カーセル
翌日、俺は朝早くから活動を始めた。
最近はこんな事ばっかりだが、もう慣れたもんだ。朝は三時に起きてる。
「父上、美味い食べ物は人の心を動かすと思う?」
朝食の間、おれがずっと考えていた疑問をダローガにぶつける事にした。
父上は少し考え、答える。
「そうだな……確かに、食事というのは人を時に感動させるし、逆に気分を悪くさせる事もあるだろうな。
だがマハト、お前が今考えてるのはいじめっ子に対してだろ?やめておいた方がいい。私は出来ればマハトに辛い思いをして欲しくはないんだ」
父上にはリリィやカーセルとの出来事を話したのだが、ダローガは俺に無理をして欲しくないようだ。
「大丈夫。俺が作る訳じゃない」
「そうなのか?……何にせよ、お前はお前自身の幸せを求めていいんだ。無理はするなよ」
「分かったよ。じゃ、ごちそーさまー!」
○
早速『ブランチ』にて、営業の準備だ。
俺は今日、一つの作戦を実行するつもりだ。”計画”を考案した当初から考えていた打開策。その一つである、いじめっ子の主犯格と和解すること。実現することは難しいと考えていたが、今なら不可能では無さそうだ。
せっかくのチャンス、逃す訳にはいかないよな。
「リリィ。チーズケーキ、頼んだよ!」
「おう!」
俺はエプロンを着て、営業開始と共にカウンターに立った。
何人かの客の対応をしていると、作戦の標的、カーセルがまたしてもやってきた。
今日も不機嫌そうだ。
「ご注文は?」
「昨日と同じだ。早くしろよ」
「はいよー。ベイクドチーズケーキとアールグレイトールサイズお願いしまーす!」
カーセルは昨日と同じ、窓際の席に座った。よし、今の所は順調だな。
だが問題はここからだ。慎重に行こう。
数分待つと、エリナさんが商品を持ってきた。
「チーズケーキはリリィちゃんが作ったやつだからね~」
「はい、ありがとうございます」
俺はカーセルが座った席まで、いつもより注意深く商品を運んだ。
「お待たせしました。ベイクドチーズケーキとアールグレイのトールサイズです」
「……」
ずっと睨んでくる……やっぱこいつ怖すぎる!
だが、ここで勇気を出さないと、いつまでも状況は変わらないからな。よし、やるか!
「カーセル。チーズケーキは美味いか?」
「なんだよ、美味いけど。……なぁ、話しかけんなって言ったのもう忘れたのか?」
カーセルは嫌悪を超えて呆れたような顔をしている。
「今日は少し要件があってな。そのチーズケーキだけど、リリィが作ったんだ。覚えてるか?リリィ」
「……バカにするなよ。俺がリリィを忘れるわけないだろ!お前はいつまで経っても無神経なままだな!」
カーセルが急に怒りをあらわにした。リリィの話はやはりダメだったか……?でも、ここまで来たら後戻りは出来ないな。
「そうだよな。だってカーセル、お前はリリィが好きだった」
カーセルは目を見開いた。俺がそれを知ってるのはそこまで意外だっただろうか。
「お前……やっぱ気持ちわりぃ奴だ。一瞬でも考え直そうとした俺が間違いだった」
「待て、何を考え直そうとしたんだ?」
お互い、沈黙のまま硬直する。今すぐにでも逃げ出したい空気が身を包んだ。
先に口を開いたのはカーセルの方だった。
「お前を、助けようとした。
今のお前は、リリィと同じ”色”を感じる。
もしかしたら、俺が一度諦めた願いを、果たせるかもしれねぇと思った」
「”色”?何の事だ?」
「……は?そりゃ、俺の魂転の事に決まってんだろ。ふざけてんのか?」
これは失言だったか。記憶喪失についてカーセルには何も打ち明けてなかった。というかそんな隙はなかったからな。
「ごめん。言うタイミングがなくてな。俺実は記憶喪失で──」
リリィの時と同じく、俺はカーセルに事情を話した。すると、カーセルは俺が”色”とやらについて何も知らない事に納得したようだった。
「そうだったか。最初から変な奴だとは思ってたけど、まさか転生者とはな。
はぁ、いいぜ。仕方ねぇから俺の『色』について教えてやる。『色』は、対象が抱いてる感情を色として認識出来るものだ。
愛情の色、怒りの色、みたいにな。
ハッキリとこの色だって言い切れる程鮮明に見える訳じゃないんだが、直感的にこの色はこの感情だなってのが脳の中で繋がるんだよな」
なるほど。その魂転によって、一回目と二回目の俺の感情、その色の違いを見分けたのか。それにしても、リリィと同じ色ってなんだろ……
「それと、これは俺の過去の話になるんだが……他言したら殺すからな。いいか?」
「お、おう。分かった。教えてくれ」
空気が一気に重くなる。どんな話が来ても、受け止める覚悟をしとかないとな。
○
「俺は、リリィと家族ぐるみの付き合いをしてた。最初に出会ったのは四歳の頃だったな。花畑で遊んでる彼女を見て、俺は一目惚れをしたんだ。
俺は周りの大人達の、濁った汚い色を見続けてきた。そんな中で、純粋とか、優しさの色を放つリリィは眩しく見えた。少しだけ、俺の心も安らぐ気がしたんだ。
でも、俺はそんな恥ずかしい事リリィに直接言えなかった。
この気持ちを意識する度、かえって冷たい事ばかり言ってしまうようになった。
そんな中、領主様の息子とかいうやつが俺達のグループに入ってきた。そいつは、子どもとはとても思えないような荒んだ色をしていた。
恐怖や怒り、呪いの色を微かに含んだ感情はこの上なく気持ち悪くて、関わっちゃいけないって気はしていた。
問題はそいつ、マハトがリリィを庇った事だった。俺は冷たい事を言うだけしかして来なかったんだが、俺が居ない所で、俺の取り巻きがリリィをいじめていた。そこにマハトが割って入り、リリィを庇った。
マハトは無能力者だ。この社会で無能力者なんてのは、最も価値のない存在だ。
俺はそんな奴が正義面して、リリィをそそのかすのが許せなかった。
今となっては、その考え方自体間違っていると少し考えればわかるんだが。
もちろん、だからってその腹いせにいじめをするなんてありえない話だってことくらいはその時も分かってた。
でも、村の大人達は言うんだ。『マハトを迫害し、孤立させろ』ってな。
俺に溜まったストレスや
その誘惑に、魔力に俺は打ち勝てなかった。マハトを虐げる度、俺の気持ちは少しだけ晴れた。
ある時、リリィがマハトと遊んでるのを見つけてしまった。
マハトはリリィをいじめていたというが、そんな嘘は『色』の前では無意味だ。マハトもリリィも、お互いに愛情の色を向けあっていた。
俺の後ろめたい気持ちを逆撫でするような行動に、俺の怒りは限界を迎えた。
リリィをこちら側に引き入れ、マハトを言葉で、暴力で傷つけさせた。
そうすれば、リリィとマハトの関係は険悪になり、リリィが俺の元に戻ってきてくれると思っていた。
それでもマハト側に着き続けるリリィを見て、俺はあらゆる手を使って二人を引き剥がしたんだ。
結果的に、マハトは外に出てこなくなり、リリィも俺とは口を聞いてくれなくなった。
せめてもの償いに、俺は『監視』のダミアンを村から追い出した。リリィを縛ることは誰も、俺すらも救わないと気づいたんだ。
まさか、マハトがもう一度外に出てくるとは思ってなかったが、今こうしてお前は俺の前に現れた。
挨拶どころか、目を合わせることすらままならなかったマハトが、まさか面と向かって対話をするようになるとは思わなかった。
まぁ、そんなのは些細なことだ。驚いたのは、マハトが放つ色から、汚い色が消えていた事だ。代わりに、マハトはリリィと同じ、優しさの色を放っていた。誰に向けたものかは分からなかったが、その色は確かにマハトを包んでいた。
もしかしたら、マハトは更生して、前を向いたのかもしれないと、そう思った。それなら、俺だってそれを助けたい。贖罪の意味だけじゃない。最初からマハトは微かに自由や正義を意味する色を放っていた。俺が捜し求めていた色だったんだ。
昔のようにいじめるのはやめにして、友達としてやり直したかった。都合のいい話だ。
でも、さっきの話を聞いて絶望したぜ。マハトはいじめの事も、俺の事も忘れてた。
だからさ、俺の願いが叶う事は、俺の心に生まれた嫉妬の色は、一生消えないんだよ」
○
「まぁさ、俺のいじめを正当化したい訳じゃねぇし、お前に理解して欲しいわけでもねぇ。ただお前に謝罪したかった。これまでやってきたこと、全て反省してる。悪かった!
だからお願いだ。俺の事、一発殴ってくれよ」
俺は、ついぷっと吹き出してしまった。
「あはは!カーセルお前、過去の恋愛ずっと引きずってんのか!
なーんだ、分かっちゃえば全部下らないわ!
はぁ、すっきりした!カーセル。俺、お前の事許すよ。子供の俺達にはどうしようもない事だったんだから」
「いや待て、俺は……」
「分かってるって。いくぞ!仲直りのグーパン!」
俺はカーセルの腹を殴った。
「ぐぇっ!」
カーセルはその痛みを噛み締めるように、目を瞑った。
「……お前、なぁ!黙ってりゃ勝手なことばっか言いやがって!
ふぅ……俺達、仲直りしたってことはもう友達だろ?」
「え?まぁ、うん」
「よし。お返しだっ!」
俺の腹にカーセルの拳が入る。全く反応出来なかった。
「ざまぁみやがれ。強すぎんだよ、マハト」
こいつ、やっぱ生意気だな……
「いてて……あ、そういえば聞き忘れてたんだけど、村の大人達にそそのかされたって話、もう少し詳しく教えてくれない?」
「そうだな、話そう。
実は御三家、俺の父親もその内の一家なんだが、その人らの方針で、無能力者は迫害するってこの村じゃ昔から決まってたらしい。
今回は俺の心の弱みに漬け込んでそれを仕向けたけど、多分俺が何もしなくても、マハトは迫害されただろうよ」
「そっか、分かった」
なるほど。そういう事なら、村長とお話する必要がありそうだな。
「そんな事よりよぉ、マハトお前、客待たせてるぞ?」
カウンターの方を見ると、五人の客が注文出来ずに待っていた。
「まじか、タイミング悪すぎるって!」
何はともあれ、カーセルと和解できてよかった。”計画”のためだけじゃない。俺はカーセルみたいな奴が好きだ。友達にならないともったいない。
この調子で行けば、もしかするとこの村の全ての人と分かり合うことも不可能じゃないかもしれない。
カワリモノマニアック 坂本千晴 @sunny_first
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