消えない火傷

 まずいな。店をかなり汚してしまった。俺はびちゃびちゃだし、床には割れたグラスの破片が飛び散って危険だ。

 掃除道具をクリシスから貰わないと……


「あ」


 俺が厨房の入り口を見ると、そこにリリィが立ちすくんでいた。青白い顔で、小刻みに手が震えているのが分かった。


 そりゃ怖いよな……とりあえず落ち着かせるか。


「リリィ、大丈夫だよ。俺はこの程度の事じゃなんとも思わない。一回目の俺やリリィはもっと酷い目にあってたはずだ。

 てか、こんな事で音を上げてちゃ俺の計画が成功する訳ないしね」


「うん……でも私、何も出来なかった」


 そうか。リリィは一回目の俺がやられている時も、俺を助けるどころかカーセル達に加担していた事があった。その記憶がフラッシュバックしてしまったのかも知れないな。


 そういえば、リリィの話を聞いてた時から、一つの可能性を考えていた。それにさっきのカーセルの態度。恐らく俺の考えは間違っていなさそうだ。

 それなら、リリィにも役割があるかもしれない。


「じゃあこうしよう。リリィが作ったベイクドチーズケーキをカーセルに食わせる。それならリリィにも出来るだろ?」


「え、なんで?私の作った物をカーセル君が食べても、特に意味はないと思うけど……」


「そんな事は無い。確信がある。やってくれるか?」


「うん……分かった。私頑張るね」


 あれ、そういえばリリィはバイト出来るようになったんだっけ?


「なぁリリィ、結局チーズケーキのやつ受かったの?」


「え、まだ途中だけど……?」


 あ、そっか。色々起こりすぎて、俺の中ではかなり時間経ってた気がしたけど、実際には一時間も経ってなかったのか。


 なんか最近、変な感じの時多いなぁ。


「じゃ、お互い頑張ろ!」


「いや待って!マハト君半身が焼けただれてるよ?クリシスさんに言って治してもらわなきゃダメだよ」


 まじか。全然気づかなかった。アドレナリン出てたのかな……



 ○



 俺は今、バックヤードでクリシスに火傷の治療をしてもらっている。


「あんたって奴はホントに馬鹿野郎だ!なんでこんなになるまでほっとくかねぇ!」


 クリシスはめちゃくちゃ怒っていた。


「ごめんて。店片付けるのに精一杯で気づかなかったんだよ」


「この火傷に気づかないなんて異常過ぎるぜ。ほら、回復ヒールするから横になりな」


「すまんね」


 俺がソファに横になると、クリシスの回復を受けた。


「んー、なんかすっきりしねぇんだよな。この火傷、もしかすると……」


 クリシスはブツブツと何か呟いている。たまにこうなるんだよなこの人。


 少し時間をかけて、俺の火傷は治った。


「ほら、終わったぞ。起き上がりな」


「ありがとう、クリシス。ところで、さっき何呟いてたの?」


 クリシスは少し目を泳がせた。


「あーっと、それがな、あんまあんたは聞かなくていい話なんだが……」


「いやいいよ。話してくれ」


「はぁ、分かったよ。実はな、あんたが火傷に気づかなかった理由、オレなら説明出来るんだ。

 一回目のあんたも、炎の魔法によって火傷を負うことはよくあったと聞いてる。それはあんたも知ってるはずだ。

 だがな、いくらいじめっ子の回復魔法でその度に治されてるとはいえ、体は火傷に慣れてくるもんだ。だからその……あんたの体は火傷の痛みに慣れちまってて、感覚が麻痺してたんじゃねえかって思ってな。それだけだ」


 なるほど。記憶は無くなっても、体が経験した事は無くならないって訳か。


「そっか。まぁそれなら、この先便利じゃん?」


「いやあんた、そんな軽い感じでいくのかよ……まぁ、本人がそれでいいならいいさ」



 ○



 治療の後、俺は変わらず店番を続けた。基本的には来る人みんな揃って俺を嫌がったが、ウディやフィークスも来てくれたおかげで少し気は楽になった。


「疲れた……こう毎回高カロリーだと身が持たねぇな」


「マハト君!私受かったよ!」


 リリィが俺のシフト終了に気づいて、バックヤードに駆け込んできた。


「まじ?ご苦労さん!」


 それにしても、俺が店番してる間にリリィは受かっちまうとは。俺も負けてらんないな。


「ありがとう。でもそんな事よりマハト君、火傷大丈夫なの?」


「あぁ、クリシスのおかげで元通りだ。何も問題ない」


「あ、そうじゃなくてね。心の問題。相当辛かったんじゃないかって思ってさ」


「あー。それがさ、どうやら体には一回目の俺の経験が俺にも引き継がれてるっぽくてね。火傷全然痛くなかったんだ。心身共に健康であります」


 俺は深く考えずその事を伝えたが、リリィにとってはあまりいい気分ではない話題かもしれない。今からでも話題を──


「やっぱり、そうだったんだ」


 リリィの放つ雰囲気が変わった。


「あの、ごめん……」


「いや、違うの。怒ってるんじゃないの」


 いいや、完全に怒ってる。


「……やめにしよう。この話は楽しくないよ」


「そう……だね。私も気をつける」


 少し、無言の時間が流れる。お互い気まずい感じになってしまった。

 でもしょうがないよな?そもそもいじめの話なんて重すぎるし。


 一回目の俺もリリィも、心に負った火傷は表面上のそれと違って、根強くその魂にこびり付いてる。何年経っても風化しないのは、きっと同じ村にいるせいだけじゃないはずだ。

 俺の責任を果たさないとな。この子の泣き顔はあまり見たくない。


「リリィ、少し動かないでくれるか?」


「え、何?」


 俺はリリィに口付けをした。


 彼女は驚きのあまり動けないでいるみたいだ。それと、この時間をもう少し噛み締めたいのかも知れない。こっちは、そうであって欲しいという俺の願望だ。


 しばらくして、俺達は体を離した。


「マハト、君……なん、で……?」


 リリィは顔を火照らせ、目には涙を浮かべていた。流石にいきなり過ぎたか。しかし、後戻りは出来ない。正直に気持ちを伝えよう。


「俺も、さ、リリィのこと、好きになっちゃったんだ。俺の事こんなに大切に思って、俺の為に怒ってくれる女の子は君しかいない」


 あー、めっちゃ恥ずい。熱さで顔が赤くなってるのがわかる。


「そっか。でも私……よく分からない。マハト君の事が好きだったのは事実だけど、まるっきり記憶が無くなっちゃったマハト君の事も同じように好きでいられるのか、私には全然、分からないの」


「だよなー。仕方ない。でもいつか、リリィが俺の事、もう一度本当に好きになれるように努力する」


 リリィは涙を拭って、微笑んだ。


「分かった。期待してるね」


 まさかこの歳になって、小学生女児に本気で恋をするとは思わなかった。もしかすると、体の年齢に思考まで引っ張られてるのかもなぁ。

 全く、本来なら犯罪もいいとこだが。


 しかし、この気持ちは、この火傷は当分癒えない。

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