……………………7-(3)
公演当日。SONAスタッフと共に、公演の準備に取り掛かっていた。アルゼンチンタンゴの出演者は、全部で八人。その中でもトップの踊り手として、エルナンは華やかな衣装を身に纏っていた。
「…これは凄いな」
ユーゴは裏方をずっと見て回っており、エルナンの衣装に関しては、穴が開くほど見ていた。エルナンは笑っていたが、なつめの衣装を見つめた。
上半身は深紅のシースルーに金の刺繍、首元には縫い付けられたどう見てもイルミネーションではない金で出来たネックレスが輝いている。光沢のある黒のパンツは深沢とお揃いだが、両脇に深いスリットが入り、裏地の深紅のシースルーが見え隠れしている。歩く度に黒いタイツに金の刺繍が施してあり、自然と視線が向く。下半身の黒と深紅の使い方の上手さに感心した。きっとなつめの足捌きが美しく映えるだろう。
「なかなか素晴らしい衣装だね。君の体をよく理解してる人が作ってるんだね。へぇえ…えっ!」
大きく頷いているユーゴに、エルナンは驚いたようだ。
アナウンスが始まると、バンドの弾き語りが始まる。
「さあ、行っておいで…。多分、違う世界が見えるよ」
「エルナン、ありがとう」
「幸運を…」
なつめの頬にキスした。深沢とは握手を交わして、その背中を叩き見送る。その後ろ姿を見つめ、
「ハハッ、ママそっくりだね」
会場の中央では、静流がスタンバイしているだろう。さて、どんな世界を見せてくれるのかな。
ヴァイオリンの優雅な音色が終わり、バンドネオンの音が始まる。弾むような音楽に、会場中からから拍手が沸き上がる。光輝くステージに向かって、深沢となつめは歩き出す。中央に立つと、二人は深く一礼をした。
「………」
会場から深沢の容姿に、ほうと溜息が漏れる。深沢は腕を組んだなつめを見つめる。なつめは深沢の頬に触れ、その手をそのまま首にかけた。体がふわっと浮き上がり、音楽に合わせて踊り始める。
なつめの柔軟な体がより速く動くと、パンツのスリットが大きく開き、深紅のシースルーが激しく舞い、黒のタイツに絡まる。足の動きが激しいステップだからこそ、それはより綺麗に映える。
なつめを見つめる深沢の眉間に皺が寄る。
「……っ…」
今回から、なつめの化粧を担当したボティペンティングの渚は控室で、
「───君の肌はとても奇麗なんだね」
そう言いながら、真剣な顔で四方からファンデーションの塗りを確認している。ユーゴと相談しながら、なつめの中性的なイメージを、より美しさに重点を置いて変貌させていく。柔らかい印象の目元のラインを、黒と赤のアイラインですっきりとさせ、額と頬に赤とゴールドを混ぜた筆で、衣装に繋がるラインを引いた。ぷっくらと膨れている唇を薄く濡れたような曖昧さにすることで、目力の強い剣士のような仕上がりになった。
その完成品を見せられた深沢は目を見開いた。思わず、触れようとした手を止められる。
「…宗司、お障り禁止」
「あっ? なんでだ…」
「分かってるだろう?」
渚は笑い、ユーゴの意味深な表情に、ブスッとふくれた───。
「………」
なつめの時々見せる表情で、素の顔とのギャップが胸をときめかせる。踊り始めて、それはより強く感じる。いつもよりも濡れた目で見つめられ、場所が場所でなかったら、完全にノックアウトだ。
「………」
そんな深沢の内心とは裏腹に、なつめは深沢の存在を肌で感じていた。リードをより感じ、激しくステップを踏んでいく。今までよりも立ち位置は近く、絡める視線は熱く、踏み込むステップは深い。
「…っ…!」
「……っ!」
激しく見つめ合ってまま、早いステップに会場中から拍手が沸き起こる。深沢の踏み込むステップや強い抱擁にも、なつめは体勢を崩すことなく、深沢の懐深く踏み込んで睨み上げた。お互いの均等な場所。それをずっと探していた。なつめのなかに一本の軸が立ち、凛とした美しさが光った。
「……っ」
深沢はフッと笑みを浮かべ、何処かでセーブしていた懐のなかから、なつめを解放した。深沢の守りから解き放たれたなつめの体が強く、突風の如く、ラインを作って伸びていく。一本の細い糸が繋がっているのを感じた。
「───!」
ユーゴと静流が目を見開いた。
二人を囲む白い羽根が突風のように激しく舞った。深沢は一瞬、白い空間のなかで、なつめと笑って見つめ合っていた。これはこの前同様、心の共鳴───。だが、その手を掴むとすぐに現実へと戻った。目を閉じて、感覚を研ぎ澄ました。
「………」
深沢の動きが変わった。なつめの動きを全て把握して、その可能性を最大限に生かしたリードで操っていく。
急になつめの動く方向の前に足を入れる。なつめは動けなくなるが、動揺することはない。そのまま上半身を捩じっていく。
「……っ!」
なつめはそのまま重心を保って身を委ねると、反動でクロスした足が高く跳ね上げる。なつめの長い足が次々と回転しながら、優雅に高く舞った。本気の深沢の激しいステップにはついていけないが、出来るだけ踏み込んで、なお且つ、重心は絶対にブレない事を保つ。すると、抱き上げられて宙を舞った。体が一つのように、激しく共鳴する。ベッドの中のように、深沢をより深く感じるだけ…。
「………」
二人の共鳴したダンスは、見るものに心のなかに、じわりとした炎を灯し、沸き上がる感動を残した。
「…これは。うーん。あんな技教えていないんだけど…」
エルナンは小さく呟いた。
会場中から盛大な拍手が鳴り響くと、エルナンは笑みを浮かべた。
「さてさて、僕らも負けられないよ」
「そうだな。面子があるからな…」
「難しい言葉、知ってるね」
エルナンは一気にテンションを上げると、舞台へと出て行った。公演は大盛況で幕を閉じた。
「あぁ、凄かったね」
「あぁ、まだ体が熱いな…」
別荘の大きなお風呂に浸かって、溜息交じりの会話を繰り返している───。
演技が終わった後は、二人して呆然と立ち竦んでいた。エルナンたちに揉みくちゃにされながら、皆から絶賛を受けた。満面の笑みで舞台袖に下がると、ユーゴと渚が呆然と見ていた。
「やっぱり、俺って天才だよな」
ユーゴの自画自賛に、渚は我に返ると、
「凄く良かったよ。舞台は初めて見たけど、心を持っていかれたよ。凄い! なつめ君、深沢さん、これからも宜しく」
固い握手をしていると、静流が飛んでやってきた。興奮した様子で走ってくる。
「あれ、エルナンの写真撮らなくていいの?」
「あっ? サガが撮ってるよ。それより…」
静流はなつめに抱きつくと耳元で、
「良かったよ。公開エッチ…」
「……っ!」
真っ赤になって、静流を見ると、にんまりと笑っている。深沢とユーゴは予想が付いたので、諦めの溜息を吐いているが、なつめは飛び上がって、
「静流さん、どんな写真撮ったの!」
「見せないよ。今までで最高!」
「………」
青くなったなつめに、深沢は頭を撫でてやった───。
なつめは、静流の楽しそうな顔を思い出すと、
「もう、静流さんはあっち関係鋭いからなぁ…」
深沢は吹き出して笑うと、
「…感覚で生きてる所があるからな」
「凄いよね、あの勘…」
「でも、今日の化粧綺麗だったな…」
「えっ、宗司見てなかったじゃない。俺自分では見れなかったのに…」
「あれは…、ちょっとヤバかったからな」
「なにが…」
「綺麗過ぎて、ど真ん中だった」
「ど真ん中?」
きょとんとしたなつめの頬を突っつくと、
「惚れ直したってやつだ。場所が場所でなかったら、押し倒してた」
「……っ!」
真っ赤になったなつめの唇にキスをすると、
「さて、そろそろ出るか…」
頬を膨らませているなつめに振り返ると、
「なんなら、ここで押し倒して欲しいか?」
水をかけてきたなつめに、笑いながら出て行った。
「あっ、あっ、んんっ、宗司っ…」
なつめはゆっくりと動きながら、深沢の首に抱きついた。先程からクッションに凭れた深沢の腰の上に座ったまま、力が入らなくて動けずにいる。
「ほらっ、もっと動いて…」
「力入らないっ! 宗司動いて…」
「…駄目。なつめをじっくりと味わいたいから、俺を達かせるまでこのまま…」
「もう、あんっ、くっ!」
オイル塗れになった熱棒を締めていく。深沢は目を閉じたまま、感覚を楽しんでいるようだ。激しく動くこともできず、ゆっくりゆっくり深沢を最奥まで飲み込み締める。
「あっ、ああぁ、あん、もう…」
「なつめ、ほらもっと…」
深沢の厚い胸板に頬を寄せて、もどかしく腰を動かす。
「あぁ、届かない…、んんっ…」
「もう少しだな…」
深沢が少し動いて角度を変える。
「うんっ、あっ、あっ、そこっ!」
「あぁ、いいな…。でも、もっと奥が気に入ってるんだが…」
そう言いながらも動いてはくれない。でも、なつめは自分が限界に近付いていて、
「あ、あぁ、宗司、もっと…もっと…」
「……っ…」
なつめの濡れた目元が、今日の化粧と重なる。薄く開いた唇を重ねると舌を絡めた。快楽で溢れた涙をキスで吸って、なつめの体温を感じる。体のなかに沸き上がった熱に、深沢は眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔をした。それを見つめながら、なつめは自身に触れながら、深沢に腰を押し付けた。
「あっ、んんっ、あぁ、ああぁっ!」
「……クッ!」
強い締めに、なつめの体を抱き締め、その奥で熱い高まりを放った。
「あぁ、あっ、熱いっ!」
全てを吐き出し終わると、深沢はなつめを抱き締めたまま、クッションに沈んだ。
「はぁ、こういうのもいいな…」
「………」
なつめは力なく荒い呼吸を整えている。深沢に抱き締められたまま、その腕のなかの幸せを感じていた。大好きな胸板に頬を寄せ、
「まだ、痺れてる…」
「このオイルで、以前より負担が少なくなったんじゃないか?」
なつめは目を開けると、
「そう! 以前は歩けないほど足腰立たなかったのに…」
その前にそんなにしなければいいのに、いつも深沢に流されて気絶するまでノンストップだった。そっと笑っていたなつめは驚いて、深沢を凝視する。いつの間にか、腰ががっしりとホールドされていた。
「えっ、まさか…。なんで、大きくなってるんだよ」
深沢はなつめを抱いたまま、くるっと回転すると、ベッドに組み敷いた。
「あっ、待って…! まだ…」
「いつも言ってるだろう? 待たないし、待てない」
なつめの両足を抱え上げると、深く腰を入れた。
「あぁ、あぁ、深っ!」
「やっと届いた…」
激しく締め付けられる感覚に、熱い溜息を吐いた。更に、腰を抱え直すと、逃げるように首に掴まったなつめに、
「そのまま、しっかりしがみついておけよ…」
「あっ、やだっ、宗司っ!」
激しく揺すられて、声が抑えられない。もっと深い交わりを求めるかのように腰が上がっていく。深沢の頭のなかには、なつめの激しく踊る姿が舞っており、情熱的に求められる視線に、口許に笑みを浮かべた。
「宗司、もっと…、あっ、んんっ…」
「なつめ…」
喘いているなつめの唇を塞ぎ、
「んっ、んっ、んぅ、んん!」
「……っ!」
激しく突き上げると、なつめの足が宙を舞う。奥深くに熱い高まりを吐き出した。溢れて流れるくらい注いで、その細い腕のなかに抱き締められる。愛おしさに左手の指を絡めた。
「愛してる…」
「うん…、俺も…」
見つめ合う視線が甘くて、笑いながらキスをした。
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