…………………5-(6) 

 なつめは沢山の人から花束を受け取りながら、誰だかわからない人達に頭を下げて回っている。

「もう最高!綺麗だった」

「そう凄かった!」

「…えっと。あ、有難うございます」

「あんなふうに踊れたらいいのに…」

「あれって、ポスターのでしょ! 良かったわ!」

「…はいっ、ありがとうございます」

 自分よりも高いテンションの人を相手にするのは大変だ。抱えられないくらいの花束に埋もれて、なつめは深沢を探した。

「……あっ…」

 深沢も同じ状態なのを確認してプッと笑った。そのなつめの背中に誰かがしがみついた。

「おっ、あ? …なに?」

「なつめ君…」

 まりもが泣きながらしがみついていた。

「うっ、うっ、ふぇーん」

「あぁ、もうしょうがないな」

 花束を可能な限り片手に移動すると、まりもの頭を撫でてやる。

「私嬉しかった。あの曲大好きで…、何度も何度も聞いてて…。なつめ君、ありがとう」

「お互いに頑張ろうな…」

「うん…」

「鼻水つけるのはやめてくれ。ユーゴさんに叱られる」

「もう…」

 ぷうと膨れたまりもの顔を見て、それは昔のあの頃のまりもの顔と一緒だった。

 そんな二人を遠くで見ていた深沢は、高まった感情を抑えるのに奥歯を噛み締めた。

「おい、魂抜かれてるじゃねえか」

 側に立つユーゴの含みのある笑みに、深沢は思い出し笑いをした。

「どうした?」

「いや、当たってるな。衣装を取った瞬間、白い羽根が舞って見えたんだ」

 ショーをしているのに、目の前にはなつめしか見えなくて、ほんの数秒がとても長い時間のような真っ白な空間で、ただ二人で幸せそうに見つめ合っていた。

 ハッと我に返った時は、曲は終わっていた。

「それはお前がなつめの心に同調したからだ」

「同調?」

「なつめには、人の気持ちの深い所に入ってくる力がある。それが人生のターニングポイントを迎えた時なら、その後の人生に大きく影響してくる。その時、変化の風に乗れるものと乗れないもの…。俺たちはそれを経験しているだろう?」

 静流も笑いながら大きく頷いている。

「僕は深センのパーティーを見た時、その白い羽根を見たよ」

「俺は別荘だ。視界が一気に開けた」

「だから、人生のターニングポイントを迎えた人がやってきて、その変化の風が吹く…」

「…そうか。まりもちゃんか」

 深沢は大きな息を吐き出すと、

「これは責任重大だな…」

「そうだよ。なつめ君の心が幸せではないと駄目なんだよ」

「そして、お前が幸せを感じないと駄目なんだ」

 そっと視線を向けると、なつめが見ていた。ふわっと溢れ出る微笑みに、深沢は笑みを深くした。

「おいおい、深沢宗司ともあろうものが、骨抜きか?」

「…初めてだ。こんなに心が幸せなのは…」

「宗司…」

 穏やかな笑みを浮かべた深沢は、ユーゴの肩を叩くと、

「ユーゴ、頼まれてくれないか? あるコマーシャルのジュエリーデザイナーを紹介してくれ…」

 ユーゴは少しの間考えると、

「もしかして、ワインの?」

「あぁ…」

「知り合いだよ。というより、なつめの装飾が既製品だと限界なんだ。探すに時間が掛かるから、そいつに頼もうかと思って、会わせようと思っていたから、ちょうど都合がいいな」

「………」

 話を聞いていた静流は、ユーゴの顔を見上げると、

「その時、僕もいい?」

「あぁ? いいけど、なんだよ」

「僕も欲しいから…」

「………」

 奇妙な目でユーゴは、静流を見た。

 沢山の花に埋もれたなつめが、ゆっくりと歩いてくる。深沢は花束をユーゴに預け、なつめの側により、その花束ごと抱き寄せた。


 帰りのバンの中で、沢山の花で埋もれながら、達成感に皆ご機嫌だった。

「とりあえず、今回もいろいろあったけど、お疲れさん」

 椎葉の労いに、深沢となつめは笑みを浮かべた。なつめは、深沢とユーゴの視線を受けて、後ろに座るまりもを見た。

「まりも、ありがとう。そして、これからも宜しく」

 なつめを見上げたまま固まった。

「おーい、まりも!」

 ユーゴの声に反応して我に返る。

「これからも?」

「もう仲間じゃないか…」

「でも…」

「仕事は、宗司とユーゴさんがスタッフとして、雇ってくれるそうだよ」

 まりもは深沢とユーゴを交互に見る。

「給料はそんなに期待するなよ」

「ショースタッフは足りなかったからな。今日みたいに椎葉のアシスタントをしてくれるなら助かる」

 まりもは立ち上がると、深く頭を下げた。

「有難うございます。私、森萬里もりまり。これからも宜しくおねがいします」

「………」

 皆の奇妙な視線にまりもは固まった。

「私、何か変な事言いました?」

「あ、いや…。なつめが、まりもまりもっていうから、名前がまりもちゃんだと思っていたから…」

 なつめは頭を傾げると、

「まりもはまりもだろう?」

「あぁぁ…。なつめ君、何度言っても覚えてくれなくて…」

「だって、まりもだし」

 こんな感じで…。まりもが大きな溜息を吐くと、深沢が納得したように、

「いや、そうなんだよ。刷り込みみたいでな。一度覚えると修正効かないんだよ」

「それでか、宗司がなんか時々、変なステップの名前とか言ってるなぁって不思議だったんだ」

「あれは、なつめがそれで覚えるから、こっちがいつの間にかそれに合わせてしまってな。俺だって、教室でおかしな事言ってるって笑われた事あるんだぞ」

「………」

 深沢の溜息に、頬を膨らませたなつめは、椎葉をジッと見た。椎葉は驚いて立ち上がると、肩を落として手を挙げた。

「それに関しては…、どうやら俺に責任が…」

「椎葉…?」

「なつめ君が小学校の頃、小春先生と教室に来ていた時に、ステップの名前が覚えられないからどうしたらいいかって、相談受けたんだ。人に言うわけじゃないし、君が覚えやすいものにしたらいいよって、アドバイスした記憶が…」

「椎葉…!」

「お前、責任取って、訂正しろよ」

「それは無理だろう?」

 椎葉の困った顔に、まりもは吹き出した。

「…いいんですけど。宜しくお願いします」

「なつめ、とりあえは、潤子の所へ報告しておけよ」

「分かった」

 なつめは大きく頷くと、安心したように息を吐いた。また仲間が増えることは、楽しみが増えていいなって、含み笑いをした。大変な事も多いけど、前を向いて歩いて行きたい。そう強く心の中で呟いた。

 

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