………6-(2)

 ユーゴの知り合いのジュエリーデザイナーと会うために、鷹東はランチが終わった後、お店を休みにしてくれた。深沢となつめ、鷹東と静流、ユーゴというメンバーで雑談をしていた。コーヒーを飲みながら、

「あの潤子がママになるのか…」

 ユーゴの驚いた顔に、深沢となつめは頷いた。

「双子なんだって…」

「それは賑やかになるな…」

「まあ、潤子もずっと子供が出来たらなぁって言っていたからな。良かったよ。雛元さんも喜んでるみたいだし」

 なつめから話を聞くと、すぐに潤子に連絡した。最近調子が悪くて、病院行ったら分かったらしい。

『俺たちの面倒見ている場合じゃなくなったな』

『何言ってるの。貴方たちは家族と一緒じゃない』

 潤子の言葉が素直に嬉しかった。

 深沢の穏やかな笑みに、なつめとユーゴは笑みを浮かべた。

 店のドアが開く音がした。

「あぁ、ごめん。迷ったよ…」

「そうだと思った」

 ユーゴは対して気にせず、招き入れる。

「こいつが、例のコマーシャルのジュエリーを担当しただんオリバーだ。こっちは…」

「あぁ、ネットで観てきたよ」

 黒い髪に黒い目だが、日本人離れした彫の深い顔立ちは、ハーフよりもクオーターのような感じで、親しみやすい雰囲気を醸し出している。笑った顔は穏やかで、日本人特有の愛想笑いがとても上手い人だった。檀は抱えていたスーツケースを傍らに置くと、深沢となつめに手を差し出した。

「深沢さん、なつめ君よろしく。ダンスは良く分からないんだけど、とても素晴らしかったよ」

「ありがとうございます」

 深沢は営業スマイルで答える。

 ユーゴはカウンターでココアを飲んでいる静流を見ると、

「今日のお客は深沢と、あそこの彼だ」

 静流は歩み寄ると、

「よろしく…」

「よろしく」

 静流の真っ直ぐな瞳に、思わず視線を逸らした。

 挙動不審な様子で、スーツケースからジュエリーボックスを三つ出すと、テーブルの上に広げた。ボックスの中には、五つずつペアのジュエリーが並んでおり、深沢となつめの前に大切そうに出した。

「うわぁあ、綺麗っ」

 なつめの感想に檀は安堵の溜息を吐き、

「どれでも手にしてみていいよ…」

 なつめは深沢を見ると、笑みで促される。なつめの指先を見ていた檀は、

「君の長くて白い指には、きっとゴールドが映えると思って…。ユーゴから装飾の話も貰っているんだけど、衣装の場所によってはプラチナとゴールドを使い分けないといけなんだけど、君の場合、ゴールドがとても映える気がする」

 なつめは一つの指輪で目を止めると、それをジッと見つめる。それだけがとても輝いて見える。深沢は全てを見て終わると、なつめの見ている指輪に笑みを浮かべた。

「………」

 きっとそれを選ぶだろうと思っていた。だが、可愛くねだって欲しくて、ずっと待っていると、ユーゴの冷たい視線と合う。決まったなら早くしろって、視線で会話をしていると、檀はなつめの中指を指して、

「ポーズをする時の癖だよね?」

 檀は両手でなつめの手の動きを真似すると、なつめは驚いたようにジッと見る。檀は真っ赤になると、慌てたようにユーゴを見た。ユーゴは面倒臭そうに、

「それがいいのか、なつめ」

 なつめは深沢を見ると、嬉しそうに大きく頷いた。深沢はその指輪を取ると、なつめの指にはめる。少し大きいが、なつめの喜んでいる表情に、

「気に入ったのがあって、良かったな」

「うんっ!」

「じゃあ、これを頂きます。俺はやっぱり入らないか。サイズ直しをお願いします」

「………」

 檀は返事もなく、固まっている。

 深沢が不思議そうにユーゴを見ると、ユーゴは面倒臭くなったのか、その頭を投げりつけた。

「今度はなんだ…!」

「だって、まだ金額言ってないのに…」

「適当に言えばいいじゃねえか。お前が造ったんだろうが!」

「でも、高すぎるって言われたら…」

「こいつがそんな事いうか! なつめに買ってやりたくて仕方ないんだから、いくらでも払うわ!」

 深沢は眉間に皺を寄せると、

「こっちが不安になるような会話は止めてくれ。いくらですか?」

 檀は小さな声で呟いた。

「…一個が二十五万です…」

「ペアで五十万ですね。払える金額で良かった。振込でも?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 深沢は大きな溜息を吐くと、なつめが可笑しそうに笑っている。檀は心臓を抑えながら、

「あの刻印も出来ますが、どうしますか」

 深沢は少し考えると、

「少しお時間頂いても…?」

「構いませんよ。二、三日くらいなら…」

 深沢となつめは楽しそうに笑って頷いた。

 大きな溜息を吐いた檀の前に、今度は静流が立った。静流の真っ直ぐな視線に、檀は不安そうにユーゴを振り返る。

「大丈夫だって、とって食いはしないさ」

「そんな…」

 檀の小さな呟きに、なつめから席を譲って貰った静流は、ボックスの中を真剣な目で見つめている。カウンターでは、鷹東が可笑しそうに見ている。静流がカメラ以外で、興味を持つこと自体がないので、何を選ぶのか楽しみだった。

「………」

 静流の視線を見ていて、檀は不思議な感覚を抱いた。スーツケースにはもう一つ、何故か昔造ったものを持って来ていた。思い入れがある作品だから、人に見せたことはない。誰にも見せることがなかった作品だが、何故か今日はこれを持って行かないといけない気がして、一度取りに帰ったため遅れてしまったのだが、もしかして…。

 檀はもう一つ小さなジュエリーボックスを手にすると、

「そうか。この子の所に行きたかったのか…」

 大切にボックスを抱くと、静流の前に差し出した。

「───っ!」

 静流はたった一つ置いてあるそのペアの指輪を見つめると、目を見開いた。繊細な古代文字が刻まれ、上下のラインは四つに切れ目がアクセントのように入り、静流はその指輪を手に取ると、ペアの指輪を両方クルクル回している。

「………」

 息を詰めて見ていた檀を見た。

「僕は、アジア諸国の小さな村で、これと同じデザインの石碑を見たことがある」

「……っ!」

「その村に太古から崇められていた石碑で、意味は簡単にいうと、無限大とか転生輪廻だった。村の結婚式をする時に、再び生まれ変わっても、また愛する人と共に…」

「………」

 静流はチラッと鷹東を見ると、

「僕の父さんは、大切な人にこれを送ったら、受け取ってくれるかなぁって呟いていたよ」

 鷹東は目を見開くと、そっとテーブルに近付くと、その指輪を見つめた。

「この指輪は、二つで一つ。この四つのカッティングを合わせてから、半分ずらすとその全文が読めるってことだよね」

 檀は大きな溜息を吐くと、大きく頷いた。

「俺は、世界中の金の発掘場所を旅して回っていた時がある。その時、ガイドの紹介でその村を訪れた。確かに、数か月前、日本人の親子がやってきたと、村長が言っていたと聞いたけど」

 静流はニヤッと笑った。

「でも、よく村長が許したね。父さんが写真を撮るのも許さなかったのに」

 檀は椅子に持たれると、

「君たちが訪れた後、あそこは大変な災害に見舞われたんだ。俺は出来るだけの事をさせて貰ったんだけど、えらく村長に気に入られてしまってね。それで、条件付きでこれを作らせて貰ったんだ…」

「条件?」

 静流の訝しげな表情に、檀は吹き出して笑った。

「村長の花嫁に送るならって…」

「………!」

 静流の表情が逆鱗の如く、怒りの表情になった。

「あぁ! 思い出した! あのエロジジイ、僕を女だと思って、嫁に来い、嫁に来いってずっと言われ続けたんだ。思い出しただけでも気持ち悪い。タダ酒が飲めるから、父さんが黙ってろって…」

 拳を振り上げて叫ぶ静流に、鷹東はその光景を思い浮かべて、大きな溜息を吐いた。ユーゴと深沢となつめは目配せをすると、カウンターへと移動した。

「まあまあ…。村長ももう亡くなってるし、君達親子にも感謝していたから。実際、これを見せたのは君だけだ。どうする?」

 不思議な縁に、静流は握り締めていた指輪を見つめた。嫁云々は除けても、一命との思い出の一つでもある。

 鷹東は穏やかな笑みを浮かべ、

「君とイチメと深いご縁があるようだ。僕としては、個人的に欲しいけどね」

 鷹東の顔を見ると、プッと吹き出した。

「もう基さんに言われたら、迷いなくこれにするよ」

 檀は不思議なご縁にホッと息を吐いた。

「…で、いくら?」

「………」

 静流の真剣な黒い瞳にジッと見られて、檀は固まった。これだけの思い入れがあって、不思議なご縁があって、君にしか見せた事がないとまで言ったのに、もしかして値切られる?

「………」

 檀はユーゴを見るが視線を逸らされた。ユーゴに静流をどうこう出来るわけがない。深沢となつめも背中を向けたままだ。

 鷹東は我に返ると、

「あ、あの、静流くん? 僕が払おうか?」

「基さんは黙ってて…」

 こうなった静流は、鷹東でもどうしようもなかった。檀の悲しそうな顔に、鷹東は頭を抱える。

「君の言い値でいいよ…」

 檀のか弱い声に、ユーゴは頭を掻くと、

「あぁ、もう…。静流、値切るなよ!」

「あぁ? 値切ってないじゃないか」

 静流の不思議そうな声に、ユーゴはハタっと固まった。そうだった檀が勝手に自滅しただけだ。

「……っ!」

 ユーゴは檀に歩み寄ると、その服を鷲掴んだ。

「わぁ、わぁ、暴力反対っ!」

「お前がオロオロするかだろうが! 金額が言えないなら、始めから貼っておけよ。もうめんどくせぇな、お前は!」

「ユーゴ、どうどう」

 深沢が間に入ると、檀はしょんぼりしている。鷹東は檀を暫く見つめ、

「君は本当に職人なんだね。ジュエリー一つ一つ手に取るのも、大切な子供のような扱いだ」

「はいっ…。本当はこんな接客も苦手で…、いつもユーゴに引きずられて来ている状態です」

 ブスッと不貞腐れているユーゴは、

「それでも、よく逃げずに来るじゃねえか」

「それはユーゴがいてくれるからだよ」

「……っ…」

 檀はジュエリーボックスを見つめ、

「俺の一番をこれだけ持ってきたけど、本当はなんとなくこの子とこの子が、すでに君たちを選んでいた事は知ってました。だから、俺はその相手を見て見たかった。大切にしてくれるかどうか…」

 静流はクスッと笑うと、

「なら、正当な金額を、胸を張って言えばいいよ」

「じゃあ、二十五万ずつで、ペアで五十万になります」

 檀の言葉に、静流は鷹東に向かって笑った。

「あぁ、良かった。足らなかったら、どうしようかと思った」

 静流はポケットから、封筒をテーブルの上に置いた。

「………」

 みんなして、その封筒を見つめた。やはり足らなかったら、値切るつもりだったのでは。

「ユーゴ、ユーゴ、現金だよ!」

 封筒のなかを確認した檀は、驚いたような声を上げた。

「…良かったなぁ、檀」

「うんうん…」

「そんなに困ってるの?」

 なつめの素朴な疑問に、深沢が慌ててその口を押えた。ユーゴは構わないって手振りで、

「実際、困ってるんだから」

「俺の仕事は、先に品物を仕入れてだから、完成した商品に値が付くのは、全く未知の世界なんだ。受注生産なんてありえない。だから、いつもユーゴにお金を借りてて…」

 鷹東は先程からずっと何かを考えている。

「なら、僕が君に投資をしようか?」

「えっ?」

 檀が固まった。

「ユーゴ君、彼はジュエリーデザイナーとして、スタッフに加わるんだよね?」

「そのつもりです」

「なら、雛元のバックアップが得られる訳だから、ショースタッフの収入でかなり安定するよね。そのうえで、仕入の資金面をフォローすればいいわけだよね」

 鷹東は面白そうな顔で檀を見た。

「これだけの作品が造れるなら、期待大だね」

 ユーゴは鷹東に深く頭を下げた。呆然としている檀の頭を叩き下げさせる。

「ありがとうございます。でも、ユーゴ。もうすぐ工房を追い出されるよ」

 ユーゴはその話もあったかと頭を抱えると、鷹東に詳しい話をした。元々、倒産した鉄工所を工房として借りていたが、持ち主がその土地を売ってしまいたいと言い出して、その後を考えていたのだ。

「そういう事なら、尚更僕の出番だね」

「えっ?」

「鷹東さんは、この喫茶店のオーナーで、芸術家の卵の資金のバックアップや、不動産会社を経営しているオーナーなんだよ」

「会社は、従業員が頑張ってくれているんだけどね」

 笑っている鷹東に、檀はもう一度、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「まあなんなら、落ち着くまで、ユーゴ君の所にいるといいよ。あ、そうだ。まりもちゃんがいるのか」

 なつめは、あっそうだと思い出した。

「あ、いえ、それが…。潤子さんの会社の女性の人が住む所がなくて、偶々、俺らの下の階に空きがあるらしく、そこにまりもと同居という形で、会社で借りるらしいです」

「あっ、じゃあ、ユーゴ君の部屋でもいいのか…。そうか、まだ、話が伝わってきてないけど。どんな女性?」

「宗司と変わらなくらい身長の高い女性です」

「えっ、そんなにでかいのか…」

 ユーゴがドン引いた。

「ユーゴさん会ってますよ。この前のショーで…」

「あぁ、あいつか」

「名前は…」

「うーんと、レオナさん」

「───!」

 鷹東の顔色が一瞬で変わった。

 とりあえず、静流の選んだ指輪も刻印をするということで、その場を早急に離れお開きにした。静流を残して、四人で店を出ると、深沢は店を振り返った。

「明らかに、態度が変だったな…」

「うん…」

 なつめの心配そうな顔に、ユーゴは溜息を吐いた。

「来たら会わせてくれって事だから、会わせるしかないだろう」

 なつめは携帯を出した。

「潤子さんに連絡したほうがいいかな」

「いや、潤子も知らないだろう…」

「そうだな。で、いつ引っ越しして来るんだ?」

「まだ連絡ないから…」

「そうか。なら、俺らは関わらない方がいい」

 四人で頷くと、ゆっくり歩きだした。

「で、檀はどうするんだ?」

「もうお任せしていいのなら、俺はユーゴのところが空き次第、そちらにお邪魔するよ」

「お前はいつも他人任せだな…」

 呆れた視線に、檀はしょんぼりと歩いていく。深沢となつめは、店に心引かれながら、マンションへと帰っていった。


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