…………………4-(7)  

 リビングのソファに座って、ミルクココアを飲んでいる静流は、庭を眺めていた。心が幸せで一杯になると、世界がこんなにも違って見えることに、改めて感動した。こんなにも輝いて見えることに笑みを浮かべた。隣に座っている鷹東を見上げると、

「凄いよね。お昼過ぎまで寝ていたなんて…」

「まったく。お店を休みにしておいて良かった…」

 含み笑いをして見つめ合う。

 お昼を過ぎた辺りで、静流のお腹の音で二人して目が覚めた。朝目覚める事もなく、食事もせずに寝ていたなんて、鷹東は恥ずかしくて、人には到底言えないと項垂れた。

 二人で軽くシャワーを浴びてさっぱりすると、先程朝昼兼用の軽めのランチを作った。食事も終え、満足げにリビングのソファに二人でまどろんでいた。

「………」

 ふと静流は何かを思い出すと、鷹東の顔を見た。またじーと凝視すると、

「なに…?」

「やっぱり叶わないのかなぁ…」

「えっ?何が?」

「昔さ、基さんの笑った写真を見た事があるんだよ。たった一枚。父さんが大切に持ってて。とっても貴重な写真なんだって、何回か見せてもらった事があるんだ。あの時の笑顔と、今の笑顔、どっちもいい勝負なんだけどなぁ…」

「…?僕の笑った写真?」

 鷹東は暫く考えると、

「あれだよな」

「あっ、覚えてるの?あの写真が欲しい。僕の一目惚れ第一号!」

 感慨深く静流の顔を見ると、

「ネガは僕が持っている」

「えぇ!ちょうだい、ちょうだいっ!」

「駄目だ…」

「なんで…」

 ムムッと口をへの字にして、縋りついてくる静流の唇に、チュッとキスすると、

「大体、あの写真は、君が撮ったんだよ」

「嘘っ!知らない」

「それはそうだろう。五歳の誕生日に、イチメがおもちゃの代わりに、自分のカメラを渡して、遊んでいる間に偶然撮れたものだ。イチメが何が撮れてるか、楽しみだなって現像して、あれが出てきたんだ。イチメが、自分には決して写真撮らせないクセにだ。なんで、こんなにもいい笑顔なんだって、揉めに揉めたいわくつきの一枚だ」

「そうなんだ」

「あまりにもイチメがうるさいから、ネガを没収したんだ」

 静流はそっと手を出すと、

「僕が撮ったんでしょ?なら、僕にちょうだい」

「あれは君との大切な思い出の一つだ。簡単には渡せないな」

「なんで…」

 ムッと膨れっ面になった顔に、これは簡単には諦めないなと思い、仕方ないと妥協案を提案してみる。

「…なら、一緒に写真を撮るか?」

「───!!」

 静流はガバッと勢いよく立ち上がると、すぐさま走り出した。リビングの景色の一番いい場所へ椅子を置き、自分の部屋のドアを、ドンッと音がするほど開けて締めてくる。その光景を呆然と眺めていた鷹東は、可笑しそうに笑った。

 三脚に取り付けたカメラを準備し、それを三個に並べ始める。一体、何を始めるのか眺めていると、手際よくセッティングを始めた。シャッターの線を引っ張り、再度高さの違うカメラが並び、レンズ越しに確認している。

「ヨシッ!準備OKだよ」

 鷹東の手を引っ張って、椅子に座らせると、その膝のうえに座る。

「なんでまた、膝のうえに座るんだ?」

「僕の定位置だから」

「写真撮るのにか?」

「改まった写真なんか撮ってどうすんのさ。僕のコンセプトは、魂の幸せ、幸せの絶頂だよ!まさに今が、その瞬間じゃないか」

「………」

 初めて静流の見ている光景と同じものを見れた喜び。

 静流となら───。

 カメラのシャッターの音が勝手になっていても、もう気にもならなかった。自分をみつめる真っ直ぐな瞳を見つめた。静流が幸せそうに笑うから、あの時のように、つられて笑ってしまう。長い黒髪に触れ、そっと引き寄せると唇を重ねた。

「そういえばさ、父さんが、昔あの写真を見ながら言ってたよ」

『いいなぁ、静流は。こんな表情で見つめられてさ。静流なら、基を落とせるのかもしれないな。悔しいけど』

 鷹東は眉間に皺を寄せると、

「あいつ、馬鹿だろう?」

 静流は吹き出して笑った。

「基さん、ずっと側にいてね」

「あぁ…」

「約束だよ」

「約束だ」

 その後、リビングには若い頃の鷹東の笑った顔と、鷹東に肩を抱かれて、寄り添って見つめ合いながら、幸せそうに笑っている静流との写真が飾ってあった。

  

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