初めてのお仕事

 勤務時間がやってきた為、俺はウディに別れを告げて店の裏に向かう。

 ウディの後ろ姿は少し寂しそうだったが、これも”計画”の為だ。やむを得ないだろう。


 店の裏にはクリシスが待ち構えていた。俺の顔を見ると、やっと来たかと言わんばかりにため息をついた。


「やっと来たか」


 一言一句同じなのやめて。


「まずは制服に着替えてもらう。と言っても、そこにあるエプロンを付けるだけだがな」


 クリシスが指を指した先には、深い緑色のエプロンがあった。……エリナさんが着てた時も思ったけど、ス○バまんまじゃん。


 と、ツッコミを入れたところで誰も分かってくれないのは異世界の辛い所だな。


「俺はこれを着て、何をすればいいんだ?そういや、接客ってこと以外まだ何も聞いてないと思ってな」


「言い忘れてたか。悪ぃ悪ぃ。あんたがやるのは、入出店時の挨拶、注文の受注、厨房への報告、会計、そして迷惑客の対応だ。」


 いや多すぎだろ。


「おいハゲ、それが新入社員に対する仕打ちかよ!」


「なんとでも言え。全てあんたの成長の為だ。」


 確かに、これは俺の”計画”の成功にとってとても重要なことかもしれない。

 毎日のルーティンや授業もあるし、他のことに無駄な時間をかけている暇は無いのだ。


「上出来だ。そんじゃ、一発かましてきやがれ」


「え、待って詳しい内容とか──」


「あ、言い忘れてたんだが、今日の授業はあんたの当番が終わったらすぐだからな」


「ちょっと、待ってって言って……おい!」


 俺のぼやきについてハゲ頭は聞く耳を持たず、俺を店頭へ押しやった。



 ○



 さて、いきなり俺のお仕事が始まった訳だが、今は昼の一時。最も客が入ってくる時間帯だ。クリシスの野郎、人使い荒くないか?


 おや、早速カップル客が入ってきたようだ。


「いらっしゃいませぇ!」


 二人は俺の顔を見ると、それまでの楽しそうな表情を失い、俺と目線を合わせないように目線を動かしながら、淡々とカフェオレ二つを注文した。


 あ、エリナさんに注文の内容言わないと。


 次に入店したのは、白髪混じりの初老の男だった。

 彼は俺を見て舌打ちをし、いつものを。と無愛想に言ってすぐ席の方に向かってしまった。


 ……こうなるって分かってはいたけど、思ったより堪えるな。


 マハトの見ていた世界が少しずつ分かっていく。それが俺にとって幸せなのか、それとも不幸なのか、俺には判断出来ない。


 しかし、これだけは確かだ。

 客に対して誠実な心で対応をし、他人からの印象を良くする事こそが、今の俺に出来る精一杯だ。


 それに地道な努力を重ねるなんて、普通のことのようだが、俺には前世からずっと出来なかったことだ。

 でも、今なら不可能じゃない。マハトの過去という縛りが、俺の怠惰な部分を抑え込んでいる。今なら出来るはずなんだ。


 考え事をしている間に、また店の扉が開いた。


 今度は親子のようだ。母親と娘の二人で来ている。


 母親の方は子持ちの割に若々しい印象。

 薄い黄色の髪が特徴的で、長髪のハーフアップ。腰の辺りまで伸びている。

 なろう世界の女性という感じで体型はなんかもう凄いことになっていて、黒のワンピースがそれを強調させる。


 それに対して娘の方は若いと言うより、幼い印象を受ける。

 髪色は母親と同じだが、髪型は肩まで伸びたツインテール。つり目で目が細い。体型は未発達なもののそれなりのものを持っている。母親とは対照的に白のワンピースを着ている。


 ……俺は決してロリコンでは無いが、目が離せないな、これは。


「あれ?マハト君だ。何してるの?」


「ちょっとで話しかけちゃダメよ!」


 いきなり話しかけてきた女の子と、叱る部分が的外れな母親。


 ……何かおかしいな。俺に話しかけるやつなんてこの村に居るはずがないんだ。


「すみません、どちら様ですか?」


 俺がそう言った瞬間、女の子は拍子抜けした顔をして、少しの間硬直した。


「……そう、だよね。私、分かってたのに、なんで期待しちゃったんだろ!」


「あっ、待ちなさい!」


 女の子が走り去ると、母親も慌ててそれを追った。


 一体なんだったんだ。


 あの女の子……去り際、その目には涙が浮かんでいた。

 もしかして俺の知人だったのだろうか?だとしたら事情を聞いた方がいいかもしれない。追いかけるか。



 ○



「やっと見つけた」


 女の子は森の遺跡の近くに隠れていた。

 俺を見上げた時、目尻が赤いのが分かった。やはり泣いていたのは見間違いじゃないな。


「……なんで来たの」


 何故か知らないが拗ねているようだ。


「いや、泣いているようだったので、何か事情があるのではないかかと思って。もしかして、俺の知人ですか?」


 俺のその言葉を聞いた瞬間、女の子は現実を受け入れられなかったようで、数秒の間固まってしまった。


「……ぇ、私の事、本当に覚えてないの?」


「あ、やっぱり知人だったんですね。実は──」


 俺は父上に話してもらったことを全て話した。


「う……そ、でしょ?」


「本当です」


 女の子の顔は次第に真っ青になり、手足は震えていた。

 俺が死んだことがそんなに受け入れられない。そこまでの仲になった人が居たのなら、ダローガ達から教えられていそうだもんだが……


「すみません、俺はもう何も覚えていません。なので、あなたから昔の俺について教えていただけませんか?もっと自分や、周りの人の事を知りたいんです。」


「……まずその堅苦しい喋り方やめて。そしたら教えるから」


「分か……った。やめる」


「じゃ、教えるね。どうせもう遅いけど、私の本当の気持ち、あなたになら言ってもいい」


 女の子が深呼吸をすると、確かに俺を見つめた。今度は真剣な眼差しだ。


「私、あなたの事が好きだったの。」

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