いじめっ子は今

「ねぇ、マハト君。私に出来ること無い?あの時は何も出来なかったけど、せめて今のマハト君の手助けだけでもしたいの」


「そうだね。ボクとしても、マハトに生まれ育った村で居づらい思いはさせたくないし。ボク達に出来ること無い?」


 今何が起きているかと言うと、リリィから過去の話を聞いた翌日の早朝、また遊ぶことになったので森に来た所、ウディと遭遇する。

 なんやかんやあって三人で遊ぶことになったのだ。


 二人に出来る俺の手伝いか。なんだろ……


「あ、そうだ。これからは出来るだけ、俺と行動してくれ」


 二人はポカンとしている。「それだけ?」とか思ってそうだな。


「まず、俺に友達が出来る事自体が俺のイメージを回復する材料の一つになりうる。

 そして何より、俺はこれからやることを一人で受け流せるほど、強くない。

 だから、頼めるか?」


「「任しとけ!」」


 まだなんの事やら分かっていない様子だが、二人は俺の思いに応えてくれるようだった。



 ○



 そう、俺が今からやること。それは元いじめっ子のリーダーに対してコンタクトを取り、関係の修復を狙う事だ。恐らく数回やっても成功はしないだろうが、続ければ何らかの効果があると思われる。


「で、そのリーダーってのはどいつなんだ?」


「えーっとね、あ、あの子だよ!今一人で歩いてるあの子!名前はカーセルね」


 リリィが指を指した方向を見ると、茶色の短髪で額に傷、鋭い目付きの少年がランニングをしていた。黒のタンクトップを着ていて、腕にはそこそこ筋肉が着いているとわかる。


 んー、話しかけんの怖いかも……


 いやダメだ。ここは勇気を出さねば。


「よぉー!カーセル!遊ぼーぜー!」


 俺の大声にカーセルも驚いたようで、一瞬こちらを向いた。顔怖すぎだろ。

 しかし声の元を確認すると、何事も無かったかのように走り始めてしまった。


「んー、やっぱ無理かぁ」


 ウディもやはり最初は無理だと踏んでいたようだ。


「仕方ない。今日は諦めてバイトに行くよ」


「そっかー。じゃあマハト、一旦ここでお別れだね。頑張ってー!」


 ウディは俺が返事をする間もなく去ってしまった。


 俺が立ち尽くしていると、リリィが俺の腕を掴み、じっと見つめてきた。


「マハト君、私もバイトしていいかな?」


「え、どうだろ……いや、試してみるか!」


 行けるかはクリシス次第だな。



 ○



「やっほークリシス!」


 俺が店内に入ると、どうやらまだ始業はしていなかったらしい。クリシスとエリナさんだけが店の準備をしていた。


「おう、あんたか。はえぇな……って、まーたあんたは違う奴を連れてきたのか?」


 その言葉を聞くと、リリィは不機嫌そうにした。


「誤解を生む発言はやめろよ!ウディはそういうんじゃないって分かるだろ?男だし」


 するとクリシスはとぼけたような顔をした。


「いやぁ~?男同士の恋愛ってのもありえなく無いぜ?」


「話をややこしくすんな!俺はリリィ一筋だ!」


 この一言でリリィは機嫌を直したようだ。


「はいはい。お熱いこって。で、なんで連れてきたんだ?」


「それがさ、リリィが──」


 リリィは俺の言葉を遮り、クリシスに頭を下げた。


「お願いします!私をこの店で働かせてください!」


「だめだ。ここはガキのお守りをする場所じゃねえよ」


クリシスはあまりにも早い速度で返答した。


 だが彼の言うことは正しい。俺は転生者だから話は別だが、リリィはそうじゃない。


「でも、私家事なら大体出来ます!掃除も料理も全部出来ます!」


「……ほう?じゃあその腕前、見せてみな」



 ○



「これから嬢ちゃんに作ってもらうのは、ベイクドチーズケーキだ。材料や作り方はコレに書いてある通り。厨房の物好きに使っていいから、今日の『ブランチ』の営業が終わるまでに完成させな。」


 そう言ってクリシスはレシピが記載された紙をリリィに渡した。


「はい!分かりました!」


 リリィは紙を見ると、すぐに作業に取り掛かった。


「よし、そろそろ開店だ。あんた、店番は任せた」


了解イエッサー!」



 ○



 最初に店に入ってきたのは、三十代ほどの眼鏡を掛けた男だ。とても忙しそうな顔をしている。


「ご注文はいかがなさいますか?」


「テイクアウトのWサンドイッチだ。早くしてくれ」


「かしこまりました。エリナさーん!Wサンドイッチお願いしまーす!」


 エリナさんに注文を伝えた後、眼鏡男に「少々お待ちください」と出来るだけ親しみやすく、ラフな感じで言った。大丈夫だろうか。


 案の定、男はずっと貧乏ゆすりをし、時間を気にしている様子だった。


 数分経ち、エリナさんから綺麗にラッピングされたWサンドイッチを受けとった。


「こちら、Wサンドイッチになります。お会計は──」


 男は俺が言い切る前に金額丁度の vを払い、サンドイッチを奪って一瞬で店を出た。


 ちなみに、vヴァルスは前世で言う所の円と同じ単位だ。


「あ、ありがとうございましたー」


 ふぅ、通勤前か何か知らないが、社会人というのはどの世界でも大変そうだ。


 少し待つと、次の客が来た。って、カーセルじゃねぇか!

 どうしよ、さっき無視されたばっかだしなぁ……でもここを動く訳にも行かない……


「おい、ベイクドチーズケーキとアールグレイのトールを一個ずつ、早くしろ」


「か、かしこまりました!エリナさーん……」


 さっきと同じようにエリナさんに注文内容を伝えた。カーセルはその間に席に座ってしまった。


「マハト君、お待たせ!」


 エリナさんから商品を渡されたのは、十分ほど経ってからだった。


 俺は慎重かつ迅速に、カーセルが座っている窓際の席まで商品を運んだ。


「こちらベイクドチーズケーキとアールグレイのトールサイズになります」


「……」


 あ、せっかくだしここでなんか話すか。


「カーセル、チーズケーキとアールグレイ、好きなの?」


「……」


 うーん、沈黙。


「なんか悪いかよ」


「え?」


「チーズケーキとアールグレイが好きだと何が悪いんだって聞いてんだよ!」


 えぇ、怒ることかなぁ。ただ気になっただけなのに。


「いや違うんだよ。俺も全く同じ注文したことがあってさ。共通点あるもんだな」


 出来るだけ爽やかに、朗らかに言葉を放つ。姿勢や表情にも気を配り、カーセルを不機嫌にしない努力を積む。細かいことの積み重ねだ。


「チッ、気に食わねぇ。ていうか話しかけてくんなよ、無能が」


 んーやはり、上手くいかないか。しかし、曲がりなりにもカーセルと話せたのは大きいな。


 俺が持ち場に戻り、数分待つと乱暴に扉が開かれる音がした。


 そこには三人の子供がいた。背の小さい奴、小太りの奴、細身の奴。全員が俺を見て嫌な笑みを浮かべている……カーセルの取り巻きみたいな奴らか?


 細身の奴が話しかけてくる。


「おい無能!俺たち全員にタダで食いもんを出せ!さもなくば俺たちはお前をボコボコにする!」


 はぁ?そんなことが許される訳ないだろ。

 ……でも待てよ?こいつら全員魂転を持ってるんだよな。じゃあ逆らえないじゃん?

 んー、どうしましょ。


「困ります……代金はお支払い頂かないと……」


「えーなになに?なんでそんな素っ気ないのよ。敬語なんて冷たいじゃーんw」


「無能、モタモタしてないで早く出せよーw」


 なんだこいつら。全員だるいぞ。やり返しようがないのが悔やまれるな。


「おい、遅いぞ。ノロマな無能には罰を与えないとなぁ!」


 取り巻きの中でもリーダーシップを発揮している小太りの奴が手から炎を出す。


「あーあ、また服無くなっちまうなw」


「またママに買ってもらわないとなぁ!あれ、ママはお前が殺したんだったなぁ!アッハッハ!」


 こんな残酷な事よく言えるな。今の若い子は分からんわ。って、炎の魔法がそろそろ射出されるな……


炎弾ファイアショット!」


 その掛け声と共に俺の服が燃え始める。


 まずいな。どうにかして火を消さないと、面倒な事になる。


 クリシスに回復魔法かけてもらえばどうにかなりそうではあるけど、また高い金払わないといけないしな……これ以上ダローガに迷惑かけるのも悪いか。


 あーまずいな。炎が体にも伝って──


 バシャッ、という音を聞いた。どうやら液体が俺にかけられたらしい。


「おいお前ら、俺はこいつを無視しろって言ったはずだ。構ってんじゃねえよ。ほら、行くぞ」


「「す、すみません……」」


 カーセルに連れられ、いじめっ子達はそそくさと店から出ていった。


 俺にかけられたのはアールグレイの紅茶だったのか。

 助けてくれたのはありがたいけど、何考えてるか分からないやつだな、あいつ。

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