…………………5-(4)

「どうしたのさ、そんな顔をして!」

 何処にも行く宛がなくて、静流に電話していた。直ぐに、家の方に来るように言われて、案内されるまま歩いていた。辿り着いたのは、手入れの行き届いた庭に、平屋の洋館。思わず立ち留まって見ていると、静流が玄関のドアを開けて走ってきた。

「………」

 何も言葉に出来なくて俯いていると、引きずられるように家の中に連行された。リビングへと入り、今度は違う意味で、驚いて立ち止まった。庭向きの大きなドアは全面ガラス張りで、ソファは十人は座れそうなくらい広々としており、優雅な落ち着いた雰囲気に、

「静流さんって、凄い所に住んでるんだね」

「僕は居候。持ち主ははじめさんだよ」

 目の前に差し出されたカップに、視線をあげるとやはり鷹東がいた。

「はい。ミルクココアだよ。そこが温かいから、座って…」

 静流がブランケットを抱えてくる。肩に掛けられて、やっと温かさを感じた。

 ふと視線を巡らすと、飾り棚に写真が飾ってある。若い時の鷹東と、二人で幸せそうに笑っている写真。

「いいなぁ…」

「よく撮れてるでしょ? お気に入りなんだ」

 二人の関係をなんとなく見ていて分かったが、自分にバラしてもいいのかと不安になった。

「…で、何があったの?」

 なつめは、ゆっくりと詳しい話は省いて、まりもとの会話のあと、深沢とお互いの家族の話になって、今までのように交わす事が出来なかった。

「…はあ。意外なところで二人して、真面目なんだから」

 静流の言葉に、なつめは頬を膨らませた。

「…悪い悪い。けど、うーん。…僕にも責任があるな」

「なんで?」

「…数日前に、まりもちゃんの人生相談に乗ったからだよ」

「静流さんが!」

「そうだよ、僕が!」

「また、話をややこしくしたんじゃないのかい」

 鷹東の呆れた視線に、ムムと口をへの字にして、

「なんだよ。失礼だな。至ってシンブルな話をしただけだよ」

「でもそっか。それで変わろうと頑張ってるんだ」

 周りの皆が、なつめの知らない所で、まりもに気を遣ってくれて、手助けをしてくれている。それがまりもにも伝わっているのだろう。

「…きっかけはどうであれ。それをなつめ君と深センが自分に置き換えでどうすんのさ。いつかは訪れる試練だとしても、それは今じゃない。深センの気持ちの整理がつかないっていうのは、正直な気持ちだと思う。実際、なつめ君だって、お母さんの事が話せないなら、同じ気持ちでしょ。もっと深センと話さないとダメだよ。エッチばかりしてないでさ」

「………っ」

「本当に、まともな事を言ってるって関心してたのに」

 鷹東の呆れた溜息に、

「何がさ! 本当の事でしょ!」

 鷹東に嚙みついている静流に、なつめはプッと吹き出した。

「ありがとう…」

「笑われるのは心外だけど…。ところで、なつめ君のお母さんて、何してる人?」

 なつめはミルクココアを飲みながら、

「元バレリーナだよ」

「───!」

 静流は飛び上がって、ドキドキしている心臓に手を置いた。不思議そうに見ている鷹東を見上げる。

「あぁ、久しぶりにびっくりした」

「そんなに…」

 笑っているなつめに、顔を引き攣らせた静流は、

新藤小春しんどうこはるだよね?」

「うん……」

「会ったことあるよ……」

「えっ!」

 今度はなつめが驚きの声をあげた。鷹東は訝しげに、静流を見る。

「父さんがさ、新藤小春に呼ばれたんだ。なんでも、新たに劇団を立ち上げるから、写真を撮って欲しいって」

 どうして、そんな証明写真を撮らないといけないんだって、文句を言いながら、アジアの島からイギリスまで移動させられんだ。文句の一つも言ってやろうと、意気込んで行ったのに、一命は文句を言うこともなく、黙って証明写真を撮って帰った。

「…イチメが、文句も言わず、よく撮ったね」

「言える状態じゃなかった。『貴方なら、私がダメ出しをしなくても最高の写真を取れるでしょう?』父さんが凍り付いたよ」

 なつめは母が言いそうだと、苦笑いを浮かべた。なつめに対しては甘い所もあるが、仕事に関しては、一切の妥協を許さないって感じだった。

「イチメなら、結果を残したか…」

 恐る恐る聞く鷹東に大きく頷いた。

「それを最後に、その写真以降のものを見たことがないよ」

 静流は腕を摩りながら、緊張からくる寒さを感じた。

「なんというか、物凄く大きなオーラを持ってて、新藤小春の側には恐ろしい程の張り詰めた緊張があるんだ。失敗出来ないって、ピーンと張り詰めた空気に、僕は息が出来なかったよ」

 静流は鷹東に凭れ掛かると、

「凄いね、世の中って…」

「そうだね。知らない間に繋がっているもんだ」

「…うーん。深セン、負けるかも」

「静流さん…」

 悲しそうに言うなつめに、静流はゆっくり起き上がると、鷹東の心配そうな顔に笑みを浮かべる。

「あの、あの…、静流さんとオーナーは…」

「思ってるとおりだよ」

「静流は、君には隠すつもりがないみたいだよ」

「……うん!」

 何を言っても、自然と全てを大きく受け入れてくれる大切な存在になってきている。

「だって、親友だもん!」

「───!」

 なつめの頬を涙が流れる。

「……へへへ。えっ! どうして泣くのさ。あ、嫌だった? ごめん。どうして…涙、止まれ!どうしよう、基さん」

 静流の焦っている様子に、鷹東は可笑しそうに笑った。玄関から呼び鈴が響いた。

「さて、迎えが来たよ。もう大丈夫かな」

「……はい」

 玄関に向かうと、温かい上着を持った深沢が立っていた。なつめの目元が赤くなっていることに、大きな溜息を吐くと、

「…悪かった」

 なつめは駆け寄ると、深沢の胸に顔を埋めた。やはり、此処が一番安心出来る。静流のいうように、もっといろんな事を話さないといけない気がしてきた。

「そうだ。お店の隣の家をリフォームして、つい最近出来上がったばかりなんだ。ご希望なら、今日は貸すけど?」

 鍵を差し出されて、深沢は驚いて鷹東の顔を見る。軽くウインクされると頭を深く下げた。

「…すみません。では、ご厚意に預かります」

「あ、待って待って。なつめ君、これあげるよ」

 静流がブルーの容器に入った小さな入れ物を持ってきた。

「何に使うの?」

「オイルだから、何処でも使えるよ。傷薬になる万能薬だよ」

 こっそり耳に、あっちにも使えるよって囁いた。赤くなったなつめを、意地の悪い笑みで流し、こそこそ話している。

「………」

 鷹東は顔を引き攣らせ、その容器を奪おうと手を伸ばすと、その前に深沢が取り上げる。

「何をこそこそと…」

 静流がムムッと口をへの字にすると、鷹東が安心したように、手を差し出した。その鷹東の耳元で、深沢がコソッと呟いた。

「感度は……」

 鷹東は大きな溜息を吐くと、天井を見上げた。

「…良好…」

「では、有難く…」

 深沢のポケットに入ってしまった。意地の悪い笑みを浮かべている静流に、鷹東はメッと目で叱った。

 鷹東邸を後にして、深沢はなつめの肩を抱いて、ゆっくりと歩いていた。なつめの横顔を見て、

「あんな言い方して悪かったな。少しずつでも話せるように、俺も気持ちの整理をしていくから。俺の両親はもういないが、手強い妹がいる。あれとも話さないといけないんだが、上から目線でビシバシ言われると結構へこむんだ」

 意外な話に、なつめは目を丸くした。

「でもな…、俺の気持ちとして、指輪を受け取って欲しいと思ったのは、本当だ」

 なつめは驚いたように、

「そうなんだ。俺がいいなって言ったからかと思った」

「あのコマーシャルだろう? 俺もいいなと思ったからな」

 同じ事を思っていたなんて、なつめは可笑しそうに笑うと、

「でも、お店行っても、どうもこれっていうのがなくて…」

「なんか、ユーゴがジュエリーデザイナーがどうのこうの言ってたぞ。そっちのほうが買い易くないか?」

「えぇ、でも…。駄々洩れ…」

「今更だろう…」

 『こもれび』の隣をあんまりじっくり見ていなかったが、こじんまりとした洋風の建物だった。鍵を開けて入ると、電気をつける。

「うわぁぁ、いい家…」

 細長い部屋で、一階にはリビングダイニングと続き、すっきりとしたキッチンがある。二階に上がってみると、大きなバスとトイレがあり、奥のドアを開けると、クイーンサイズのベッドが一つある。綺麗に整頓されていて、本当にリフォームが終わったばかりのようだ。

「オーナーって、趣味がいいね」

「落ち着いた空間を大事にしてるからだろう。あの家のそうだったし…」

「凄く広かったよ。こんな家に住みたいなぁ…」

「お前、実家広いだろう?」

「広いけど…、あれは生まれ育った家だから…。なんか、落ち着くってよりも寂しいって感じがする」

 深沢はお湯が出るのを確認して、お風呂を入れ始めた。なつめの体が冷えてるから、温めるのを優先して準備する。引き出しを開けるとタオルもバスローブも全て揃っている。用意周到過ぎて溜息が出た。

 なつめの服を脱がしながら、

「それで、こんな家に住みたい?」

「うん…。というより、もっと二人の時間が欲しい。あの部屋はあの部屋でいいんだけど、最近人の出入りが多くて、こんなふうにゆっくり話せないから」

 深沢も最近、それは感じていた事だ。それでも、二人になりたい時はホテルに泊まっていたが、どうもその移動にも時間が掛かるせいか、次第に二人して億劫になっていた。

「やっぱり、こういった時間も大切だってことだな」

「……うん」

「分かった。オーナーと相談してみるよ。それにしても、あの人、どれだけ不動産持ってるんだろうな」

 なつめは半分くらいになったお湯の中に浸かると、溜息を吐いた。

「大きな風呂っていいよね…」

 服を脱ぎ捨てた深沢は、なつめの背後から湯船に浸かる。

「はああ、いい湯だな」

 深沢に凭れて、その温かさを感じていると、二人して笑った。

「…俺さ、バレエやめたいって母さんに言った時、母さんが言った言葉を今噛み締めてる」

「反対はされなかったのか?」

「それは仕方ないって、意外とあっさりしたものだったよ。こっちがあっけにとられるほど…」

 なつめは思い出したように笑うと、

「…バレエは仕方ないとして。次に、自分で何かをやりたいって思ったら、今度はやり通しなさい。あなた自身で選んだ道なんだから…」

「……っ…」

 なつめは深沢の両手を握り締めると、

「俺が選んだ道と、選んだ人を貫き通すよ」

 深沢はなつめを抱き締めると、

「はああ…。俺はどんどんいろんな覚悟をしていかないといけなくなるな」

「えっ……。そんなに重い?」

 深い笑みを浮かべると、なつめを愛おしそうに見つめた。

「言ったはずだ。どんな責任でもとってやるって…」

「宗司…っ!」

 なつめは振り返ると、深沢にしがみついた。

 唇を深く合わせると、激しくその体を求めた。また、静流にエッチ三昧とからかわれると思いながらも、熱くなった体を持て余した。

「あっ…、んっ…」

 深沢の唇が首筋から胸の突起を甘く噛む。熱い吐息が掛かることに感じる。交互に刺激されながら、長い指先は、熱く立ち上がったなつめ自身に絡む。

「あ、あっ、あぁ…んっ」

 ゆっくりじれったいような動きに、堪らなくなってその手を外そうとするが力が入らない。

「宗司っ、もう…」

「まだまだ…」

 達きたいのに、先を親指で塞がれている。渦巻く強い刺激だけを与えられる。

「あぁ…、もう…ああぁ…」

 大きく息を飲み込むと、体の向きを変えられる。背後から抱き締められ、両手はなぶるように体を彷徨い、なつめ自身を擦られる。しがみつく場所がなくて、風呂の縁に手を掛けた。

「あっ、あっ、待って…」

 腰を上げられ、最奥にバスソープを塗り込められる。詰めた息を吐き出す間もなく、深沢の熱棒がゆっくりと押し当てられる。グッと押し入ってくる刺激が堪らなくて、思わず逃げると、ザバーと水の音を立てて、膝立ちの状態で腰を引き寄せられる。

「ああぁ、ん、んん、あっ、あぁ…」

 奥深くまで押し入れられ、打ち付けられる腰の動きに、激しく揺すられる。

「あっ、あっ、あぁ…!」

 たまらず思いっきり高まりを吐き出すと、なかの熱棒を強く締め付ける。深沢が最奥で激しく震えた。詰めた息を吐き出すと、深沢がゆっくりと中から出て行った。再度湯船に浸かると、ぐったりしているなつめを、そのまま抱き上げる。

 軽くシャワーを浴び、バスタオルで軽く拭くと、バスローブを掛けられた。大きなベッドに運ばれ、求めるように何度もキスをする。

「あ、そうだ。忘れてた…」

「えっ、なにが…?」

 深沢は楽しそうにベッドを下りていく。脱衣所から戻ってくると、静流のくれたブルーの瓶を持っていた。

「静流さんの…、万能傷薬だったっけ?」

「………」

 深沢は何も言うことなく、そのままなつめの上にのしかかると、直ぐ様なつめ自身に触れ、舐め上げる。

「あぁ、待って、あぁ…」

 両足を開き、抵抗出来ないように拘束してから、なつめ自身を口に深く含む。

「んっ、んっ、ああぁ…」

 以前、なつめの鋼のような足に、腰を固定されて動けなくなった過去がある為、いつも足を一番に拘束してから、組み敷いていく。瓶からオイルを手に取り、そのオイルを最奥に垂らした。

「えっ、えっ、あぁ…なにこれ?」

 体温で温まったオイルは、微かに独特な香りが漂う。深くまで指を含ませると、たっぷりと押し込んでいく。シーツの上を逃げ打つ体を上手く抑え込みながら、含ませた指を回す。

「んっ、んん、あ、ああ…!」

 指にねっとりを絡みつく最奥に、深沢は口許に笑みを浮かべる。溢れているオイルを見ながら、最奥に熱棒を押し込んだ。

「ああぁ、あああぁ、だめっ、これ!」

「なつめ…、ほら、もっと」

 逃げ打つ両足を慣れた手付きで抱え直し、深い場所まで腰を入れた。両手を掴んで、腰だけを激しく動かす。宙に浮いたなつめの足が力なく揺れる。

「あっ、あっ、だめっ」

「お前のいい所なんて、全部知り尽くしてる…ほらっ…」

「ああああぁ…!」

 達してしまったなつめを見て、堪らず一番深い所で熱を放った。激しい呼吸をしているなつめが落ち着いたのを確認して、その体を抱え起こした。

「…もう、なにこれ」

「さて、まだまだこれから…」

「ウソでしょ? …もう無理」

 深沢は笑いながら、腰の上になつめを乗せたまま、ベッドに仰向けになった。細い腰を掴むと、下から突き上げていく。

「なんで、もう、ハイになってんの!」

「感度が最高!」

「あ、あぅ、ああっ、もうヤダ…あっ!」

 激しい腰突きに、なつめは達すると意識を手放した。激しく締め付ける中で、深沢は高みに達し、熱をまき散らした。激しい呼吸のまま、倒れてくるなつめの体を優しく抱き留めた。そのまま大切にベッドに沈み込む。なつめの頭を撫でながら、

「このオイル、凄いな…」

 激しく燃えた夜だった。

 

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