。

 自分ではとても言い難いが、

「………」

 綺麗だった。

「んっ、でも。こういう化粧すると、母さんにそっくり…」

「そうだね!」

 笑ってる静流に、深沢は興味津々に眺めている。鷹東は二人の絡まって見つめ合ってる視線の激しさを眺め、

「なんだか、一心同体だね」

 深沢は大きく頷くと

「今回、それは強く感じました。アルゼンチンタンゴがそういった情熱を含んでいるんでしょうね」

 なつめは指輪の刻印を思い出し、『二人で一つ』それを心と体で実感した。写真の自分の情熱を見て感じ、思い出したように笑った。

「…で」

「…っ…!」

 静流の言葉に皆が反応した。これで静流が済ませるとは思っていなかったが、案の定、目が爛々と輝いている。

「これじゃないとね…」

「ギャアっ!」

 そこに並べられた写真に、なつめは悲鳴を上げた。深沢は両手で顔を覆い、諦めの溜息を吐いた。鷹東は飛び上がって赤くなって視線を逸らす。

「もう、なんでこんな写真撮れるんだよ…」

 どう見ても、深沢に愛撫をねだる表情と仕種に、なつめは隠すように写真を集めた。

「それなんて、可愛いもんだよ。僕のコレクションはこっち!」

 数枚並べられた写真を見たなつめと鷹東は固まった。

「………」

 それはもうエッチだ。今回の絡みは今まで以上に濃厚だったため、尚更そういった角度で撮るとよりリアルに見える。

 ふと隣で真剣にそれを見ている深沢に、

「もう宗司っ、何真剣に見てるんだよ」

「…これ、全部でいくら?」

「………」

 なつめは机に突っ伏した。静流はニヤッと笑って、深沢と値段の交渉をして、現金を受け取っていた。

 静流の手に輝く指輪を見て、

「そういえば、静流さんの指輪の刻印ってなに?」

 静流は振り返ると指輪を外し、

「僕と基さんの深い言葉の繋がりは、『約束promise』だよ」

 そっと見せてくれた。

 なんとなく納得する。静流が食べただろうお皿を洗っている鷹東を見て、以前から、不思議だったことを尋ねてみる。

「静流さんって、なんで食事するとき、一言も喋らないの?」

 鷹東が笑いながら、

「それは父親もそうだったよ…」

「そうなんだ…」

「理由はあるんだけど…」

 鷹東は不思議そうに首を傾げた。静流は、鷹東の顔を見つめると、まぁいいかと可笑しそうに笑った。

「食べ物を粗末にしてはいけない。出された物は決して残してはいけない。それはいろんな所を旅していた時、貴重な食材でもてなしてくれる所は、意外にもとても多いんだ」

「そうなんだ」

「感謝して食べる。その食事には、作ってくれた人の愛情が沢山こもってる…」

「───」

 一命は、鷹東の食事を作る後姿を見ながら、いつもこそこそと呟いていた。

「基が、俺だけの為に、手間暇かけて沢山の愛情を注いで作ってくれるんだぞ。有難く味わって食べないと勿体ないだろう?」

「父さんが来るから、仕方なく作っているだけじゃない? それに僕もいるんだけど」

「静流甘いな。あぁ見えて、基は俺にべた惚れなんだぞ」

「夢見てるね…」

「あぁ、可愛い顔して可愛くない!」

「イチメ、うるさい!」

「───」

 昔を懐かしんで、思い出し笑いをすると、鷹東の表情が強張っている。一命の真剣に食べ物に向かう姿勢の原点は、ここからきていた。

「僕の父親は、とても不器用な人でね。とても大切な人の愛情に飢えていたというか…」

 そっと鷹東が席を外して、奥へと入っていく。静流はカウンターに手をつくと、その後を追った。奥の部屋の棚の近くの丸い椅子に座っている鷹東の背中はどこか寂しそうで、

「まったく、僕の周りは、不器用な人ばかりだよね」

 溜息を吐きながら側に寄ると、その体を後ろから抱き締めた。

「父さんはいつも、基さんの料理を、基の最大限の愛情表現だと思ってたよ」

「悪い…、少しだけ。あいつの事を思い出していいか…」

「何言ってんだよ。父さんの思いも含めて、僕は基さんの側にいるんだよ」

 そっと回り込むと、鷹東の頬を涙が流れていた。

「約束して…。これからはもう一人では泣かないって…。僕が側にいるんだよ。僕の胸で泣きたいときは泣いてよ」

 鷹東の頭を優しく抱き締めた。鷹東はそっと静流の腰を抱き締めると、

「静流…っ」

 鷹東の掠れた声に、静流は愛おしげに強く抱き締めた。

 ドアの隙間から聞いていた深沢となつめは、ゆっくりとドアを閉めた。

「静流さんとオーナーっていい関係なんだね」

「あぁ、ずっと側にいるから、尚更思いが深いな…」

 深沢の胸に顔を埋めたなつめは、固く閉まったドアを見つめた。


 やっと日常に戻り、数か月が過ぎた。深沢となつめはリビングで次のショーでの選曲をしていた。アルゼンチンタンゴの経験は二人で踊る事の更なる開眼となり、二人のダンスの視界もかなり広がりより深まった。ゆっくりと深沢の肩に頭を乗せ、イヤホンから流れてくる音楽を聴いている。

「あ、この曲いいなぁ…」

「そうだな。これも入れてみるか…。そういえば、なつめが好きだって言ってた曲あっただろう?」

 なつめは小首を傾げると、

「えっ? いつ…」

「雛元の会社で…」

「アルゼンチンタンゴの…?」

 頷いた深沢の顔を見て、

「あれは…、父さんと一緒に、イギリスに数か月行ってた時に、知り合った子がヴァイオリンでよく弾いていたんだ。あの曲調がもの凄く切なくて、耳に印象に残ってて…」

「題名覚えてるか…」

 なつめは苦笑いしながら、首を横に振った。

「ポル・ウナ・カベーサだ」

 後ろから聞こえたユーゴの声に、なつめは大きく頷いた。

「そうそう…」

「……っ!」

 背後から聞こえてきた声に、深沢は驚いて振り返った。そのまま固まっている。なつめはまだ選曲をしていたが、

「ねぇ、何か食べ物ない?」

「……っ!」

 聞こえてきた礼央奈の声に、驚いてキッチンを振り返った。そこで見たのは、キッチンで既にユーゴが料理をしていた。まりもはお皿を持って配っている。檀は差し出されたお皿を受けとり、渚は深沢たちと視線が合うと苦笑いをした。

「すみません…。ちょうど住まいを探してたら、ユーゴが食堂付きの物件があるっていうから、下の階に引っ越すことになって…」

 渚の申し訳なさそうな声に、ユーゴがフライパンをひっくり返しながら、

「いいじゃねぇか、少し作るのも沢山作るのも一緒だし…」

「………」

 深沢は頭を抱えて、ソファに転がった。

「あっ! 宗司見て!」

「………」

 深沢が大きな溜息を吐いていると、なつめが信じられないように肩を叩く。仕方なく、ソファから振り返ってみると、小さな女の子が可愛いエプロンをして、お皿を持っていた。

「………」

 二人で顔を見合わせると、魂が抜けるような溜息を吐いた。すると、玄関からまた話し声がする。

「宴会だって…」

「なんで、エルナンまで来るんだよ!」

「今は休暇中」

「礼央奈! 礼央奈!」

 リビングのドアが激しく開くと、鷹東が大きなお皿を檀に渡し、珍しく詰め寄った。

「礼央奈、君はこのマンションのセキュリティを触っただろう」

「えっ…。叔父さまに了解もらいましたが…」

「あの時は緊急事態だったからだ。この部屋のドアがなぜ、自動で解除されるんだ」

 レオナは胸を張ると、

「顔認証です…」

「そんな事を…、えぇ!」

 あんぐりとした後、鷹東が頭を抱える。

「ここは食堂です。みんなが自由に出入り出来なくては困ります」

「顔認証ってどこにそんな情報が…、あっ、まさか静流くん、礼央奈と組んだね」

 静流はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。

 すると、まりもは呑気に、

「じゃあ、ちなつはどうするの」

「大丈夫です。さぁ、ちなつ、ドアの前に立ったら、どうします?」

「はいっ。ちなつ、ひらけごまっ!」

「正解。声認証です…」

 深沢となつめは力なくソファに倒れ込んだ。やっぱり予想通りの展開に抵抗する気も起らない。

 鷹東は、ソファに倒れ込んだ深沢となつめを不憫に思いながら、ちなつの頭を撫でてやる。

「随分と早く処理が出来たんだね…良かった」

「はい。本当に有難うございました。借りた分は生涯かけて払いますから」

「ま、それはおいおいでいいよ」

 ちなつのまりもを見上げる嬉しそうな顔に、安心したように頷いた。

「叔父さまが、毎年かなりの寄付金をされているおかげで、信頼も厚く、雛元のバックアップもあるので、思ったよりも早かったです」

 でもまだ、どこか緊張しているちなつに、

「君のお友達を紹介しよう…」

 そっとうさぎのぬいぐるみを渡すと、ちなつはそれをしっかりと抱き締めた。その光景が昔の自分のようで、礼央奈は懐かしい優しい微笑みを浮かべた。

「…さて、このマンションのセキュリティをどう変更したのか聞こうか?」

 礼央奈は表情を引き締めると、

「SONAスタッフの各部屋に、顔認証と声認証のセキュリティを行い、出入り自由にしています。住人の情報も管理しているので、部外者が侵入した場合、逐一監視を行い、何あった場合、すぐに警察に通報します。皆を守るための最善策です」

 鷹東は大きな溜息を吐くと、

「それはかなり君の個人的な意見が入っての事なんだろう?」

 礼央奈がシュンと肩を落とすと、鷹東は笑った。

「このマンションの住民は幸せだな」

「はいっ…!」

 満面の笑みに、鷹東は眉間に皺を寄せた。

「それじゃあ、家賃が赤字だ。全く会社が文句を言ってくるわけだ」

「す、すみません」

「仕方ない。君がここに居るのが条件だ。ここの管理も任せたから、好きにやりなさい」

「いいんですか!」

「僕個人の所有にするか、考えるよ…」

 大きな溜息を吐いている。

 鷹東は、ソファに転がっている深沢の側に寄ると、小さく呟いた。

「深沢くん、申し訳ないね。もしなんなら、別荘へ引っ越してもらってもいいからね」

 深沢となつめは笑みを浮かべると、

「まぁ、こっちの生活も、あっちの生活も気に入っているので、今のままでいいです」

「うん…」

 鷹東は頷くと、

「さてさて、次は何をやらかしてくれるのやら…」

 それには深沢となつめは気の毒そうに、含み笑いをした。

 ソファに座ったエルナンは、隣の静流を見て、キッチンを眺める。

「なんで、此処に人が集まるんだい?」

「…んっ? 決まってるじゃないか。此処が好きだからだよ」

 深沢となつめを見て言うと、二人は幸せそうに笑った。

 

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