………6-(4)

 無事にショーも終わり、やっと休みだと深沢となつめはぐったりまったりしていた。そこに、神妙な顔をしたまりもと、不安そうに落ち着きのない礼央奈がやってきた。なつめの顔を見たまま言い出せないまりもは、少しの間考えていたが、決意したように、拳を握り締め、大きな溜息を吐き出した。

「どうした、まりも?」

「…あのね、なつめ君。ちょっと付き合ってくれる」

 不思議そうに深沢を見ると、

「先生も一緒でいいから…」

 深沢も頭を傾げるとなつめは頷いた。玄関を出ると、ユーゴと出くわした。

「なんだ? 皆でお出掛けか?」

「まあな。買い出しだ…」

 深沢の絶妙な切り返しに、ユーゴは立ち止まる。

「なら、俺も行く…」

「えっ!」

 なつめの声にユーゴの眉が上がる。

「俺だけ除け者か?」

「お前は…」

 深沢の困った顔に、まりもは笑いながら、

「ユーゴさんも一緒に来てください」

「じゃあ、檀。留守番宜しく…」

「………」

 礼央奈の運転する車で、数十分ドライブして、草の生えている空き地に車を停めた。車から降りると、すぐ隣から子供の声が聞こえる。そっと大きな桜の木の影から、施設の中を除いた。三〇人くらいの子供が遊んでいる。その中で、本を読んでいた高齢の女性がこちらに気付き、礼央奈とまりもを見て、驚いた顔をした。だが、何もなかったかのように、また本を読んでいる。まりもは唇を噛み締めると、

「なつめ君、あそこに座ってる女の子見える?」

「うーん。あ、ピンクのワンピース?」

「そう…。私の子供なの」

「ふーん。えっ!」

 深沢はナイスなタイミングで、なつめの口を塞いだ。

「あー、びっくりした。あぁ、確かに小さい頃のまりもによく似てる」

 なつめは一息吐くと、遠い目で見つめた。

「あいつの?」

「うん…」

「私は体を壊して、とても育てられる状態じゃなかった。彼が追って探しているのも知ってたし。言い訳だけど、私にはこんな形しかあの子を守れなかったの…」

「まりも…」

 ユーゴは木の陰から女の子をジッと見ると、

「名前は…?」

「ちなつ…」

「ち・なつって、なつめの子じゃねえか」

「…えっ」

 なつめが仰け反る。まりもを睨むと苦笑いをしている。あながち名付けに関しては、間違ってないみたいだ。

「…此処で、礼央奈さんとすれ違ったの」

 ただ視線を合わせて、お互いに頭を下げただけだ。

 礼央奈は、高齢の女性を見つめながら、

「行く宛のなかった私を数か月でも、温かい家のなかに入れてくれました。私は自分で稼ぐ事が出来ます。だから、此処に居てはいけない気がしました。でも、此処の子たちのために何かしたかったんです」

 ここがずっと経営できるように、寄付をすることしか出来なかった。

 まりもは大きくなった娘を見て涙を浮かべ、

「生活も安定していない。なんの保証もない私には…。まだ、会うことさえ出来ないんだ」

 礼央奈はまりもの悲しそうな顔に、

「あぁ、そうでした。いい考えがありますよ。私が後見人になりましょう。そしたら、ちなつちゃんを迎えに来られますよね?」

「………」

 誰も返事が出来なかった。

「礼央奈、君は幽霊社員って言っていたよね? 税金も払ってない、収入の証明も出来ない、身分証明さえ出したくない君に、後見人になれる訳ないだろう」

「あれ? 叔父さま、どうして?」

 すぐ側で同じように施設を覗いている鷹東に、礼央奈はびっくりした。なつめの横には笑っている静流がいた。

「静流さんまで…」

「いやさ、限定ケーキを見つけたから、基さんとお出掛けして買いに行ってたんだ。どうせなら、沢山買って皆で食べようかって話してたら、その横をさ、見た事のある顔ぶれの乗った車が通り過ぎていくもんだから、思わず、追い掛けてきたって訳!」

「ハハハッ…」

 なつめの乾いた笑いに、ユーゴと深沢は深い溜息を吐いた。すでに、大人数で施設を眺めていたから、施設の子供たちが柵にしがみついてこちらを見ていた。

「…うっ…」

 驚いたなつめの声に、まりもは苦笑いを浮かべている。

「あの良かったら、施設内にどうぞ」

 可笑しそうに含み笑いをしている高齢の女性に、皆して頭を下げるしかなかった。

 一応、来客室に通されると、礼央奈となつめとまりもがソファに座り、あとは壁に持たれて立っていた。

「お茶しかないんですけど…」

 紙コップに入ったお茶のお盆を回していく。高齢の女性は、まりもを優しく見ると、

「あなたは随分と元気になられたようね」

「はいっ…」

 そして、礼央奈を見つめ、

「貴方もいつも沢山の寄付をありがとう」

「いえ……」

「で、一体、こんな大人数でどうしたの?」

 まりもは苦笑いを浮かべながら、

「生活が安定したら、迎えに来ようとは思ってるんだけど、なかなか難しくて」

「そうね。でも、諦めずに頑張って…。あの子はとても賢い子。離れたのは一歳で覚えてるはずないのに、ママはいつか迎えに来る。そう信じてるの。一日でも早く、側に来てやってね。もう五歳になるのよ。子供の成長は早い。時間を無駄にしないでね」

「……はいっ」

 まりもの強い意志に、ホッとしたのか、女性は笑みを浮かべた。すると、いきなりガラッとドアが開いた。小さな女の子がなつめ達をジッと見回している。ピンク色の服に、まりもはそっとなつめの影に隠れるように動いた。

「私のママが此処にいる、絶対いる!」

 入ってこようとするちなつに、

「ちなつ、お客様に失礼ですよ」

 厳しい女性の声に、慌てて迎えに来た若い女性が、ちなつの手を引いていく。

「いやぁ、ママァ、ママァ…」

 まりもが耳を塞いで、なつめの背中で泣いている。あまりにも可哀想で、礼央奈はスッと立つと、鷹東の目の前に立った。静流が何か言いかけたが、鷹東は制した。礼央奈は深く頭を下げる。

「叔父さまにお願いがあります」

 鷹東は、礼央奈の下げた頭を見つめ、

「その時の感情で動くと後悔するよ。人の家庭に首を突っ込んでも、一生面倒を見て、守ってあげられる訳ではないんだ。それは、君が一番分かってあげられるんじゃないかな」

 学校でもいつも一人で、家に帰っても、話をする人はいなかった。鷹東がくれたパソコンとピンク色のうさぎの縫いぐるみだけが友達だった。

「………」

「君にとって、まりもちゃんはどんな存在なんだい?」

 急に優しい問いかけに、

「私の悲しみや苦しみを分かってくれた方です。短い時間ですが、今までの私にないものでした。両親でさえ、私に笑いかけてくれた事はなかったですから…」

「礼央奈…」

 再度頭を下げた。

「私の名前で、いえ私で出来る事があるならお願いします。私と同じ思いをさせた子供を見たくないんです」

 鷹東は腕組をして目を閉じている。鷹東の大きな溜息に、礼央奈は顔を上げた。その顔は怒ったような顔だ。

「君に条件がある…」

「なんなりと…」

「これから、橘礼央奈として生きること」

「……っ!」

「今までのように、陰でこそこそと隠れて生きるのはなく、胸を張って、自分自身と戦いなさい。君の名前を利用しようとする人もいるだろう。でも、君が今言ったように、君も自分の名前を利用すればいい。君は君でいいんだよ」

 礼央奈は驚いて目を見開いた。

 静流は何度も大きく頷いている。深沢とユーゴも腕を組み、笑みを浮かべている。鷹東は礼央奈の肩を叩くと、

「これからは僕が君を支えてあげることも、守ってあげることも出来る。誰かを幸せになって欲しいと思うなら、君も幸せになることだ。分かるかい?」

「はいっ……」

 鷹東はクスッと笑うと、静流を見た。静流も笑みを浮かべて、大きく頷いている。

「…仕方ない。これは礼央奈への十年分の誕生日プレゼントだ。まりもちゃん、僕が弁護士に頼んで手続きをとろう。必要なら後見人にもなろう。それでいいかい?」

 まりもは驚いて立ち上がると、深く頭を下げた。

「ありがとうございます…」

 礼央奈は力が抜けたのか、床に座り込んだ。

「大丈夫かい?」

「叔父さま、人が悪いっ。私の誕生日プレゼントなんて…」

「えっ、そこ?」

 なつめの訝しんだ言葉に、礼央奈は頬を膨らませた。

「叔父さまからの誕生日プレゼントは特別なんです」

 鷹東と静流は可笑しそうに笑った。家の倉庫には、十年分の誕生日プレゼントが山積みになっている。次の機会には、全て渡せる機会があるだろう。


「はああ…。今回はショーにトラブルがなかったけど、こっちでトラブルあったね」

 なつめは天井を見上げて呟いた。広い湯船に深沢と浸かってまどろんでいた。

 お店の隣の洋風の建物は、実は鷹東の昼寝用の別荘だったらしく、渋々貸してくれることになった。元々、一階のソファしか使ってないので、二階は好きに使っていいということになった。ただ、静流の襲撃は避けられないところはあるが…。

「まったくだ。結果的に落ち着いたから良かったものの。どうなるかと思った」

「ほんと…びっくりだらけ」

 二人で溜息を吐くと、

「でも、まりもがママか…信じられない」

「よく似てたな…」

「賑やかになるね、また…」

「………」

 もしかして、あの子もご飯を食べに来るのかと、一瞬考えたが、二人して首を横に振った。もうあれこれ考えるのはよそう。

 なつめの肩に触れながら、

「正義感もいいが、危険な事はやめてくれ」

 ゆっくり振り返り、深沢の唇にキスをした。

「分かった…」

「こっちの肝が冷える…」

「うん…」

 深くキスをしながら、大きな胸に顔を埋めた。

「やっぱりこんなふうに大きなお風呂でゆっくり浸かれるって、ほんといいね」

「あぁ、疲れもとれる。あ、そうだ。檀から、指輪を貰ってきたぞ」

「……っ!」

 ガバッと起き上がると、スッと離れて、シャワーを浴びて出て行ってしまう。

「分かり易いが、もうちょっと後で言えば良かったなぁ」

 もうバスローブを着て、ベッドで待ってるだろうなつめに、苦笑した。

 案の定、ベッドで待ってるなつめに、このままお預けは駄目だろうなぁと諦めの溜息を吐いた。仕方なく、バッグの中から綺麗に包装された箱を取り出した。ベッドに座って、それを渡すと、嬉しそうに受け取る。包装をゆっくりと外しながら、目が輝いていることに、深沢は可笑しそうに笑った。濃紺のベルベットの入れ物を取り出すと、ゆっくりと開ける。

「うわあぁあ、綺麗っ!」

 輝いてる指輪を手に取り、細かな幾何学模様がとてもシンプルでいい。なつめが手にした指輪を手にすると、その内側を二人で見つめた。繊細な字で、“Two as one S&N”二人で一人って意味だ。

「考えたかいがあったね」

「かなり迷ったからな…」

 でも、一番しっくりくる言葉だった。そっとなつめの頬にキスをして、その指輪を奪う。

「あっ、待って…」

 隠された指輪を探す。

「えっ、何処? もう宗司、返して…」

 ベッドに組み敷かれて、頬を膨らませているなつめに、

「欲しい?」

「何か意味が違うでしょ?」

 笑っている深沢に、その首に両手を回して、深いキスをする。深沢はその体を抱き締めて、そっと抱き起した。蒸気したなつめの顔を見上げ、

「愛してる…」

 いつの間にかゆっくりと指輪がはめられていく。なつめは左手に輝く指輪を見つめた。穏やかに湧き出るような微笑みに、深沢は心のなかが幸せで満たされていくのを感じた。

 なつめはもう一つの指輪を取ると、深沢の指にゆっくりとはめていく。

「愛してる、ずっと…」

「なつめ…」

 そのままベッドに押し倒された。ゆっくりとじらすように彷徨っていた手が、蜜を溢れ出しているなつめ自身を愛撫する。先端を指先で弄られると、大きく体をしならせた。ブルーの瓶のオイルを手に取ると、微かな薫りが鼻をくすぐる。ゆっくりと最奥に指を入れ、オイルでなかを溶かしていく。熱く高まった体に、なつめの細くて長い足を大きく開き、奥までオイルで濡れているのを見つめた。

「さて、心も体も一つ…だよな」

 熱く高ぶっている熱棒を押し当てると、ゆっくりと埋めていく。

「ああっ、熱い、あぁ、あぁあ…」

 深みまで辿り着くと、腰を抱え直し、更に深くへと腰を強く入れる。

「ああぁ…、深いっ、待って…!」

「待てないし…、待たない…」

 なつめの顔を覗き込み、逃げる体を引き寄せる。両足を抱え上げると、激しく突き上げていく。

「うっ、あぁ、んっああぁ、んんっ!」

 枕を引き寄せ、喘ぐなつめを楽しみながら、

「もう、駄目だって、もう…っ!」

「…っ…!」

 激しく締められる感覚に、深沢は詰めた息を吐き出した。眉間に皺を寄せ、奥深くで高まりを放った。なつめ自身が蜜を溢れている様を見つめ、笑みを浮かべる。ゆっくりとなつめの中から出ていくと、

「宗司、宗司……っ」

 甘く囁かれる声に、なつめ自身を見つめた。舌なめずりしながら、唇を寄せ舐め上げた。深く口のなかへと導いていく。

「あぁ、まだ待って、待っ、んんっ…!」

 熱い口の中で愛撫されて、なつめは快楽に涙を流す。深沢の髪の毛を撫でながら、力の入らない指で、腰を固定している手に触れる。何度もその手を愛撫していると、深沢が指輪をしている指を絡めてきた。

「あぁ、んんっ、あぁああっ…!」

 高まりを放ち、柔らかく仰け反った体を抱き締める。ゆっくりと口の中から解放すると、なつめは深い溜息を吐いた。胸の突起を口に含み、その周りにキスマークを残していく。少しの刺激でも敏感になっている体を持て余していると、なつめの体の向きを変え、腰を高く抱え上げる。

「それは深すぎるから…、ヤダッ…」

「でも、結構好きだろう? 感じ方が違う…」

「あっ、ああっ、あっ、あぅ…!」

 ゆっくりと深くまで押し込んでいく。角度が変わるからなのか、締め付け方も違う。なつめの足の間に腰を入れ、更に腰を抱え直した。揺すりながらの突き上げに、力の入らない足がシーツを滑って開いていく。

「それ以上開いたら駄目だって…」

「大丈夫だって…、ほらっ…」

 深沢をより感じさせられる体位で、なつめ自身の先端を苛めながら、激しく奥を突いていく。

「あぁ、あっ、そこを触ったら…」

「両方好きだろう?」

 前を握られたまま、解放されない快楽に、唇を噛み締め、首を横に振った。途中から腰を掴まれ、激しい突き上げに、深沢の熱棒を強く締め付ける。

「んっ、んぅ、あぁ…、うっ!」

 腰の動きがひと際早くなると、なつめは頭が真っ白になる程の激しい高みに上った。

「くっ…!」

 強い締めに、深沢は力尽きたなつめの体を強く抱きしめ、その熱い体内で高まりを全て放った。ぐったりしているなつめの体を腕のなかに抱き、そっと指を絡め、その指輪にキスをした。

「……っ」

 薄く目を開けたなつめは、その指輪の輝きに幸せそうに笑みを浮かべた。気怠いなか、深沢の胸に頬ずりをして、目を閉じて眠った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る