リリィ

「……え?」


「その反応、まだピンと来てない?」


 家族以外で、俺の事を好きな人間がこの村にいたのか?

 それならマハトが孤独になるはずないんだが……


「いや、父上から教えてもらった話じゃ、七歳の時点でマハトに友達は一人もいなかったって言ってたんだよ。

 ましてやマハトの事を好きな人間がいて父上が気づかないなんて事、あるかなって思ってさ」


「そういうことだったんだ……わかった。私とマハト君の間にあった出来事、教えるよ。」



 ○



「私、リリィは自分の魂転、『花弁はなびら』のせいでいじめられていた。


『花弁』は知ってる花の花弁を沢山出す魂転。私は花が大好きだったんだけど、村の皆はそうじゃなかったみたい。

 魂転至上主義の社会だった事もあって、『お前の魂転は何の役にも立たない』、『お前はこの村の恥だ』って、酷いこと沢山言われた。それだけじゃない。仲間はずれにされたり、時には暴力も振るわれた。


 そんな時、領主様の息子って言われてる男の子、マハト君が現れたの。真っ白な目が綺麗で、私はその子の顔が忘れられなかった。


 マハト君は最初は私をいじめてきた子達と仲良くなったの。

 彼、すごく頭が良かったから、皆に誰も知らないような面白い話をしたり、魂転より凄い事をしてみせてた。

 でも、マハト君も薄々気づいちゃったんだよね。あたしがいじめられてる事に。


 そしたらさ、マハト君、『俺は魂転を持たない無能力者だ。俺の方がよっぽど無能だよ』って言って、私の身代わりになってくれたの。


 それからしばらくの間、私とマハト君はこの森で遊ぶようになった。マハト君は色んな遊びを教えてくれて、全然退屈しなかったんだ。

 彼は時折、汚れたり、服がボロボロになってたりしたけど、私は気にしなかった。というより、あまり向き合いたくなかったのかもね。今言っても仕方ないことだけど。


 彼は色んな花を知ってて、私に教えてくれたの。この世には信じられないような不思議で美しい花がいくつもあるんだって言ってた。


 そうやって、いつもは楽しそうに教えてくれたんだけどね、あの時だけは違った。

 この森の奥の奥、とっても大きな木が生えてる場所があってね。その木の根元に一輪、青くて可愛い花が咲いてたの。

 その花には『忘れないで』って意味が込められてるってマハト君は言うんだけど、その時は何故か少し悲しそうな顔をした。あの時はそんなに気にしてなかったけど、もしかしたらあの時からマハト君はこうなる事を分かってたのかもね。


 私たちは二人で遊ぶうちに、凄く仲良くなったの。

 将来は結婚する、なんて無邪気に約束した事もあった。その時はマハト君も照れくさそうに、いいよって言ってくれた。私たちはいじめられっ子だったけど、二人でお互いに支え合ってた。


 でもある日、私たちが二人で遊んでいる所をいじめてきた子達が見つけちゃったの。『俺もやられっぱなしじゃ気が済まないから、こいつが一人の所を狙ってストレス発散してやったよ』マハト君はそう言って、私を突き飛ばしてみせた。


 マハト君が私のためにそうした事は分かってたけど、また庇われて、マハト君が酷い目に合うのは許せなかった。


 だから私、いじめてきた子達にそれは違うって弁明しようとしたけど、結局またいじめられるのが怖くて、何も言えなかった。


 その日から、私とマハト君はどんどん距離が離れていった。

 いじめっ子のリーダーみたいな子が私を脅して、『無能をいじめないとお前も同じ目に合わせる』って言ってきた。抗えなくて、私もいじめっ子のグループ側についた。


 マハト君に心にもないことを言ったり、酷いことを沢山した。仕方の無い事だとは分かっていたが、毎回毎回、罪悪感で押し潰されそうだった。

 マハト君の家に行って、マハト君に何度も謝った。その度、彼は『大丈夫だよ。分かってるから』って許してくれた。


 でも、そうやって私がまだマハト君に会ってる事がバレちゃったの。私はいじめっ子達に教育だからと沢山痛いこといっぱいされて、身も心もぐちゃぐちゃにされた。

 体の方は魔法が得意な子が治すから誰も気づいてくれなかったけどね。

 その事があった後、いじめっ子グループの中にいた、『監視』っていう魂転を持ってる子がいてね。その子は私の事が好きだったらしくて、マハト君と会ってたことが許せなかったみたい。

 私と視覚を共有することで、私がどこでどんなことをしてても筒抜けだった。だから、もうマハト君に謝ることも出来なくなっちゃった。


 でも、それでもマハト君はやっぱりマハト君だった。『監視』の子が寝てる時間を見計らって、私に暗号を教えてくれた。

 その暗号は”ローマ字”って名前がついてて、子音と母音を組み合わせて作られるものだった。私は物覚えがいい方だったから、その日のうちに覚えられた。


 私はマハト君と会って、彼を罵倒したりしていじめるふりをしながら、視界の外で手紙を交換するようになった。そこには暗号が書かれていて、『監視』の子には何が書いてあるのか分からなかったと思う。

 最近あったこと、見つけた可愛い花、マハト君への気持ち。書けることは何でも書いた。


 ある日、マハト君が家から出てこなくなった。私が家まで探しに行っても、マハト君のお父さんに『あいつは今人と会える状況じゃない』って言って、追い返されちゃった。


 何度も手紙をマハト君の家に送ったけど、帰ってくることは無かった。


 私はマハト君に忘れられてしまった。そんな想像が頭から離れなくて、今日までずっとマハト君には会えなかったんだ」



 ○



「これが私の知ってるマハト君の全部の事。まさかこんな事になってるとはね。

 はぁ、言わなきゃ良かった。結局私が虚しいだけ──」


 俺はリリィを抱きしめた。何も言わず、ただ強く抱きしめた。


「ちょ、ちょっとマハト君?いきなり……抱きつくなんて!」


 彼女は俺を突き放した。うーん、力強すぎたのか?


 てかめっちゃいい匂いした……


「わ、私が好きだったのは昔のマハト君であって、今のマハト君は別物!」


 リリィは顔を真っ赤にして怒ってしまった。


「ごめん。リリィがあまりにリリィが可哀想だから、ついギューってね」


「ギューってね、じゃないわ!あの頃のマハト君とは大違いだよ!」


 ん、でも待てよ?話を聞く限りだと、今のはまずいんじゃ……


「なぁ、リリィ。さっき言ってた『監視』の奴は今どうなってる?」


 するとリリィはピンと来てない様子で、首を傾げる。少し考え込み、「あぁ忘れてた」と思い出したように呟いた。


「実はあの子、マハト君が居なくなった後代わりにいじめられちゃって、遠くの町に引っ越しちゃった。元々いじめっ子グループの中でもちょっと嫌われてる子だったからね」


「なんだ。それなら良かった」


 思わず胸を撫で下ろす。今でも『監視』に苦しんでいたらどうしようと心配した。忘れるくらいには気にしてなくて良かった。


「そんな事どうでもいいよ。そうだ! ねぇ、今からここで遊ばない?」


 穢れのない満面の笑みで、彼女は俺に問いかける。


「あぁ、そうだな」


 記憶も、気持ちも、いつか思い出せるだろうか。

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